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小柄な竜に恋をした、不器用な治癒術師 ~バルツクローゲン魔法学院、教師の職場恋愛物語~  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
本編

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第九話 竜とお芋

 大書庫へと向かったという二人を追いかけて、ヨランダも、その三つの塔の内の東側へと向かう。主に魔導書を扱っていると初日に挨拶回りした際、他の魔法使いから教えてもらったのもあって楽しみにしていた。しかし禁書も多いから注意しろとのこと。


 魔導書というのは、その名の通り主に魔法に関する記述がなされた書物。とある魔法の研究成果だったり、呪文だったり、自慢話だったり。しかしその中には禁書と呼ばれる物も存在する。それは魔法使いですら油断すると命が危ない書物。ドラゴニアスがそうであるように、理解しない者が読むと脳が焼かれる危険がある。


 それは一種のトラップだ。その禁書の著者、または前の持ち主が他の物に読ませないようにと仕掛けた物が多い。書に記しておいて、誰にも読ませたくないから罠を仕掛けるという、迷惑極まりない行為。しかし思春期の頃に密かに書いたポエム集を思い出してもらえれば、その気持ちくらいは分かるだろう。


 そんな禁書に仕掛けられた罠を解除するのに特化した人物が、大書庫の管理人の一人。騎士と呼ばれているらしいが、ヨランダに騎士の知識など御伽噺の中でしかない。ヨランダが兄と過ごしていたアーギス連邦は近代の軍事国家。軍服に身を包んでも鎧を着こむ人間は居ない。


「あ、ヨランダ先生ー」


 大書庫へと向かう途中、可愛い声が聞こえてきた。ポマさんだ。ヨランダは先ほど、ポマさんの手料理らしき匂いを感じたが、やはりあれは別人だったのかと思う。そうだとしたら問題だ。この学院にはポマさんと同レベルに料理が上手い人間が居る。是非ごちそうになりたい。


「どうしたんですか? ポマさん」


「ご飯前なんだけどね。今、落ち葉で焼き芋してるんだけど、食べる?」


「食べます!」


 非常にいい返事をするヨランダ。するとポマさんのほかに誰か居るようで、奥で火の番をしている男が居た。ヨランダの目には人間には見えない。フェアリーメッセンジャーであるポマさんに付き従っていると言う事は妖精か、と少し警戒するヨランダ。


「まったく……なんで俺がこんなこと……」


 ブツブツ言いながら簡易的に石で作った窯の中で芋を焼く妖精。幻想的といえばいいのか、これ以上ない程に現実離れした美しい肌。いや、肌だけではない、着ている青いドレスのような服も、現実離れした美しさを持っている。まるで青空にかかった虹を眺めているかのように。


「アミュちゃーん、どんな感じ?」


「ああん? ポマよ、俺は騎士だ。妖精王に仕える七大騎士の一人だぞ。そんな俺に芋焼きを命じるとは……いくら王のお気に入りといえど……」


 ポマさんと共にヨランダもアミュと呼ばれた妖精に近づく。するとアミュはヨランダを見た瞬間、固まってしまった。まるで怪物を見たかのように、凍り付く。


「アミュちゃん? どうしたの?」


「……ポマ、この学校はそんな怪物まで迎えているのか。大層な翼だな、小娘」


 ビクっと震えるヨランダ。完全に見破られている。ドラゴニアスに封じられた古代魔法でも、妖精の目は誤魔化せないようだ。


「何言ってるの? アミュちゃん」


「ふん、ポマよ。そこの小娘に……なにかされたか? こう、セクハラじみた事とか」


「んな! そんなことしてません! お腹に少し抱き着いたり、抱き枕にしたり、後頭部に顔を押し付けて深呼吸したりはしたけど、セクハラ行為はしてません!」


「世の中ではそれをセクハラというのだよ。っていうか色々やりすぎだろ、少しは遠慮しろよ」


 渋い顔でヨランダに注意喚起する妖精アミュ。そんな時、ヨランダの足元にムチムチの子犬が走り寄ってきた!


「ぁ、わんこちゃん! 元気ー?」


 ヨランダは満面の笑みでワンコを抱っこ。ワンコも嬉しそうにヨランダの頬をベロベロ舐めまくる。


「あはは、くすぐったいよぉー。ぁ、ポマさん、この子の名前、付けました?」


「んー、ハイデマリーちゃんがシェバがいいって」


 ハイデマリー? と首を傾げるヨランダ。


「魔法使いですか?」


「そうそう、庭園のお世話してる子よ。このお芋もその子から貰ったの」


 二人はキャッキャと犬に夢中に。途中でガン無視された妖精、アミュは不満げに芋を焼き続ける。こうなったら芋を独り占めしてやろうかとも考えたが、ポマさんの機嫌を損ねる事は王に逆らうも同意。何せポマさんは妖精王と同等の権利を有している。それ故、アミュはポマさんの身の安全は守らねばならない。


「おい、小娘。妙な事をしでかすなよ。ポマになにかあれば叩き斬るぞ」


「あらあら、アミュちゃんったら、恥ずかしいわぁ」


「ポマさんにベッタリなんですねぇ、妖精さん」


「んなっ! 違う違う! 俺はただ……」


「お芋焦げるわよ、アミュちゃん」


 葉っぱにくるまれた芋を取り出すアミュ。素手で熱くないのだろうかと心配してしまうが、まったく熱そうにする素振りが見られない。


「ほら、ポマ。ちゃんとフーフーするんだぞ」


「はいはい」


 熱そうに芋を受け取るポマさん。美味しそうに半分に割ると、中身はクリーム色のホックホク。その半分をヨランダへ。


「はい、ヨランダ先生。気を付けてね」


「ありがとうございますぅ。美味しそう……」


 はふはふと美味しそうに食べ始めるヨランダとポマさん。焼くだけ甘味が溢れ出す芋の味に、二人は感動しながら食べ続けた。


 ふと、ポマさんは美味しそうに芋を頬張るヨランダに、見覚えがあるかのような感覚を覚える。

 昔、こんな風に誰かとご飯を食べた事がある。誰かと食事を共にすることなど毎日のように繰り返している筈なのに、何故か、ヨランダのその表情を見ていると既視感に襲われた。


