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小柄な竜に恋をした、不器用な治癒術師 ~バルツクローゲン魔法学院、教師の職場恋愛物語~  作者: F式 大熊猫改 (Lika)


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裏・妖精と魔法使い 6

 なんとも奇妙なめぐりあわせというのは、まあまあ起こりえる物で、私がここでエシールとか言う化物みたいな魔法使いと対面するのは、実は二度目だったりする。まあ向こうは分からないだろうが。出会ったのは私が三十代半ば……ちょうど、エルネと出会う少し前だ。今現在幼女の私の姿を見ても、すぐにピンと来る奴は……


「ん? お主……どっかで見た事あるな」


 なにぃ! 


「確か……そう、イルベルサで年末かくし芸大会の時に、水面の上を走ってみせた……」


『エシール様、それは別人です』


 エシールと共に居るもう一人の魔法使い。こっちは見覚えが無い。まあ、イルベルサの魔法使いなんて星の数程居るから当然なんだが。口を動かせないのだろうか。何故か魔法で声を伝えてくる。古典的な魔法だ、風魔法のなんちゃらって言う……声の代わりに魔法で空気を震わせて、鼓膜を振動させて……


「しかし随分な暴れっぷりじゃな。その戦いぶりからして、見た目通りの年齢では無いだろう、それはお互い様じゃが」


「あんたは随分なお婆ちゃんだしな、エシール」


「ふふ、流石にワシの事は知ってるか。イルベルサの長老などと持ち上げられておるが、実際はただの居候みたいなもんじゃ。知識だけは持っとるのでな、優秀な若い奴に囲まれるだけで食うていける。お前もその中の一人になる筈じゃったんじゃぞ、()()()()()


 思わずビクっと肩を震わせてしまう。こいつ、やっぱり私の事に気づいてたのか。っていうか年末かくし芸大会ってなんだ。


『ご存じだったんですか、エシール様。それならさっき教えてくれれば良かったじゃないですか』


「確信が無かったんじゃ。光を武器として扱う古代魔法は貴重じゃからの、それなりの使い手だとは思った。その中で妖精化しそうな人物、まあアンジェリス家くらいしか思い浮かばんわな」


 アンジェリス……私の家名だ。まあ、本家の人間は私が皆殺しにしてしまったから、もう無いが。


「それに……なんじゃ、その目つきの悪さは。子供の姿になってもそれか。少しは可愛げという物を持ったらどうじゃ」


「大きなお世話すぎるわ、というかあんたなら気付いてるだろ。ここに居るのは……」


「聖女じゃろ? 最優先で抹殺すべき存在じゃ。この戦場においてはな」


「…………」


 無駄だと分かっている。こんな交渉は受け入れられないだろう。それに気になる事もある。

 私はその場で座り込み、抵抗しないのポーズ……! 


「なんじゃ、それは。もしかしてワシらと話し合いでもするつもりか?」


「そのまさかだ。私に老人を痛めつける趣味は無いし、あんたもこんな可愛らしい幼女を虐める気にはなれんだろう」


「……中身が中身だけに罠の匂いしかせんが……まあいい、付き合ってやろう。ロスタリカ、お主は警戒しておれ」


 私の目の前で同じように座り込むエシール。なんだかいい匂いがする。お婆ちゃんのタンスの中の匂いみたいな……。私が家族を皆殺しにする数年前に、私のお婆ちゃんは既に亡くなっていたが。魔法学院に入学が決まって、一番最初に喜んでくれたのは……あの人だった。私が拷問を受けたと聞いたら、きっと悲しんでくれただろう。

 あの父も、母も、兄も姉も、そんな素振りは一切見せなかったが。


「まず最初に言っておく。ここに居る聖女はまだ十五歳の女の子だ。とてもじゃないがお前達の脅威にはなり得ないし、私も戦争なんぞに関わらせる気は無い」


「その口ぶりじゃと、お主が師匠なのか。将来が楽しみじゃな。きっと世界に恩恵を齎してくれる聖女に成長するじゃろうて」


「そう思ってるなら見逃してくれ。私も戦争に加担する気は無い。お前等がどこで何をしようが、私達には一切関係ない」


 ふむ……と顎に手を当てるエシール。恐らくこの交渉は……いや、交渉にもなっていないが、きっと受け入れてもらえないだろう。こいつは私の過去を知っている。家族を皆殺しにした人間を信用する筈が無い。


「まあ、お主がそこまで言うのじゃから、まあまあ信用してもいいんじゃろ。しかしな、こちらとて……はい、そうですかと引き下がれるわけもない。何か確信……いや、軍への土産が必要じゃ。それは理解してくれるじゃろ?」


「……意外だな。一蹴されるもんかと……」


「お主は自分が信用されるわけが無いと思っとるんじゃろ。その辺の人間ならそうじゃろうが……ワシはお主の父を知っとるからの」


 背筋に寒気が走る。私の父と知り合い? 


