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小柄な竜に恋をした、不器用な治癒術師 ~バルツクローゲン魔法学院、教師の職場恋愛物語~  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
本編

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第四話 竜とパワハラ

 今日から本格的にヨランダによる授業が始まる……の前に、職員達による朝の打ち合わせが一室で行われていた。

 取り仕切るのは教頭先生の女性。まだ若々しいが、凄まじい迫力を感じる。キリっとした眼鏡がチャームポイント。当然のように元軍人である。


 というか、朝会に参加している面々の中で魔法使いはヨランダしかいない。あとは魔法を齧った程度の元軍人達。マティアスもその場に居た。皆、教頭の言葉に耳を傾けている。


「といわけで……新たに新入生を迎えましたが、彼らはまだ抵抗力も少なく不安定な状態です。監視を怠らないように。特に移動教室の際、道に迷わないようにお願いします」


 多くの教師陣にとって、それは今更な確認。教頭はヨランダに向けて言っているのだろうとノチェは察した。しかし肝心のヨランダは、一人船を漕いでいる。鼻提灯が出そうな勢いで。


「ヨランダ先生?」


「はうっ! お、おきてます!」


 教頭に指名され、覚醒するヨランダ。その様子に回りの教師達は笑顔に。凄まじい迫力の教頭に作り出された重い空気が、一気に和やかムード。


「お疲れの所申し訳ありませんが、もう少し気を張るように」


「だ、だいじょうぶです! 朝ごはんたくさん食べてきましたから!」


「よろしい」


 心なしか教頭の対応が優しい。いや、確実にヨランダに甘々になっている。そう感じた教師陣達。いつもなら、居眠りしようものなら、即座に鉄拳制裁が繰り出されるのに。


「ヨランダ先生」


 そんな教頭が再びヨランダを指名し、あろうことかニッコリと微笑む。それをみた男性陣の背筋が凍る。かつての戦場に、素手で戦車を叩きつぶした伝説の怪物が居た事を思い出したのだ。


「ようやくまともな魔法使いを迎える事が出来、嬉しく思っています。期待していますよ」


「は、はい!」


 そのまま何事もなく朝会は終わり、ヨランダはマティアスと共に教室へと向かう。その途中の廊下で、ヨランダはマティアスの横へと少し早歩きでついていく。それに気づいたマティアスは、少しだけ歩調を弱めた。そんなマティアスを、ノチェは意外そうに思い


「マティアス先生、元軍人だけあって礼儀正しいだけではなく、気遣いも出来るようだ。おまけに顔も男前だ。まさに聖職者にふさわしい」


 なんだ、いきなりどうした、とヨランダはノチェを横目で見た。マティアスは少し恥ずかしそう。


「お褒め頂き大変ありがたいのですが……聖職者には程遠いですよ。生徒には恐れられていますから」


「なぁに、男は煙たがれるくらいが丁度いい。さっきの教頭先生のようにな。心に芯を持ってる」


「教頭先生って……さっきの先生は女の人だよ?」


(わし)に細かい事を言うな。人間の性別なんぞどっちでも構わん」


 なんという大雑把な猫……と、ヨランダはノチェの首筋を人差し指でカリカリ。ノチェは気持ちよさそうにのけぞる。


「それにしても、魔法使いが一人も居ませんでしたね。朝会って、いつもあのメンツなんですか?」


「そうですね。ここの魔法使い達は人見知りが多いので。生徒達に授業を施す際、姿を変える者まで居る程です」


 ギクリ、とヨランダの背筋が震える。


「へ、へぇー……変わった人もいるもんですねぇ……」


 ノチェの視線が痛い、と視線を逸らすヨランダ。


「ですから教頭も、ヨランダ先生が来てくれて嬉しかったと思いますよ。ヨランダ先生が朝会に顔を出した時、教頭の顔が一瞬ですが普通の女性に見えたので……」


「むむ、それは失礼ですっ、マティアス先生。教頭先生はいつも素敵なレディーですっ」


「……ぅ、失礼しました……」


「初対面のくせに何を偉そうに……」


 溜息まじりのノチェのつっこみを流しつつ、二人は教室の前へと。ガヤガヤと生徒達が賑やかに雑談している声が聞こえた。かすかにマティアスが大きく息を吸ったのを感じ取るヨランダ。


