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小柄な竜に恋をした、不器用な治癒術師 ~バルツクローゲン魔法学院、教師の職場恋愛物語~  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
本編

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第七話 竜とトレーニング

 マティアスの授業を見学しているヨランダ。その内容は魔法のマの字もない。ただひたすらに、生徒達の体力トレーニングを。マティアスを先頭にしながら、森の中を走り回っている。


「無理はしなくていい、迷ったら最悪、木の養分にされるが」


「それ、足と止めたら死ぬって……言ってますよね!?」


 ヨランダはそんな生徒達とマティアスの姿を、上空から観察していた。ドラゴニアスの上に乗り、まるで魔法の絨毯のように扱う。ちなみに下から見ると本が飛んでいるように見える。


「魔法の訓練にも体力トレーニングってあるんだ……」


 無論、魔法使い達の中で積極的に体力トレーニングを取り入れている者など一握りだろう。大半は暗い部屋でグツグツと煮えたぎる巨大な鍋を掻きまわしている。


「足元に気を取られすぎるな、余計に体力を持っていかれるぞ、前方を観察して地形を把握できるようにしろ」


「そんな余裕……ないッス……」


 バタバタと倒れていく生徒達。残る生徒は数人程度。しかしその数人も残り一人となり、その一人は最後までマティアスに張り付いていた。息を切らしながら完走し、最初の開けた場所へと帰ってくる。


 マティアスは息一つ乱すことなく後ろを振り向き、完走した生徒の頭を撫でた。生徒はビクっと震えるが、だんだんと猫のように表情がとろけていく。


「よくやった。フェオドラ」


「お、おす……」


 フェオドラと呼ばれた女生徒は、自分の名前を憶えていたのかと少し感動。そばかすが目立つ三つ編みの女の子。見た目は華奢で、とてもマティアスについていったようには見えない。しかし結果が全てだ。彼女はこのクラスで唯一、その過酷な授業を生き残った。


 一方、残された生徒はヨランダが回収して回る。飛行魔法で森の上空から一人残らず探索し、ポマさんのお腹のポッケを見習って……巨大なレッサーパンダ柄の風呂敷を魔法で作り出し、そこに生徒をポイポイ収納していった! シュールすぎる。


「ほい、回収完了ー、みんな大丈夫?」


「ここ……魔法学院……じゃなかった……。入る学校……マチガエタ……」


 死にそうな顔をしている生徒達。そんな生徒達を風呂敷の中に収納したヨランダは、マティアスとフェオドラのいる所まで滑空。意外と風呂敷の中は快適で、生徒達は大きなブランコに乗せられている気分だった。地獄の後にちょっと気持ちい。


「マティアス先生、生徒全員回収してきましたっ」


 ビシィ! と敬礼するヨランダ。それに同じように敬礼を返すマティアス。それは本物の軍人のようだ。っていうか元軍人なのだから本物なんだが。


「ありがとうございます、ヨランダ先生。しかし生き残りが一人とは……少し最初からハード過ぎたかもしれません」


「そんなことないですよ、私なんて兄さまに溶岩の上をひたすら飛べって言われた事ありますし」


 一体どんなスパルタ教育を受けてきたんだ、この可愛い教師はっ! と生徒達は顔を真っ青にする。ツッコミ役のノチェが居ないのがいたたまれない。早く帰ってきてくれ、ノチェ先生、と祈るばかり。


「ヨランダ先生、怪我をしている生徒は居ますか? 血を出していると木が襲ってくる恐れが……」


「あー、そうなんですね」


「ひぃ! 僕! 僕膝擦りむいてます!」


 挙手する男子生徒。その膝小僧からは少量の血がにじんでいた。普段ならばその程度の怪我、放っておけば治るくらいだが、木が襲ってくると聞いては黙っていられない。


「見せてみろ」


「ぁ、治癒魔法なら私も……」


「それなら女生徒の方を頼みます、ヨランダ先生」


 男子生徒も出来ればヨランダにしてほしかった……と残念そうな顔をするが、だからといって以前のようにマティアスにビビリ散らかすような事はもうない。確かに今回の授業はハードだったが、少し悔しい気持ちが残った。何せ、クラスの中で一番華奢で体力無さそうなフェオドラが唯一の生存者。男性生徒達の中に、闘志を燃やす者がチラホラ。


