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小柄な竜に恋をした、不器用な治癒術師 ~バルツクローゲン魔法学院、教師の職場恋愛物語~  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
本編

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第五話 竜と兄さま

 ポマさんの割烹着、そのお腹の部分にはポケットがある。ポマさんを知る者ならば、そのポッケの中に手を突っ込みたいと思うだろう。しかしそれは倫理的に行ってはいけない行為。いわゆるセクハラである。


 勿論ヨランダも気にはなっていた。そのポッケには何が入っているのか、手を入れたら物凄く暖かくて気持ちいのではないか、と。ポマさんのふっくらとしたお腹に面した割烹着。そのポッケである。誰しもが魅惑的だと感じてしまうだろう。


 それはヨランダも同じ。そして先ほど拾った犬を、一旦ポマさんに預けようと手渡した瞬間、ヨランダは思わず目を疑った。


「よいしょ、ここに入っててね」


(そこ、そこに入れちゃうんだ! 可愛い)


 なんの躊躇もなく、ポマさんは犬を受け取りお腹のポッケへと収納。顔だけひょこっと出した犬は、どこか気持ちよさそうに目を座らせ……ついには眠ってしまう。

 ついついヨランダまで眠たくなってきてしまう。しかし己の頬を叩き、気合を入れなおすヨランダ。


「いかん、まだこれから授業あるのにっ……!」


「どうしたの……? ヨランダ先生。そういえば、このワンちゃん、どこで拾ってきたの?」


 当然の疑問にヨランダは答える。この学院の中庭で出会ったと。するとポマさんは首を傾げ、何か思い当たる節があるように


「庭のワンちゃん……。大きな犬が寝てなかった? もしかしたらその子の子供かしら」


「あぁ、そういえば、庭師さんがなんか寂しそうにしてましたけど……でも大きな犬なんて居ませんでしたよ? ねえ、ノチェ」


「ああ」


「おかしいわね。いつもあそこで寝てるんだけど。まあいいわ。この子の面倒は私が見るから、ヨランダ先生は授業しっかりね。というか、なんで中庭なんかに居たの? サボリ?」


 滅相もない、と目を逸らしながら苦しそうに言い逃れするヨランダ。ポマさんの鋭い目つきがヨランダを襲う。しかしそれすら可愛い。お腹のポッケに眠る子犬を入れたレッサーパンダ。萌え要素しかない。


「では私はこのあたりで……わんこ、よろしくおねがいします」


「はいはい、頑張ってー」


 ポマさんのエールをしっかり受け取りつつ、ヨランダは再び本館へと……行こうとして躊躇してしまう。マティアスにあれだけ啖呵を切っておいて、バッタリ会ってしまったらどうするのか。というか、次のホームルームで嫌でも会う事になる。その時、どんな顔をして向き合えばいい? とヨランダの足取りは鉛を付けられた囚人のように。


「はぅぅぅぅ、ノチェどうしよう……マティアス先生と会っちゃったら……」


「こういう時は相手を信じる物だぞ、ヨランダ」


「どういうこと? っていうか、なんで地面あるいてるの? ほら、おいで?」


「犬の匂いを落としてからにしろ……。あのマティアスなる青年は、まだ年齢ほど老けてないかもな」


「何いってんの? 私と同い年なんだから……老けてないよっ」


「ワシが言っとるのはそういう事じゃなく……」


 寮から学院へと続く道のりの途中。本日は雲一つない晴天。教室にこもって授業をしていては勿体ない、そんな風に学生達が思いたくなるような天気。

 まさに吸い込まれそうな空、というのはこういうのを言うのだろう、とヨランダは気持ちよさそうに手を広げる。まるで翼を伸ばすように。


「おい……ヨランダ」


「なーに、ノチェ。日向ぼっこでもする?」


「違う、あれを見ろ」


 あれ、と言われて、ヨランダはノチェの視線の先を追った。そこにいたのは、ブカブカの制服を着た小さな男の子。いや、小さすぎる。ヨランダよりも遥かに背が小さい。下手をすればポマさんと同じくらいの身長。


