光の邪気は幸福のシンボル?
※ 2025/10/5 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
「パン、パン、パン!」と、突然、3回手を叩くような音が耳の側で聞こえた。
「そこまでです!」
と人間の男の声がきこえて、僕はその音で意識が戻った。
「カール様。気が付かれましたかな?」
僕が目を開けると、痩せて長い口髭を伸ばした金色の瞳をしたライ老人が目の前に。
そう、ヒーリングをかけた魔術師のライ老人が、薄い唇で静かに僕を見て微笑んでいた。
どうやら元の正教会の施術室に、僕の意識が戻されたようだ。
「そうか僕は、ヒーリングを受けていたんだったな……」
「カール様、大丈夫ですか? 瞑想後は眩暈をされる方がいますので、そのまま寝椅子に腰かけていてください」
「わかった、大丈夫だ。気分は悪くないよ」
僕は少し状態を起こした。
「左様ですか、それではこのままカール様が瞑想で見た問答に入りましょう」
とライ老人の金色の瞳が光った。
◇ ◇
目を瞑った時から、どのくらいの時間がたったのか?
僕は夢から醒めたような不思議な感覚だった。
瞑想とはいえ、僕の手はミケ猫を抱いた肌ざわりの感覚もあったし、地面に転んだ時の痛みも感じた。
感覚的には、瞑想の世界は現実となんら遜色はなかった。
とはいえあの場の雰囲気は、どこか現実離れした白昼夢のような気もした。
魔術師のライが口を開いた。
「カール様が瞑想で出会った邪気の正体は私にも分かりました。邪気は“人”でなく“猫”でしたな」
「そうです。とても可愛いミケ猫だった。でも驚いたな、あなたも僕とミケの話を一緒に聞いていたのか?」
「いえ、私めはあなた様の瞑想世界での邪気と話された会話は何も聞こえません。
また何も見えません──ただその邪気があなた様と話す時の纏う空気で、邪気の正体が私にはわかります。纏う色のついたシルエットと音のみですが──私が確認したところでは、邪気は猫の鳴き声と猫のシルエットの形をしていました」
「なるほど……それでミケは悪い邪気なんだろう?──僕はあいつが諸悪の根源だとわかったら、可愛さ余って憎さ百倍というか、もう少しでミケを地面に叩きつけたいくらいの衝動にかられた」
僕は思わず拳にグッと力を入れた。
「いえ、それがそうともいえず……私が手を叩いて目覚めさせたのは、あなた様が“邪気”に危害を与える『危険領域』に陥ったので、慌てて阻止したのです」
「え、そうなの? ならばミケをあのまんま叩きつけなくて良かった……危ないところだった」
僕はホッと安堵した。
「ではミケは邪気ではないのか?」
「いえ、そうとも言えず……」
魔術師のライは少し言葉につまった。
「なんだ、どっちなんだ──少なくともミケが、僕のフィアンセの駆落ちを誘導したといってた。あの猫は悪意がないとはいえ、僕はミケがしたことがどうしても許せない、こんなに何年も『駆け落ちされた男』と回りの貴族たちから嘲笑されてきたんだ。できるなら魔術師ライ殿の力で、さっさと僕からミケを追い祓って欲しいよ!」
「カール様、確かにあの猫は邪気ですが、ネコと同生している『光の邪気』が纏っている場合は、逆に祓うのは悪手になります」
「『光の邪気』ってなんですか? 悪いがあなたの言ってる意味がわからない」
「光の邪気は幸福のシンボルです。多分運命の女性かと思われます」
「運命の女性って……もしかしてフウコ嬢のことか?」
「はい、私にはフウコ嬢がどんな方かは、存じませぬが『光の邪気』を払うのは、とても勿体のうございます。しつこいようですが『光の邪気』は貴方様の『幸運のシンボル』といわれています。ネコは『光の邪気』の守り神となり、あなた様にずっと纏わりついていたのではないかと思われます」
「…………」
──『光の邪気』は『幸運のシンボル』だって?
あの陰気くさい、前世の墓参り令嬢が?
こっちは前世で彼女の顔すら見たこともないのに──?
あ、けれども……
「確かにミケはフウコ嬢が既に今世に転生しているといった、ならば僕は現世に転生したフウコ嬢とこの先、ミケがいったように結ばれる運命なのか?」
「……それは私にはわかりませぬが『光の邪気』はけっしてあなた様を不幸にはしますまい!」
「ライ殿、確認なんだが『光の邪気』がフウコ嬢で、彼女が僕の『運命の女性』というのか? 正直、ありがた迷惑な話だな」
「申し訳ありません、ありがた迷惑か否かは私には何とも申せません。ただ『光の邪気』が出る方は少ない。長年見て来た中ではカール様は『僥倖』の御方だと思われます」
「僥倖だと?」
「はい、通常の邪気は多く見ますが、光の邪気を伴なうのは滅多にありません。祓うのは勿体ないかと思われます」
「そんな……」
ライ老人はそういったてくれたが、僕の心は晴れなかった。
ミケが僕に話したことを思い出す限り、フウコ嬢はとてもライ老人のいう『幸福のシンボル』に思えなかった。
だが仕方がない、魔術師には僕のような凡人にはわからない真実が見えるのだろう。
「わかった、とりあえず悲観しないでもう少し様子を見るよ。体も施術で軽くなったしね、礼をいう」
「いえ礼には及びません。また何かございましたらご相談ください」
ライ老人は深々と頭を下げた。
とりあえず僕の瞑想療法は、ここで一旦中止となった。