 ヨランダとは初めて会った気がしない。そんな風に。




 ※




  一方、ヨランダがポマさんと芋を食い始めた頃、寮の表に巨大な軍用のトレーラーが。その荷台にはシートを掛けられた何かが載っている。軍人達はトレーラーの荷台に乗り、シートを留めているロープを金具から外していく。そのままシートを滑らせるように取り去ると、そこに載っていたのは巨人。二足歩行型制圧兵器と呼ばれる、要はロボットである。


「こんなもんを魔法学校に送ってくるかね、普通」


 溜息をつきながら、散歩を終えたオズマはそれを眺めながら煙草をふかしていた。変わらずマルティナもオズマの傍に。


「マルティナ少尉、こいつを動かせるのはお前さんだけだったか。本部に居た時に訓練を受けたんだろう?」


「はい。十三か月、国境警備隊でも乗っていました」


「そりゃ頼もしい。しかもこいつは……最新型のゼルガルドじゃないのか?」


「ZRGー60型。基本性能は最新ですが、カスタマイズするには不便です。固定兵装が多すぎます。実戦で使うなら、前型の50型の方が便利でした」


「……そうか」


 やばい、まったく分からん……とオズマは煙草の火を消しつつ、マルティナの肩へと軽くタッチ。


「セクハラですか?」


「任せたぞ、少尉。とりあえず寮の前から移動させた方がいいな、妖精共が鉄の塊が来たと騒ぐ前にな。ポマさんに迷惑をかけると夕飯が無くなる」


「それは……最優先事項ですね」


 それから軍人達の動きは素早かった。ポマさんに迷惑をかけてはならぬと、迅速に寮から鉄の巨人を離していく。


 そしてどこからともなく、美味しそうな芋の焼ける匂いが。

 フラフラと、オズマは美味しそうな香りがする方へと歩み出した。


 


 ★☆★




 芋を食しながら雑談する竜とレッサーパンダと妖精。そこに人間であるオズマが誘われるように訪れた。


「お、また会いましたな、ヨランダ先生」


「ぁ、さっきの軍人さん」


「あらー、オズマさん」


「げっ」


 三者三様の反応を見せる人外達。オズマは俺にも一個くれや、とアミュへと申請。アミュは滅茶苦茶嫌そうにオズマへと芋を投げてよこした。


「こらっ、アミュちゃん、食べ物を投げてはいけませんっ」


 妖精を叱るポマさん。しかしアミュは不満げな顔を浮かべつつ、ふんっ……! と顔を逸らしてしまう!


「ほら、アミュちゃん、ごめんなさいは?」


 アミュの頭を優しく撫でながら、ポマは子供をあやすように。しかしアミュとて黙ってはいられない。妖精は鉄が苦手だ。そして軍人は常に鉄製の装備を身に着けている。好きになれる筈もない。


「ふん……っ! 貴様のために……焼いたわけじゃ無いんだからな!」


(ツンデレかな……?)


 その場に居た誰もが思うが、口には出さない。妖精の機嫌を損ねると何が起きるか分からないからだ。

 オズマは焼き立ての芋を素手でモグモグと食べ始める。甘く、とろけるような食感。たまらない。


「そういえばヨランダ先生、尋ね人は見つかったのか?」


「はっ! お芋に夢中で忘れてた! ポマさん、うちの白猫見ませんでした?」


 ポマさんはアミュを宥めつつ、うーん、と可愛く思い出す。

 白猫を肩に乗せた少年を見たような気がした。


「大書庫の方に向かったような気もするけど……今のこの時間は開いてないし……。ご飯時になれば帰ってこないかしら。ちなみに今日のご飯は、レイチェル先生が狩ってきた巨大イノシシの丸焼きよ!」


「イノシシ……」


 ヨランダは思い出していた。幼き頃、兄に狩りの仕方を教えてもらっている時の事を。あの兄はいきなり火息でイノシシを……


「ど、どうしたのヨランダ先生……震えてるけど」


「いえいえ、そのイノシシ……丸焼きにする前に真っ黒になってたりしませんよね……」


「大丈夫よ。レイチェル先生も火を扱う魔法使いだけど、一度も焦げ焦げになるまで焼いた事なんて無いもの」


 その時、咳き込むオズマとアミュ。


「なあに? 二人とも。同時に咳き込んで」


「いや……なんでもない」


 なにはともあれ、とりあえずノチェを回収しなくてはと、ヨランダは芋のお礼をいいつつ、その場を立ち去る。ノチェが居なくては首元がスースーする。このままでは風邪をひいてしまう!


「大書庫……はまだ開いてないんだっけ……」


 大書庫は三つの塔の内の一つ。その巨大な塔、それが丸々大書庫。一体どれだけの本が保管されているのか想像もできない。


 するとマティアスが大書庫へと向かうのが見えた。その手には授業の資料なのか、山積みの魔導書が。


「マティアス先生ーっ」


 パタパタと駆け寄るヨランダ。マティアスはその声に反応して顔を向ける。

 マティアスは見た。ヨランダの口元についている……芋を。


「ヨランダ先生、間食とは感心しませんね」


「はぅっ! す、すみません……」


「……黙っている代わりと言っては何ですが……少し良いでしょうか。ご相談したい事があります」







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