 しかしそれ以上にヨランダは違和感を覚えた。覚えた瞬間、背筋が凍る。

 この誤魔化しきれない程の、嗅ぎ憶えのありすぎる体臭。幼き頃、大喧嘩して故郷をあとにしたヨランダを、幾度もなく追いかけてきた……


「兄……さま……?」


「不味い……あの時か……」


 ポマさんの魔法の鍵で故郷へ繋げた時、巨大な竜と出くわした。それがまさにヨランダの兄だったわけだが、まさかあの一瞬で居場所がバレてしまったというのか。ノチェもヨランダもその場を動けない。その違和感の塊が異様すぎる。例えるなら、鳩の群れの中に一匹だけ鰐が混ざっているような感じ。


「ちゃんと制服まで着て……というか、なんであんな可愛い男の子になってるの? 兄さまも古代魔法使えるの?」


「いや、明らかに精度が低い。お前の古代魔法は魂ごと変化させてしまうが、アレはただ似姿を変えただけだ。その辺の魔法使いが見ても違和感に気が付くぞ」


 後ずさりする二人。まだこちらには気づいていない……筈。しかし時間の問題だ。竜の嗅覚は犬の数千倍とも言われている。数キロ離れた位置の匂いさえ嗅ぎ分ける事が出来るのだ。


「……ぁ、ヤバい、目があったよ、ノチェ。私気絶しそう……」


「耐えろ、いくらなんでもこんな所でお説教は無いだろ。というか別に悪い事してないし」


 ヨランダはあからさまに怯え、ノチェまで尻尾を震わせている。一歩一歩、こちらに近づいてくるにつれて震えは大きくなっていった。そしてついに、背を向けるヨランダ。


「ぁっ、こら、ヨランダ、ワシを置いていくな……!」


「もう無理……! ごめんノチェ……! ノチェの事は忘れないよ!」


「まてコラ」


 一瞬で二人の傍へと転移する少年の姿の兄。その表情はあどけない。街に出れば可愛い可愛いと愛でられるような姿。ブカブカの制服がこれまたいい。しかしその正体は超怖い竜。


 むんず、とヨランダの髪を掴むと、そのままノチェの尻尾も鷲掴み。二人は涙目でプルプル震える。


「ふえぇぇ、なんで虐めるの……兄さま、何も悪い事してないのに」


「そ、そうだそうだ、猫の尻尾を鷲掴みするとは、神も恐れる蛮行だぞ……」


「黙れ、神なんぞ俺が噛み砕いてやる。ここに連れてこい」


 無理だ……と二人は観念し、その場でヨランダは正座。ノチェもお座りする。誰かに見られたら、一体何事だと思うだろう。しかしそんな事を気にする余裕はない。


 二人の目の前で腕を組み、むんっ、と可愛く威張る少年。兄で無かったらな……とヨランダはシュンと項垂れる。


「ヨランダ。この数年、兄に隠れて何をしていた」


「魔法の勉強を……していました……」


「その魔導書はドラゴニアスだな。ノチェ、お前が俺の故郷から持ち出したのか」


「左様で……」


 申し訳ありませぬ……と頭を下げ続ける二人。ヨランダはチラ……と兄の顔を眺める。その顔に大きな傷跡は無い。可愛いだけの少年だ。もしかしたら、これは兄なりの気遣いかもしれない。今まで、兄にストーカーされて対面した瞬間に気を失いかけていたから。