 マティアスはそんな男子生徒達へと治癒魔法をかけていく。ヨランダも女生徒の中で怪我をしているものが居ないかと見て回りながら、マティアスの魔法をチラ見。


 そんなヨランダは目を疑った。


「……え?」


 マティアスの治癒魔法は現代のそれとは大きく異なっていた。

 どちらかと言えば、ヨランダが扱う古代魔法に近い。しかし、それともまた細部で異なっている。その違いは古代魔法を専門とするヨランダだからこそ分かる違い。だが他の魔法使いでも、違和感くらいは感じるかもしれない。


「あの、マティアス先生……その治癒魔法は何処で習得されたんですか?」


「あぁ、この学院の校長に基礎を教わりました。あとは独学ですが……」


 ヨランダは「そうなんですね~」と適当に流すが、本心では有り得ないと思っていた。あの校長は魔法使いではない。多少の知識はあるだろう、しかし魔法使いでもない人間が、古代魔法に近しい物の基礎など知っているわけがない。第一、古代魔法の基礎、それは失われた究極の研究テーマと言っていい。それが分れば古代魔法の原型が分ってしまうのだから。


 そして気づけば、マティアスは驚異的なスピードで生徒達の治療を終えていた。流血は勿論、擦り傷すら残さぬ程に。それを確認したヨランダは、あの治療魔法なら千切れた手足も即座に再生出来るだろうと想像する。しかしそんな魔法は存在しない。ある例外を除いて。


(まさか……マティアス先生は……)





 ★☆★





 マティアスの授業が終わると、次はヨランダの歴史の授業……なのだが、生徒達は皆死体と化していた。この状況で授業など無理だろうと、ヨランダは窓を全開にして優しい風を教室へと取り込む。すると一人、また一人と寝落ちしていく。


 教室の後方にはマティアスが控えており、寝落ちした生徒を起こそうと歩み出た。しかしそれをヨランダは手を翳して静止。マティアスは明らかに自分のせいだと、ヨランダへと申し訳なさそうに頭を下げながら再び壁際まで下がった。


「寝たい子は寝てていいよ。別に眠くないって子は……雑談でもする?」


 優しいヨランダの声に、生徒達は耳をくすぐられている気分。それでまた船を漕ぎだし、転覆していく生徒達。残ったのは数人の男女数名。その中に先ほどの生存者、フェオドラも居る。


「フェオドラちゃん、さっき凄かったねぇ、マティアス先生に最後まで付いていって」


「お、おす……」


 真面目で華奢な、いかにも机に噛り付いていそうな女の子、フェオドラ。他の起きている生徒達も、フェオドラへと称賛の握手を静かめに送る。


「じゃあご褒美に……フェオドラちゃんの勉強したい事教えてあげる。何かある? 歴史以外でもいいよ」


 ヨランダは内心、感動していた。今自分は夢だった教師として振舞えている、と。

 しかし違和感を覚えた。教師になるのが夢になったのはいつからだろう。ごく最近のような気もするし、昔からそうだったような気もする。


「えっと……じゃあ……十年前の戦争について……」


 もっと明るい話題にしようぜ! とヨランダは思うが、生徒の御所望なので無碍には出来ない。それに、その戦場にまさに立っていたマティアスも居る。不謹慎かもしれないが、これ以上の適任者もいないだろう。


「十年前……じゃあそもそも何故戦争が起こってしまったのか、から始めようか」


 ヨランダも戦場に居た。何故かそこに向かってしまった。幼いとは言え十歳だったヨランダは、はっきりと流れ弾に当たるまでは記憶している。


「この国、ローレスカと、隣国のアミストラ。実はこの二つの国は同じ女神信仰を持っているんだけど……細部で異なってる部分があるの。あの戦争以前から、小さな争いは昔から度々起きてたんだよ」


