邪気払いと不思議なミケ猫(2)
※ 2025/10/3 分割修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
白い霧が立ち込める中、徐々に見えてきたのは、風変わりな灰色の墓石が狭苦しく隣接してある墓地だった。
そこに僕は佇んでいた。
今まで見た事のない墓地で、墓石と墓石の間に人間が1人か2人歩ける程度の細道だ。
僕はその墓地の細道を歩いていた。
良く見ると1つ1つの墓石の両脇に花瓶が付いていて、それぞれ菊や百合やガーベラなど綺麗に供養花が|生けてあった。
──へえ面白い、墓上に花束を置くのではなく、墓についてる花瓶に供養の花を飾るのか。
まるで墓が自分の部屋と同じに、花瓶に花を生けるという発想が面白い。
時々花壇になっている墓はあるが花瓶付の墓は珍しい。
ふと顔をあげると薄曇りのどんよりとした上空が見えた。
どこからともなく、烏が「カー・カー」と大きな鳴声がする。
──墓地の烏は嫌いだ。不吉な感じがする。
それにしてもここはどこだ?
僕はなんでここにいる、なぜ墓の中を歩いている?
僕は振り向いて見慣れない墓地を見回した。
ここはどうも見知らぬ異国の墓地らしいが……
スミソナイト王国の、だだっ広い白い石碑の明るい墓とはまるで違う。
昼間だというのに、ここはやたらと温かく湿った空気で、なんてジメジメしてるんだろう。
──あまり気持ちの良い場所ではないな。
僕は自分の体に苔が生えそうな、ぬめりとした息苦しさを感じた。
それにしても一体どこの国だよ。こんな湿気めいた場所、絶対にジュエリ大国ではないな。
だがこれまた不思議なのだが、僕はこの場所がどこか見覚えがある気もしていた。
多分、以前東の大陸と貿易通商していた父の友人が、東国の水彩画を一度だけ見せてもらった事があった。その墓地とよく似ていた。
「東洋人が書いた絵だ。墨だけで描く水墨画というんだよ」
「墨だけで描いたスイボクガ?」
僕は初めて水墨画という手法の絵を見て、何やら不思議なシンパシーを感じた。
色は黒と白だけのシンプルな絵だったが、その絵の寺院が描いてある風景が、ここの景色と類似していた。
僕の足は、その中を平気でずんずんと、恐れもぜず奥へ奥へと歩いていく。
行き止まりに当たった。
「う、なんだこの墓は?」
驚いたのは、一番奥にある墓石には、陶磁器の猫の置き物が何十個、いや何百個と所狭しにズラリと飾ってあった。
グロテスクな猫の顔もあれば、可愛らしい猫の置物もあって見てると面白い。
「面白いな。……猫のおき物ばかり飾って……もしかして猫の墓なのか?」
その墓を良く見ると、東洋人の“漢の字”なるもので黒文字が墓石に彫られてあった。
漢字という字が東洋人の文字だとは知ってはいるが、とても読めない。でも……
それにしても凄いな、この猫たち。
良く見ると全ての猫がミケ猫の置物ばかりだった。
小さな置物は小指より小さい物から、手の平の中にすっぽり入る物もあった。
──もしかしたら、猫好きだった人間が死んだ後に
『お墓にミケ猫の置物を側に置いておいてくれ』と遺言したのかもしれない。
僕はお墓に飾ってあるミケ猫の一番大きな置き物を1つ手に取ってみた。
片方だけ前足で人を招いているようなしぐさの猫で、一筆で描いたように、笑っている顔がなんともユニークだった。
「ふ、とっても愛嬌があって可愛いじゃないか……」と独り言を呟いた。
実をいうと、僕も猫が大好きだった。
犬もいいが犬と猫が一緒にいたら猫に目がいくくらい好きだった。
あの「にゃーにゃー」と鳴く猫撫で声と、ゴロゴロと喉を鳴らすしぐさ。
ちょっとわがままな女王様みたいにスン!と気取った態度。
しなやかな体をスリスリする前足の愛らしさ。
とくにミケ猫は大のお気に入りだ。
白と黄色(茶)と黒の3種類の模様がとても珍しくて可愛い。
ミケ猫が「にゃーにゃー」とか弱く鳴く、メス猫の声が愛らしくてたまらない。
だが、哀しいかな──僕は子供の頃から猫を抱くと蕁麻疹が体にでる。
更に猫が近寄ってくるだけで何度も“くしゃみ”をしてしまう。
だから、亡くなった母からも「カールは猫を飼ってはいけませんよ」と注意された。
仕方なく、僕は遠くから猫を愛でるくらいしか楽しめなかった。
ミケ猫の置物の中にいると、なんだか猫の世界に居る錯覚を覚えてくる。
──不思議なんだが、このジメッとした場所がとても懐かしい気がするんだよな。
どうしてだろう?
僕は、徐々にこの墓に来たことがあるような錯覚がしたんだ。
変だ、一体なぜだろう?
「なんだかここにいると、身体が軽い感覚、そう宙に浮いてるような浮遊感がある……」
と、思わず僕は呟いた。
(ふんにゃ~、それはさ~あなたのお墓だからでしょ!)
「え?」
僕はきょろきょろと周りを見回した。
──何だ、今、女の声が聞こえたぞ。錯覚か?
( 何きょろきょろしてるのよ、あっちは此処にいるわよ!)
「へっ……どこ?」
(此処よ。あなたの手・の・中・にゃん!)
「え、僕の手の中だって?」
僕は、自分が手にした置き物のミケ猫を、じいっと改めて観察した。
よくよく見るとピンクのリボンを首に付けた、この三ケ猫が、僕に話しかけている!
「うゎああああああ、なんだこれは!!」
驚いた僕は慌てふためいて、思わず置物の猫を空に放り投げた。
その拍子で、バランスを崩して僕もドタンと!と尻もちをついてしまった。
「痛てぇ……」
置き物猫はコロコロと地面に転がったがなぜか割れなかった。
その瞬間だった──。
地面に落ちた置物猫は「ポン!」と音がした途端、本物の愛らしいミケ猫に変身した!
(あはは、あなた、バッカじゃないにゃ~ん!)
「!?」
それは世にも奇妙な変身した猫を見て、僕の目玉はぎょぎょっとするくらい大きく飛び出した!
──なんだ、こりゃ~!
なぜ置き物猫が本物の猫に変身するんだ?
僕は不思議な夢でも見てるの、それとも──?
これが僕とミケ猫との初めての出会いだった。




