裏・妖精と魔法使い 5
そこは一言で言えば奇妙な森だった。エシールは森の中の木々が、バルツクローゲン魔法学院へと近づくにつれて変化している事に疑問を抱く。そしてその変化に彼女は心当たりがあった。
「のう、イルベルサの変態植物学者は知っとるか? 花々によく分からん魔法をかけて弄っとる奴じゃ」
「……まあ、噂くらいは」
エシールと共に、異界使いの魔法使いが同行している。そして護衛の軍人一名。他の軍人は別のルートで魔法学院を目指している。
月夜の森。ただし月はもう見えない。奥へ行けば行くほど、星空など木々が覆い隠してしまう。
「奴が弄っとった植物に……似ていると思ってな。なんでも、魔力を浴びせた上で、固定化させる実験なんだそうじゃ」
「はぁ……」
そんな事をして一体何の意味があるのか。植物を操り意のままに操作する魔法は存在する。ただしそれは植物自体に魔力を送っているわけでは無い。どちらかと言えば地脈の方だ。大地よりもさらに下。そこを流れる全ての原点とも言うべき大河。そこにアクセス出来る魔法使いは数少ない希少な存在。エシールもその中の一人にして最高峰である。
「つまり、その植物学者は地脈に同調せずとも植物を操作できる事を証明しようと……?」
「いや、ただたんにどうなるかの実験だそうじゃ。一般的に植物は種類にも寄るが、魔力を宿しにくい。奴はわざわざ、相性の悪い植物を集めてはその実験を繰り返していてな。魔力を寄せ付けない植物に魔力を浴びせ続けたらどうなるのか、という……。まあ、その奴の実験が切っ掛けで、件の魔法を弾くコーティングが出来上がったのじゃが……。ほぼ奴の功績とはならんかったな。表に出るのを極端に嫌う奴じゃったし」
「それはかなりの功労者では……軍から勲章も貰えたかもしれません」
「そんなもんを貰って喜ぶ奴じゃないしな。実験以外に全く興味のない、典型的な魔法使いじゃ。まあ、その話はどうでもいいとして……問題はこの森の状態じゃ」
辺りを見渡すエシール。その森の木の大半は、妙な変化を遂げていた。成長した、と一言では言えない変化。分かりやすく言うなら、今にも動きそうな……そう、人間に似た気配を感じる。そこに誰かが居る、と感じてしまう程の異様な気配。
「樹木人化している……? 本来、もっと古い森に発生する現象じゃ。だがこの森は精々が数百年じゃろ。古代から成る樹海ならまだしも、こんな若い森では起きる筈の無い物じゃ」
「つまり……この地に住まう魔法使いの仕業? しかしそんな事は可能なのでしょうか。使い魔のように扱う程度なら考えられますが……」
「それと先ほどから、地下……いや、正確にはこの森の土から膨大な魔力を感じる。先程話した学者が言うには……土に魔力を宿す事が出来たのは、歴史上……たった一人しか居ないそうじゃ」
「……たった一人……? まさか、それは……」
息を飲むエシール。異界使いの魔法使いも気付き、空気が一変する。護衛の軍人にも緊張が伝わる程。
「三大聖女……この先に居るのは……その中の一人じゃ」
※
何というか……アレだな。この襲撃の原因はもしかしなくても……あの古臭い結界のせいか?
確かにアミストラの魔法使いなら、興味をそそられる代物だろう。実際、私も一目でアレが特殊な物だと分かった。しかし竜と人間の共通言語なんぞ……読めるとしたら聖女か、言霊使いのルルーニャくらいのもんだし、正直私はあんまり興味が無い。古代魔法とも関連付けられる事も多いが、ドラゴニアスという魔導書くらいのもんだろう、あの文字が使われているのは。
つまりは目にしなさ過ぎて、優先度が低い。しかし今は戦時中だ。魔法使いなら脅威だと感じるのも当然だ。あんなもの、さっさと壊しておけば良かった。なんか都合いいから……いや、新しく張り直すのも面倒だからと使わせてもらっていたが、その怠惰が裏目に出たか。
「おい、犬。匂いで敵の数は分かるか?」
「森の中に三人……鉄の塊が俺達の左右に一体ずつ。囲まれているな」
鉄の塊……ゼルガルドか。本気でここを潰そうと考えてるな。そりゃそうか、奴らの聖女様が存分に暴れる事が出来ているのは、この国に魔法使いが極端に少ないからだ。その中であんなマニアックな結界使ってる奴が居ると分かれば、全力で叩きにくるわな。聖女の脅威になりかねん。
そして奴らの中に優秀な奴が混じっていれば……森の変化で気付かれるだろう。ハイデマリーが三大聖女の一人だと。本腰を入れてくる。私と犬だけならともかく……ハイデマリーだけは戦闘に巻き込む事は出来ない。あの子だけは……こんな事に関わらせたくない。
しかし、だからと言って下手に逃げても背中を狙われる。今ここで奴らを確実に返り討ちにすべき。確実にハイデマリーを守るには……戦力が足らん。ゼルガルドで特攻されでもしたら、守り切れるかどうか。
「犬、お前は古代魔法を扱うのか?」
「俺は魔法は知らん。玩具なら持ってる」
「……ともかくハイデマリーだけは死守する。一旦戻って……」
私が最後まで言う前に、森から例の鉄の塊が飛び出した。月明りでそれがゼルガルドだと目視で確認できる。それが、まさに私達の眼前へと降りようとしている。
打ち落とすか? あぁ、それしかない。しかしハイデマリーが見ているぞ。あの子の前で戦うのか? 仕方ないじゃないか、戦わないと守れない。でも私は、この子にそんな血生臭い光景なんて……見せたくない。
なら、見殺しにするのか? あの時のように……。
「犬! ハイデマリーの目を隠せ!」
「え、師匠何……ちょ、シェバ!?」
ハイデマリーをモフ毛で包み込む犬。その瞬間、私は手の平に古代魔法を展開させる。
悪いな、手加減できそうにない。だがお前も覚悟を持ってここに来たんだろう。なら文句は言えない筈だ。それでも言いたいなら、ここに来るように命じた奴に言え。
『愚者の奇跡、私はその一端を担う者』
頼む、ハイデマリー、聞かないでくれ。
私の醜い声を……どうか耳を塞いでくれ。
手の平に光の矢を顕現させ、それを一気に打ち放った。光の矢はゼルガルドへと直撃する。だが……
「……あ?」
なんだあいつ……今……弾いた?