「あの人間のクズみたいな父親なら、娘に殺されたと聞いても大して驚きはしんかった。むしろ娘の方はまともに育ってくれたと安心したくらじゃ。さぞかし、あのババァが良い影響を及ぼしたんじゃろ」


「……婆ちゃんの事も知ってるのか」


「ワシが気に食わんと思う位には優秀な魔法使いじゃったよ。じゃから、お主にもイルベルサに参加してほしかった。あの時、お主の勧誘に失敗したのは、人生で五本指に入るくらいの後悔じゃ。しかし今からでも遅くは無い。聖女もろとも、イルベルサに来んか?」


『エシール様!?』


 やっぱり盗み聞きしてたか、あのロスタリカとかいう魔法使い。まあ別に構わんけども。


「それが……あんたの要求か。行ったとして、私達の命の保証は……」


「無論、このワシが保証する。反対する奴はワシのゲンコツをお見舞いする」


 この場合、むしろ反対する奴の方が正常な思考の持ち主なんだが。しかしイルベルサでエシールに逆らえる魔法使いなんぞ存在しないだろう。この老人が保証してくれるなら、まあまあ……アリなのかもしれない。


 だが……ハイデマリーはそれで納得するだろうか。あの子はここを自分の故郷だと言わんばかりに大事にしている。大地に、並みの魔法使いなら数千年はかかるであろう魔力を溜め込む程。


 ハイデマリーなら、きっと……


「……すまん、エシール、魅力的な提案だが……」


 その時、私の喉に固い……冷たい物がめり込む感覚。これは……鉄……ナイフか。


「ばかもん! まだ勧誘の途中じゃ!」


 あっというまに、私の首は胴から離れた。

 私の背後に立っているのは軍服姿……軍人か。あの犬が森の中に三人とか言ってたから、二人しか出てこなかったことに疑問はあったが……ここまで気配を殺せるのか。魔法も何も無しに。


「なんてことをするんじゃ! もう少しじゃったのに……!」


「交渉は決裂したでしょう、それにこの魔法使いはここで殺しておくべきだ、危険すぎる。ゼルガルドを単身で破壊するなど……」


「それはお前等が早まった結果じゃ! ああもう、これだから軍人は……」


 どうやらエシールは本気で私達を勧誘しようとしていたらしい。

 だがこれで分かった。エシールが許しても軍がそれを許さない。いくらイルベルサの長老と言えど、アミストラの軍全体を納得させるなど不可能だろう。アミストラにいけば、ハイデマリーは常に暗殺の脅威に晒される事になる。あの子をそんな環境に置いておくわけにはいかない。


「くそっ……! お主ら軍人には分からんじゃろうがな、このレイチェルという魔法使いは、数百年に一人の逸材なんじゃ! 正直、聖女より貴重な存在じゃ!」


「なら尚更、我々としても見過ごせません。それだけ貴方が目をかけていると言う事は、我々にとっては……」


「光栄だな、エシール、あんたにそう思われていたなんて、アミストラ出身の魔法使いとしては飛んで喜ぶくらいの栄誉だ」


 ビクっと驚く二人。エシールと軍人は、突然喋りだした生首を凝視する。

 エシールは知っていた筈なんだがな。妖精に死は存在しない。


「だがこれで交渉は決裂だ。エシール、駄々をこねる幼女の怖さ、思い知らせてくれる」


「や、やめてくれ、震えがとまらん……」


「……犬! ここに居る奴は全員敵だ! 焼き払え!」



 そう生首の状態で叫ぶと同時、どこからか何かを引きずる音がした。それからほどなくして、雷鳴のような激音。生首だけの私も消し飛ばされるが、まあ問題ない。


 

 満月の下、再び妖精レイチェルは顕現する。

 戦場を仰ぎ、見下ろすとそこには巨大な戦艦。

 シェバが碇を咥え、引っ張っている。戦艦を戦場へと引きずりだすように。


「それがお前の玩具か……犬の玩具にしては物騒すぎるな」


 

 かつて神々を乗せ、世界を震撼させた船、スキーズブラズニル。


 竜星の騎士団、シェバが聖女の剣として、戦場へと君臨する。

 それはまさに地獄の番犬とでも言えそうな……




 

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