失神の秘密と詩を詠む姫君
※ 「詩人になろう」であげていたウェンディ姫の詩から始まります。
※ 2025/10/12 詩&本文一部修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
突然、ウェンディ姫は夢を見た。
夢の中でウェンディは、ペットのミケ猫に向かって詩を暗唱していた。
それは自分でも不思議なくらい、口からスラスラと出てくる不思議な詩だった……
※
なにかしら?
なにかしら?
私、あの方が来ると失神してしまうの。
なぜかしら?
なぜかしら?
初めてあった方なのに、
失神してしまうの。
あの方と目が合うだけで、息が止まり、
目がくらくらする。
心の鼓動がトクントクン、
波打ちぎわの、揺れる凪のように。
ああ駄目、ああ、もう耐えられない。
さっさと気絶しましょう。
さっさと倒れましょう。
とっとと気絶するしかない。
目覚める 気絶する、
目覚める 気絶する。
毎日が この繰り返し。
お願いだから 愛しい方
どうか 私に 近づかないで
離れていれば 私は失神しませんの
ただこっそりとあなたを見つめていたい。
なぜかしら なぜかしら
気になって 気になって
仕方のない 愛しいお方
ただこっそりとあなたを見つめていたい。
遠くでいい 遠くでいの
ただ あなたを見つめていたい。
私は大輪の花たちの影にひっそりと紛れ込み、
私はカスミソウの花になる。
※
夢の中にいる私は詩の暗唱を終えて、恭しくカーテシーをした。
「ニャンニャン!ニャンニャン!」
と楽しそうに前足で拍手をするミケの姿があった。
※ ※
「カール、いいか良く聞け! ウェンディが倒れる原因を調べたら……どうやら犯人はお前のようだ」
「私ですか?」
ライナス殿下に呼び出された僕は内心、とうとう来たかと胸に鋭い短剣を突き刺された気分になった。
「そうだ。医者に見せてもウェンディの身体に異常がないとの事だが、こうも頻繁に倒れるのはおかしすぎる──乳母のマリーから無理やり本人に問ただせさせた。そうしたら『お嬢様の失神は、護衛のカール様が原因みたいなのです』だと」
ライナス殿下は苦虫を潰したような顔をして言った。
「何でもウェンディが言うには『お前が傍に来て目が合うと自分でも不思議と突然、心臓の鼓動がドキドキして、とても耐えられずに失神してしまう』らしいとな」
「え、それは……あの……その……」
「そうだ、面白い事にどうやらウエンディはお前に惚れてるようだ」
──うわぁ~まじかよ。
やはり失神は僕のせいだったんだ。
嫌な予感は的中していた。
だってウェンディ嬢は僕と目が合う度に必ず失神していたから。
──もしかしてもしかすると、僕が原因なのかな?ってずっと思っていたんだ。
だが、妙だよな?
ウェンディ姫は“自分でもわからぬ“だと?
それは何故なのか?
もしかして彼女も僕と同じで前世の記憶がないとか?
記憶がないにもかかわらず、僕を見て失神するほど、こんな護衛の僕に“ときめく”って?
「ん、カール何だ? 何か心当たりがあるのならいってみろ!」
ライナス殿下は僕の困惑した姿に気付いた。
「あ……」
僕は一瞬ライナス殿下に、ウェンディ姫と僕の前世を説明しようか迷ったが、躊躇した。
「あ、いえ……なんでもありません。私が原因だとはさすがに……その自分で言うのもなんですが、私はライナス殿下と違って髪も眼もブラウンで容姿も平凡。たいした外見ではありません。ウェンディ姫が私を見て失神するとは何かの間違いでは……」
内心ドキドキする心の動揺とは裏腹に、僕はなんとかこの場を誤魔化したかった。
──ウェンディ姫が僕を慕っていたのは、過去世の僕が“歌って踊れるアイドル”とやらの話だし、今の現世では彼女は雲の上の姫君だ。
僕とでは余りにも身分が違いすぎるし、貴族社会のない過去世とは立場も互いの環境も違う。
できればこのまま何事もなく穏便に済ませたい。
「だがなカール。蓼食う虫も好き好きというだろう。俺もまさかと思ったが、乳母のマリーは赤子の頃からウェンディを見てる。多分、お前に惚れてるんだろうと言ったよ」
「…………」
僕は返答に困って体がもソワソワしだした。
どうもライナス殿下を前にすると僕は嘘がつけない。
勘のよいライナス殿下は、さっきからソワソワしている僕の心を敏感に察知したのか──。
「お前、ウェンディに何かしただろう?」
ライナス殿下は厭らしくにやりと微笑した。
「は?」
「ウェンディを紹介した時から、お前はおかしかった。──あの日、ウェンディの三毛猫に怒って噛みついていたよな? 俺の知る限りいつものお前とは違った。あの時はウェンディがすぐに失神したから忘れていたが、あの時、お前の態度は余りにもおかしかった──カール、何か俺に隠し事があるなら正直に話してみろ!」
──あ、うっ、どうしよう。
ライナス殿下は、他人の邪気や霊気にとても敏感な方だ。
このまま隠し通すことは難しい……。
それでも直ぐに僕には答えることができなかった。
まさかウェンディ姫が、前世の僕=つまりアイドルのカレンで、風子嬢=ウェンディ姫が死んだ僕のために、毎日墓参りする狂信的な崇拝者だったなんて!
──とても言えない!
それにこんな荒唐無稽な話をライナス殿下が信じるとは思えない。
そんな僕の心配をよそにライナス殿下は言った。
「安心しろカール、俺が他人より邪気の感覚が優れてるのは前から知っているだろう? お前とウェンディには不思議と纏う空気が同じに感じる時がある。だから正直に話して見ろ!」
「ライナス殿下……」
ライナス殿下のブルーアイズが、とびきり優しげに輝きだした。
その美しい笑顔は、にこやかに僕を誘導する。
ああ、こういう殿下の表情に僕は弱い。
「了解しました。殿下。知っていることを全てお話いたします。僕にもとても信じられませんが、仰った通り、ウェンディ姫と僕は前世で因縁があるようです」
「因縁──?」
「ええ、実は……」
こうして僕は先日の正教会で行った邪気祓いの瞑想療法で、己に纏わりついていた邪気の正体はウェンディ姫のペットのミケ猫で、その猫から聞いた僕とウェンディ姫の前世のいきさつを全てライナス殿下に話した。
ライナス殿下はじっと僕の話を聞いた後で溜息をついて言った。
「はああ、なるほどな……確かに余りにも荒唐無稽な話だが、お前を見てウェンディが失神した原因は前世、風子という女人が、現在のウェンディだというなら一応、辻褄は合う……」
「え、殿下は信じてくださると?」
「ああ、俺は邪気には昔から敏感なんだ。お前の纏った空気は常に気になっていた」
「ありがとうございます殿下、ならば、私が言うのも差し出がましいですが、こう何度も姫君が倒れると、姫のお体にも差し障りがあるやもしれません。ここは私が護衛を退いた方がウェンディ様の為にはよろしいのではないでしょうか」
「うん確かにそれは俺も賛成だ。今後は……」
「駄目!、だめですお兄様!」
突然、大きく扉の開く音と同時に、ウェンディ姫がものすごい形相で執務室に入ってきた!
「カール様は私の護衛です。私は絶対に許しませんわ!」
「ウェンディ!」
「ウェンディ姫!」
僕とライナス殿下は同時に叫んだ!