何事も無かったかのように大地へと降り立つゼルガルド。二足歩行型の、もっともポピュラーな型だ。最新なのか古いのか私は良く分からないが、まあまあ泥に塗れている。
いや、そんな事より……こいつ、魔法を弾いた? あの騎士と同じ体質? いやいや、機械だぞ、鉄の塊だぞ。
なんだ、なんなんだコイツ……何か……物凄く興味をそそられる……!
「おい、新しい玩具を見つけたみたいな笑みはやめろ。これだから魔法使いは……」
「うるさい犬! コイツの相手は私がするから、お前はハイデマリーを安全な所に連れていけ!」
ハイデマリーを背中に乗せ、そのまま疾走する犬。だが逃がさまいと、銃口を向けるゼルガルド。
「お前は……私の玩具だぁぁぁぁぁ!」
先ほどの矢よりも、特大のをお見舞いしてやった。流石に多少効いたのか、態勢が傾いた。しかしやはり魔法を弾いている。
なんだなんだ、軍の秘密兵器か? それともイルベルサの術式か? あるいはその両方?
ワックワクする!
「ククク、色々試してみるか。おいゴルァ! もう一体居るんだろ! さっさと出てこい!」
※
影で息を潜めて隠れる三人組。エシール達だ。茂みの中でレイチェルの様子を伺っている。
「見た目は幼女だが……ありゃ妖精じゃな。随分勇ましいというか……人間臭いというか……まさかとは思うが妖精の国に招かれて妖精化したのかの。運がいいのか悪いのか……」
「妖精の国なんて……実在するのですか?」
「さあな。じゃがフェアリーメッセンジャーはアミストラにも居た。肝心の妖精が居なかったから実証すら出来んかったが……妖精か。確か古い知人に妖精を束縛して従えるという……秘伝を持つ魔法使いがおったが……そいつは死んだしな」
目の前で古代魔法を連発するレイチェルを見て、エシールと異界使いはゾっとする。まともな魔法使いなら、古代魔法など一回限りの最後の手段的な切り札。だが息をするように放っている。まるで戦場で暴れている聖女のように。
「お前さんの悪い予感、当たっておったな。ここに聖女が送り込まれていれば……殺されていたかもしれん。先程走って逃げた犬は、恐らく竜星の騎士団じゃ。やはりもう一人、聖女が居たようじゃ」
「竜星の騎士団……聖女の護衛が……。こちらの戦力で足りるでしょうか」
「逃がしたと言う事は、まだ聖女は幼いか……そもそも戦闘向きではないのか。恐らく両方じゃ。あの森を作り出した事自体は脅威じゃが、殺すだけなら問題は無い。あの妖精も、ゼルガルドの魔法を弾くコーティングの前では太刀打ち出来んはず……」
「オラオラオラオラオラオラ! どうしたぁ! オラ立てゴルァ!」
いつのまにかゼルガルドは四肢を千切られ見るも無残な姿に。そこでエシールは気付いた。関節部分にまで、あのコーティングはされていない。それを見極めて、あの妖精は破壊したのだと。
だが普通、魔法を弾かれた時点でまともな魔法使いなら心が折れる。逃げ出すか、成すすべもなく踏みつぶされるか。だが目の前では真逆の事が起きている。
「すまん、儂ちょっと……用事を思いだした……」
「……ダメです」
あまりに予想外な展開に逃げ出したくなるエシール。しかしそれを静止する異界使い。二人は嫌々……姿を晒した。護衛していた軍人の姿は無い。
バルツクローゲン魔法学院。この学園をこれから支えていく三人の、初めての対面である。




