第八話 竜と軍人
時は少し遡り……ハイデマリーの元でガツガツと飯を食らう子供の姿をした竜と猫。
マルティンは小さな口で太いハムを食いちぎり、腹の中に野菜などをつめて蒸された魚料理を一口で頬張る。その頬はリスのように膨らんでいる。
「良く食べるねぇ、そんなにお腹空いてたのかい?」
「ふぉんふぁふぉふぉふぁふぁいふぁ、ふぁふぁふぇふぁふぉふぉは」
「口の中を空っぽにしてからおしゃべりなさい?」
ゴクン……と飲み込むマルティン。最後にハイデマリー特性のミックスジュースを一気飲み。ノチェもお腹一杯のようで、膨らんだお腹を天井に向けながら寝転がっている。
「なかなか美味かったぞ、ハイデマリー」
マルティンはお腹を摩りながら我が物顔で感想を。ハイデマリーはお粗末様でした、と食器を片付け始める。
「ところで……君はどこの生徒さんだい? この学院に入ってくるには歳が少し若すぎるようだけども」
「大きくなったな、ハイデマリー。我は見違えたぞ。あの豆粒みたいな子供だったのに」
ハイデマリーの目に涙が溜まる。それは溢れんばかりに流れ出すまで、そう時間は掛からなかった。先ほどまで年上のお姉さんを気取っていたのに、一気に子供のような泣き顔に。
「もしかして……ダフィネル?」
頷く少年へと駆け寄り、子供のように抱き着くハイデマリー。そのまま床へと押し倒すように。
子供に抱き着く大きな大人。しかし今は、どちらかと言えばハイデマリーの方が子供のようだ。
「良かった……良かった……帰ってきてくれたんだね……」
「わけありだ。すぐにまた戻る」
「なんで! ずっとここで……先生になるのが夢だって、アンジェロだって言ってたじゃん!」
「アンジェロは死んだ。それで……今は……」
「やだやだやだやだやだ! ずっとここに居て! その白猫、もしかしてノチェ?! ふぐおぉぉぉぉ! なんか見覚えある毛並みだと思ってたんだあぁぁぁぁ!」
今度はノチェを抱きかかえながら抱きしめるハイデマリー。ノチェは小さく溜息をつきながら、もふもふしっぽ、略してモフっぽでハイデマリーの頭を撫でてやる。
「もうお前も立派な指導者だ、ワシ等なんぞいなくても平気だろ」
「そんなことないぃぃぃ! もう無理! 無理ぃぃぃ!」
「やれやれ……」
「はっ! ハインリヒにも教えてあげなきゃ! 二人が戻ってきたって!」
その名前を聞いて二人の顔色が変わる。
特にマルティンは殺気を隠す事なく溢れさせるように。
「そうか、あいつ……生きていたか。一発、齧ってやろうと思ってたんだ」
★☆★
授業を終えた後、ヨランダは肌寒さを感じた。いつも巻いているマフラーをいい加減回収しなくては、と捜索を始めるヨランダ。クンクンと鼻を鳴らしながら、その匂いを追う。
そのまま校舎の外に出ると同時に、とてもいい香りがした。どうやら小さな庭園、そこに建っている小屋から香ってきているようだ。
「ポマさんの手料理の香り……? えっ、こんな時間に……」
「おやおや、誰かと思えば噂の新任教師ではないですか」
突然背後から声がして、ヨランダは跳ね上がる勢いでビックリしてしまう。鼻がきくのに接近に全く気付けなかった。
「えっ、だ、だれですか!」
ズザァー! と華麗にスライディングしながらファイティングポーズをとるヨランダ。それに対し、背後に立っていた男は「ふむふむ」と頷くばかり。そしてよく見れば、その傍らに別の女性も。そんな二人は軍服に身を包んでいる。
「え、軍人さん?」
「そのとおり。今は散歩……もとい、巡回警備中でして」
男は筋骨隆々でサングラス。そして背中には何故か古風な剣。ヨランダは昔読んだ本を思い出した。刀と呼ばれる特殊な金属で製造された武器だ。
「私の事を知ってるんですか?」
「そりゃもう。あのカタブツが恋をした……痛っ!」
いきなり傍らの女性が男の足を思い切り踏みつけた。そのまま悶絶する男。代わりにと、その女性はヨランダへと丁寧にお辞儀をしつつ自己紹介。
「突然失礼しました、ヨランダ教諭。私はローレスカ軍、中央本部所属のマルティナ少尉。そっちの無礼な男は同じく本部所属のオズマ大尉です」
「え、そっちの人が上官なんですか?」
「えぇ、悲しい事に」
ヨランダは軍の事などさっぱりだが、中央本部と言えば国で一番偉い人が集う場所……くらいの知識は持っている。そんな所の軍人が、こんな魔法学校の寮の警備? と疑問に思うしかない。
しかしマティアスが聖女だった。そしてこの軍の配備。
(まさか、ここの軍人は生徒を守る為というより……マティアス先生を監視しているんじゃ……と言う事は、少なくとも軍はマティアス先生が聖女だって知ってる……って事?)