「あの、マティアス先生?」


 勢いよく扉を開くマティアス。そしてそのまま


「号令!」


「ひぃ!」


 悲鳴をあげたのは生徒だけではない。ヨランダもだ。マティアスの突然の大声で飛び上がる。ノチェが宙に放り出され、それを慌ててキャッチ。


「日直、号令を」


「は、はひ!」


 怯えた様子の生徒達。ヨランダはノチェを盾にしつつ、マティアスをチラッチラと覗き見るように。


「おい、ワシを盾にするな……」


「だ、だって……びっくりしたんだもん……」


 堂々と教室へと入っていくマティアスに対し、怯えるような態度のヨランダ。そのままマティアスは教室の後方から全体を監視するような位置に起ち、ヨランダは教壇へと。


「え、えーっと……みんなおはようっ! さわやかな朝だねっ!」


 シーン……と静まり返る教室。生徒は皆、葬式のようなムードに。


「じゃあ出席取るね……えーっと……」


 そのままスムーズに朝のホームルームを終えると、一限目の授業が開始。ヨランダとマティアスは担当ではないため、そのまま教室を後に。


「お疲れ様でした。では私は一旦、職員室に戻ります」


「ま、まってください……!」


 教室を出て職員室へと戻ろうとするマティアスを、ヨランダは呼び止めた。マティアスは足を止め、ヨランダへと振り返る。振り返った瞬間、驚いた。ヨランダが涙を浮かべていたからだ。


「なんですかっ、さっきの! あんな大声で叱りつけるみたいに! みんなが可哀想ですっ!」


「あ、いえ、しかし既に時刻的には席について静粛にしていないと……」


「そんなのどうでもいいじゃん!」


 いや、良くは無いだろう……とノチェは思うが、マティアスの先ほどの怒号もどうかと思うので黙っている。


「しかし、ヨランダ先生……学校というものは規律が全てで……」


「絶対違いますぅ! あんな……軍隊みたいな声出さなくても、あの子達は分かってくれます! 分からなかったら火山の上から落とすフリとかすれば……きっと分かってくれます!」


「それはスパルタが過ぎるぞ、ヨランダ」


「ノチェは黙ってて! とにかく……今後、生徒達に向けてあんな声を出すのはやめてください。あと、さっきのことはちゃんと生徒達に謝ってください」


「いや、しかし……」


「しかしもかかしもありません! ちゃんと謝れないなら、もうマティアス先生と口聞きません!」


 その一言がマティアスの心を砕いた。これまで当然のようにやってきた号令を否定され、その上……初恋の相手からとてつもないクリティカルヒットな一言。


「ふんっ……! ぷんぷん、ぷんの助っ」


「ぷんの助って誰だ、ヨランダ。おい」


 そのままマティアスの横を通り過ぎて行ってしまうヨランダ。マティアスは取り残され、呆然と立ち尽くす。ヨランダは本気で怒っていた。しかし、何がいけなかったのか、まるで分からない。


 そんな二人の光景を覗いていた人間が居た。ヨランダのクラス、その一時限目の担当教師、クリス先生だ。必死に笑いを堪えるように、口をふさぎながら真っ赤な顔でマティアスを観察している。


「……授業に戻ってください、クリス先生」


「クク……いや、ごめんナサイ……ボロクソに言われてましたネ、気分爽快ですヨ」


 妙な訛りを持つ女性教師。目は赤色で八重歯が異常に発達している。まるで吸血鬼のような風貌。マティアスの兄貴分である、寮を警備しているオズマの飲み友達でもある。


「どうしマスカ? 生徒達に謝りますカ? 私は構いませんヨ、まだ授業始まる前の雑談してただけナノデ。そしたら二人の言い争いが聞こえましてネ。あぁ、ちなみに教室内にも丸聞こえだったので、生徒達もバッチリ……」


 そのままズカズカと教室内へと入るマティアス。そのまま教壇まで行くと生徒達の怯える顔が良く見えた。昨日、寮まで引率したときは、親しげに話しかけてくれた生徒も、今では見る影もない程に。


 その顔を見れば、ヨランダが怒った理由もなんとなく理解出来た。しかし今まで当然のように繰り返してきたルーティンのような業務。そう易々と否定出来るわけもない。彼は彼なりに生徒達を思い、そうしてきたのだ。