「あの、兄さま……そのお姿はどうされたので?」


「慣れない魔法は使う物じゃないな。姿を変えようと思ったら、このありさまだ。年齢の操作が上手く行かん」


 ヨランダはほんの少し……疑問に思う。以前の兄なら、竜の姿のまま突撃してきそうな物だが。

 もしかしてそれが出来ない理由があるのだろうか。


「兄さま……この学院にお知り合いでも? 何故わざわざ変身してまで……」


「古い知り合いが居るんでな。まあ、一目姿を拝んでおくか」


「もう居ないぞ」


 ノチェの言葉に少年の姿の兄は少し目を伏せるように。もしかして悲しんでいるのだろうか。というか、一体それは誰なのか。ノチェは続けて、その兄の天敵について報告する。


「シェバならもう逝った。恐らくつい先日の事だ。まあ、既に転生したっぽいがな」


「便利な物だな、竜星の騎士団は……」


「あ、あの! 兄さま!」


 ヨランダは勇気を出して立ち上がり、少年の兄を見下ろす。それだけで声が震えてしまうが、明確に自分の意思を伝える。


「私、この学院で先生になったんです! ですから戻りません! 私はこのまま、ここで先生として暮らすんです!」


 おぉ……とノチェは感心してしまう。今まで兄の顔を見るなり気絶しかけていたヨランダが成長している。もう教える事はないようだ、とさりげなく背を向けるが、ガッシリ再び尻尾を兄に鷲掴みにされてしまう。


「ヨランダ、人間に何を期待している。奴らは殺し合いが趣味の蛮族だ。必要以上に感情移入するな」


「兄さまが人間嫌いなのは知ってますけど……でも、兄さまだって、今は人間の姿してるじゃないですか。それにその魔法だって、人間が発明したんですよ。蛮族なんて言い方……」


「以前、お前のように人間に惹かれて共に過ごした仲間を知っている。そいつは人間の争いに巻き込まれて死んだ。お前はいつか、自分が育てた人間に殺される事になる。第一、お前は十年前に殺されかけたんだぞ」


「それは……」


 ヨランダは十年前、人間同士の戦争をこの目で見た。そして流れ弾で死にそうになったが……


「……私を助けてくれたのも、人間です……たぶん……」


「たぶんってなんだ! お前を助けたのは人間じゃなくて、この猫みたいな奴かもしれんぞ!」


「ひぃ!」


 鷲掴みにしている尻尾を持ち上げ、宙に浮くノチェ。動物虐待だ! とノチェは抗議する。


「兄さま! ノチェの尻尾がちぎれちゃう!」


「やかましい! ヨランダ、このままお前は連れ帰る。この猫は置いていく。いいな」


「い、いやです!」


「兄に逆らうか! なんだったらこの学院ごと、俺が吹き飛ばして……」


「まあ、そう目くじらをたてるな、我が友、ダフィネルよ」


 尻尾を掴まれてブラブラ浮いているノチェは、宥めるように。そんなノチェを可愛い少年はギロリと睨みつける。


「ヨランダとて子供ではない。人間でいうなら、既に子供を授かっていてもおかしくない年齢だ」


「人間の尺度で考えるな。呆れたぞ、万年を生きる魔人が、人間の本質を見抜けていないとはな。大体、貴様……アンジェロが辿った運命を知りながら……」


「万年を生きるからこそ、だ。それに、あれが運命だと言うなら今この場に我々が居るのも運命だ。全て偶然だ、ワシは何もしておらん」


「え、え? アンジェロって誰? ちょ、二人とも、なんの話してんの?」


 パ……とノチェの尻尾を離す兄。そのまま華麗に着地するノチェは、どこか悲しげな少年を見上げる。


「……入学手続きはどこでする」


「はい?」


「そこまで言うのなら、俺が見極めてやる。ここの生徒としてな。ヨランダ、案内しろ。どこで入学するんだ」


 何いってんだコイツ! とヨランダはガクガク膝を震わせるが、ノチェは「やれやれ……」と少し嬉しそうに呆れ顔。


「ヨランダ、校長に会いに行こう。奴はワシの顔なじみだ、生徒の一人くらい捻じ込めるだろう」


「ちょ、本気? 兄さまが入学って……」


 チラっと兄の顔を確認するヨランダ。


「可愛い顔してるけど全然可愛くない! こんな生徒ヤダ!」


「よろしく頼むぞ、ヨランダ先生ぇ……」


「いやぁぁぁぁぁ!」


 まさかの兄が生徒の仲間入り。楽しい学園生活に、ほんのちょっぴりのスパイスを。


「ぜんぜんちょっぴりじゃない!」


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