あくまで仮説に過ぎない。しかしオズマもマルティナも、学校の警備をするような軍人には見えない。最前線に立っていたかのように……そう、マティアスと似たような雰囲気を感じる。
「ところでヨランダ教諭」
「あ、はい、なんでしょう」
「とても可愛らしい見た目をしていらっしゃるのに、よくそんな大きな本を背負って歩けますね」
「あぁ、この魔導書ですか?」
ヨランダは背中からドラゴニアスを取り、地面へと、ドスン! と大きな音を立てながら刺した。地面にめり込む程の重量。思わず悶絶していたオズマも目を丸くする。
「これは……一体、どのくらいの重量が?」
「えー、計った事はないんですけど……二キロくらいじゃないですかね」
絶対嘘だ、と軍人二人は顔を見合わせつつ、コクンと頷く。
「持ってみても?」
「あ、どうぞ」
ヨランダはドラゴニアスから手を離した。多少の時間なら大丈夫だろうと。
「……ふんっ!」
マルティナは見るからに重そうなドラゴニアスを腰を入れて持ち上げようとする。ヨランダが背負っていたベルトを思い切り掴んでも、ビクともしない。
「はぁ……はぁ……お、重すぎる……」
「ふん、情けないな、マルティナ少尉。どいていろ」
すると今度はオズマが挑戦。ドラゴニアスを抱きしめ、そのまま持ち上げようとする。そしてなんと少し浮いた。そのままの勢いで持ち上げようとするが
「あ、いかん……腰が……」
そのままドラゴニアスの下敷きになるオズマ。ヨランダとマルティナは慌ててドラゴニアスの下からオズマを救出。二人があれだけ力を振り絞ってもまともに持てなかったドラゴニアスを、ヨランダは片手でいとも簡単に背負いなおした。
「か、怪力……ですね、ヨランダ教諭……」
「いえいえ、それほどでも。実は私、山育ちで昔から岩とか蹴っ飛ばして遊んでたので……」
人間じゃねえ……と思い始める二人。しかし目の前に居るのは、あのマティアスが一目惚れするほどに可愛らしい女性。二人は目頭を押さえつつ、もしかしたら夢なのでは? と思い始めてくるが紛れもなく現実だ。
「あ、そうだ。うちの猫見ませんでしたか? えっと……白猫の……」
「あぁ、ヨランダ教諭が普段、首に巻いてる猫ですか。少し前に見慣れない年頃の少年が連れてましたよ」
「どのあたりで?」
「大書庫の方へ向かっているようでした。あの少年もヨランダ教諭のお知り合いですか?」
「え、ええ、まあ……」
「凄まじい眼力というか……目力というか。少年とは思えない雰囲気でしたね。思わず身構えてしまったほどです。ヨランダ教諭の怪力といい、あの少年といい……一体、どんな育ち方をすれば……」
「大した育ち方はしてません! ちゃんとご飯食べてれば誰でも……」
いやいや……と首を振る二人。
マルティナはヨランダをよくよく観察する。どこからどう見ても華奢な、可愛らしい姿の教師。規格外の重さの魔導書を背負ってる以外は普通だ。
そんなマルティナの視線から逃げるように、ヨランダは「じゃあ私はこれで……」と退散する。大書庫に向かったという白猫を追いかけて。
残された軍人二人は、退散するヨランダを小さな背中を見送る。
「どう思う、少尉。アミストラの密偵だと思うか?」
「だとしたら相当の大物です。怪しまれるのを覚悟で……少年の姿をした得体の知れないモノを編入させようとしているんですから。密偵だとしたら、迂闊どころの話ではないでしょう」