 マティアスの方へ視線を移すヨランダ。彼はただ静かにヨランダの言葉に耳を傾けている。


「小さな物が積もりに積もって起きた戦争だったけど、その引き金になったのが……聖女の殺害だったって言われてるね」


「聖女って、三大聖女ですよね……?」


 流石、とヨランダはフェオドラを褒め称える。しかしこの国に、この世界に住まう者なら誰でも知っている知識だろう。三大聖女、それは世界に常に三人存在すると言われている英雄。しかし魔法使いならば、こう思うだろう。聖女はただの生贄だと。


 先ほど、驚異的な治癒魔法を披露した男をチラ見するヨランダ。


「アミストラは聖女を欲していたんだよね。戦争が起きるより前、ローレスカには一人の聖女が居たの。アミストラの狙いは、その聖女の殺害だった」


「でも、戦争でも聖女が戦ったって……」


「そう。アミストラは既に聖女を兵器として育成していて、だからローレスカに居る聖女が邪魔だった。聖女を兵器化させても、既にローレスカに居たんじゃ……意味が無いと考えたんだね。そして十年前の戦争でこの国を滅ぼしかけた聖女……名前はなんだっけ、なんか男っぽい名前だったような……」


「なんで聖女が……兵器なんですか? 聖女様って、もっとこう……純真無垢なイメージが……」


 ヨランダはマティアスへと目を向ける。

 彼は純真無垢、というよりもただ無知なだけだ。


 あんな迂闊に、魔法使いの前で、あの治癒魔法を披露してしまう。

 ヨランダはほぼ確信している。マティアスが聖女であると。そして本人はそれを知らない。


「聖女は古代魔法を扱うからね。古代魔法っていうのは私の専門でもあるけど、そのほとんどは殺戮の為に編み出された物なんだ。そもそも魔法自体、元々は古代種族同士が殺し合いの為に編み出した秘術だからね」


 マティアスに向けて警告のように続けるヨランダ。


「だから聖女は利用される。古代魔法の知識を追い求める魔法使いや、戦争で兵器として使いたい軍人に。だからまともな魔法使いは、聖女を見つけ次第、殺してしまう。生きていても実験の道具にされたり……悲惨な末路しか想像できないから」


 ならば、自分はどちらなのだろう。

 ヨランダは教室の後方で腕を組みながら佇む男へと、視線を送り続ける。

 勿論、マティアスを実験体にしたり利用したりする気は無い。しかし、ならば殺すのかと言われても頷く事など出来ない。


 聖女を殺さなくてはならない理由は他にもある。古代魔法の知識を潜在的に持っている聖女は、いつその力が暴走するか分からない。よって、子供の頃に聖女と判明した場合、教育すれば人類に多大な貢献をしてくれる存在となる。ただの殺戮のための秘術が、様々な用途に使える便利な存在になったのも、そんな聖女の存在が大きいだろう。


 だがマティアスはもはや手遅れだ。今更教育した所で古代魔法を制御出来る程の魔法使いに成長出来るとは思えない。暴走して生徒に被害が出る前に殺すべき。しかしヨランダにその選択肢はない。


 理由は良く分からない。

 しかしヨランダは何故か、十年前、大怪我を負った事をその時思い出した。

 

 あの時、流れ弾に当たったのは……誰かを守ろうとして……


「……ヨランダ先生?」


 突然黙り込んでしまったヨランダを心配するかのように、マティアスが声をかけた。

 はっとするヨランダ。つい、誤魔化そうと


「お、お腹が空きました!」


 途端に笑いに包まれる教室。眠っていた生徒も目を覚まし、授業が終わる鐘が鳴り響く。


 本日の授業もあとわずか。それが終われば、楽しい食事の時間だ。





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