『あんな軍隊みたいな……!』


 ヨランダの言葉が突き刺さる。

 少年兵として戦場に立たされた時、世界を恨み絶望した。強制的にそこに立たされる絶望感を一番良く知っているのはマティアスだ。

 

 何もそこまで思いつめなくてもいいかもしれない。いや、絶対思いつめすぎである。しかしマティアスはこう思った。自分は、この子供達をいつか戦場に立たせるつもりなのか、と。


「悪かった……」


 教壇に手を付き、頭を下げるマティアス。そのまま何事もなく教室を去っていく。クリス先生はその、なんとも言えない背中を見つめながら、授業を再開するのであった。

 次回の飲み会で、酒の肴にされるのは言うまでも無い。




 ★☆★




 バルツクローゲン魔法学院、その中庭の異常に気が付いたのは、一人の庭師。いつもそこに鎮座している筈の巨大な番犬が、あとかたもなく消えている。


「何処に行ったんだ……? いや、というか生きてたのか?」


 呆然と立ち尽くす庭師。しかしその足元に、かすかな温もりを感じた。庭師の足へと抱き着くように、フワッフワ、ムッチムチな子犬が。つぶらな瞳を庭師へと向けてくる。


「ん? 子犬? お前、どっから来たんだ……おー、よしよしよし……」


 あまりの萌え要素。抱っこせざるをえない魅力を持った子犬。庭師は当然のように抱っこ。すると、そこに全力疾走してくる一人の魔法使いが。


「うわぁぁぁぁあん! 言っちゃった、言っちゃった! マティアス先生に酷い事言っちゃったあぁぁぁ!」


「落ち着けヨランダ、あのくらい、酷い事でもなんでもない」


「だって、だって! マティアス先生のほうが先生として上なのに! 私偉そうな事言っちゃったあぁぁぁ!」


 巨大な本を背負いながら走ってくる魔法使い。庭師が呼び止める前に木の根に足をひっかけ、盛大にすっころぶ。ノチェはなんとか緊急回避し、ドラゴニアスの上へと華麗に着地。


「落ち着けヨランダ……あれはあれで正解だったと思うぞ。まあ、言い方は少し子供っぽかったと思うが……」


「ひぐっ……マチハスせんせいに、きらばれたぁ……」


「鼻水を拭け。何言っとるか分からんぞ」


 すると庭師に抱っこされていた子犬が突然あばれだし、ポテっと地面へと落ちる。そのままヨランダの顔の前までくると、涙を拭くように舐めだした。


「ん? なんだ、この犬」


「慰めてくれるの……? うおぉぉぉぉん! ありがとぉぉぉぉ!」


 起き上がり犬へと頬ずりするヨランダ。鼻水を擦り付けられ、子犬はちょっと渋い顔に。


「ん……君は何処の子? ぁ、おじさんの子?」


 庭師へと尋ねるヨランダ。庭師は違う違うと手を振る。


「今さっきそこに居ったんじゃ。まあ、しかしその前に……」


 巨大な番犬が居た筈の、今となっては寂しい空間になってしまった庭の一部を見つめる庭師。

 ノチェはその時、かすかに懐かしい匂いに気付いた。そこに居た番犬なる犬の残り香に。


「シェバ……そこに居たのか」


「ん? 誰?」


「さあな。旧友を思い出しただけだ。ところでその犬、どうするんだ」


 ヨランダは犬を抱っこしつつ、モミモミと肉球を弄り回していた。ちょっと困り顔の子犬。


「野良犬にしては綺麗だよね。もしかしてどこかで飼われてたのかな」


「ならば……ポマさんに預けるのがいいんじゃないか? 彼女なら何も心配いらんだろうし」


「えぇ……でもただでさえ忙しいポマさんに、さらに犬の世話なんて……」


 しかしそれしかいい案が思いつかないヨランダ。

 渋々、子犬はポマさんに預ける事にした。庭師に会釈しながら別れを告げ、子犬の手を振ってみせるヨランダ。ノチェは犬を抱っこしているヨランダの首に巻き付く気にはなれず、そのまま自分の足で歩きだす。



 最後に庭師は、ぽっかりと空いた空間へと再び目を向けた。

 石像のように動かない巨大な番犬が、そこに居た。寂しいが、不思議と悲しい気持ちにはならなかった。





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