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小柄な竜に恋をした、不器用な治癒術師 ~バルツクローゲン魔法学院、教師の職場恋愛物語~  作者: F式 大熊猫改 (Lika)


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裏・妖精と魔法使い 4 

 真夜中にハイデマリーが騒ぎ始めた。ポマさんを抱き枕にして眠っていた私は、ハイデマリーにユサユサされて起こされてしまう。なんだんだとモフモフカーニバル的な素敵すぎる夢を見ていた私は、キレ気味に対応。あんまり夢覚えてないけど。


「おばけが……おばけが出たんですぅ!」


「あっそう……」


 再びポマさんへと抱き着きながら、眠りにつこうとする私。

 しかしハイデマリーはそれを許さない。


「師匠! おばけが……おばけがぁぁあ!」


「ええい! 魔法使いが幽霊にビビるな! あいつらは地脈から溢れ出た魂の残滓だ! 魔法使いなら触媒にしたり使い魔にしたりするだろ!」


「そんなの知らないもん! 師匠! 私、おばけだけはダメなんです!」


 ちなみに魂といっても、ただの記憶の残りカスだ。人間の意識は空気中に霧散する。魂と呼ばれるのは、その意識の残滓。大半は精霊に食われるか、地脈に吸収されるかのどちらかだ。


「まったく……わかったわかった、どこだ、おばけが出たのは」


「書庫の塔で……なんか変な声が……」


 書庫という名のゴミ屋敷だろ、あそこ。無尽蔵に何処ぞから召喚される塔と一緒に、さまざまな書物も一緒に溢れてきている。大半がゴミ。魔導書も混じっていたが、トラップまみれの物がほとんど。古代魔法の貴重な書物も混じっているかもしれないが、数が膨大なだけに私はもう探す気にもなれない。


「あの犬はどうした。まさにお前の護衛だろうが」


「シェバは寝ちゃってて……」


 私もだが?! 私もまさに寝てたんだが!?


 くそぅ、ポマさんの抱き枕でスヤスヤタイムが妨害された。

 もう書庫ごと吹き飛ばしてしまおうか。



 ※



 そんなこんなで三つの塔の内、一番右側……まあ方角で言えば東側の塔へとやってきた私達。ほぼゴミが山になっている状態の書庫。相変わらずここはよく燃えそうだ。


「で、どの辺から声が聞こえた?」


 蝋燭へと火を灯しながら奥へと。無限に召喚される本が棚からドサドサ落ちる音がする。あれを声と聞き間違えたんじゃないのか?


「あの辺から……あの山になってるところからです……」


「というか、そもそも真夜中に何でこんな所に居たんだ、お前は」


「ちょっと夜のお供が欲しくて……何か面白い本があればたまに拾ってるんです」


「この中にはトラップのある魔導書もあると言っただろ。むやみに手を出すな。今のお前じゃ、運が良くて即死だぞ」


 運が良くて……? とガクブル震えるハイデマリー。

 悪けりゃ、延々に囚われる事になる。魔導書のトラップというのは、そんなたちの悪い物が多い。どんだけ他人に読ませたくないんだ、と思いたく成程。だったら書くなと言うツッコミは無駄だろう。魔法使いというのは変人が多い。私を含めて。


「特に何も聞こえんが……」


「さっき、ほんとに……助けてぇって不気味な声が……」


「まったく……よく耳を澄ませてみろ、どうせ本が落ちる音とか、擦れる音で声みたいに聞こえただけ……」



『たすけてぇ……』


 ビクっと肩を震わせてしまう。本当に聞こえた。


「ほらっ! 師匠! この声!」


「静かにしろ」


 再び耳を澄ませてみる。泣き声のような……なんだ、今の声。たしかに人間の声だ。おばけじゃない。


「本の山の下だ。ハイデマリー、本をどかせ」


「え、でもオバケが……」


「おばけじゃない、召喚に巻き込まれたマヌケがいるんだ。ひっぱりだせ」


 私達は本の山を掻きむしるように、まるで土の中を潜るように本をかきだす。するとピンクの髪の毛が見えた。


「いたぞ! ハイデマリー、本を吹き飛ばせ!」


「うぅ、おばけ……」


 まだビビってるハイデマリー、しかし私の方が怖いと察したんだろう。そのまま本を嵐のような魔力の奔流で吹き飛ばすハイデマリー。すると人間が本の山から出てきた。

 うん? 男と女……二人? しかもこの女の方……なんかすごい見覚えがある。


「まさか……おい、おい、ルルーニャ」


「……うぅ……君誰……? なんで私の名前……」


 やっぱりルルーニャ……あれから十年近くたってるもんな。こいつ、なかなかいい女になったじゃないか。あの頃はガキみたいな体系だったが……今では立派な大人の女性に……。


 まあ、私は子供に逆戻りしたが。


「そっちの男は……げ」


 グイ……と髪の毛を掴んで顔を拝んでみる。こいつ……あの時の騎士。エルネと一緒にいた、魔法が通じない奴……!


「え? ハイリンヒ?」


 するとハイデマリーが反応した。そうか、エルネと一緒に居た騎士なんだから……ハイデマリーとも顔見知りなのか。


「男の方は……まだ息はあるな。気を失ってるだけか。立てるか? ルルーニャ」


「いや、だから君誰……? 私……君みたいな可愛い子の知り合いなんて……なんかどっかで見た事のある顔だけど……」


 ルルーニャの顔をグイっとむりやりこちらへ向かせて、そのまま頬を手の平で包むように。

 うむ、このホッペの感触……なつかしい。


「ルルーニャ、私だ。レイチェルだ」


「……レイチェ……えぇぇぇぇぇ!」


 あ、逃げた。


 なんだ、元気あるじゃないか。


「う、うそだい! レイチェルは……あの時、たぶん死んだし! 生きてたとしてもそんな歳じゃ……!」


「まあ別に信じようが信じまいがどちらでも構わん。じゃあな。いくぞ、ハイデマリー」


「え? い、いいんですか?」


 いいよ別に。めんどくさい。


「そのぶっきらぼうな態度……それにその声……まさか本当に……? ちょ、ちょっとまって! っていうか妖精? レイチェル……なんで妖精になってるの?!」


 流石にバレるか。ルルーニャは言霊使いの優秀な魔法使い。私の正体なんぞ一目で分かるか。もしかしたら、ポマさんの領域外でもルルーニャなら私を視認出来たかもしれない。妖精の言葉なんて意味の分からん物を解読するくらいだから。


「詳しい事情が知りたいならついてこい。そうでなければ、さっさと立ち去れ。今、この国は戦争中なんだろ? 余計な騒ぎは御免だ」


 そのまま書庫から出る私とハイデマリー。

 ルルーニャはあの騎士をひきずりながらついてきた。

 

 というか、あの男もなんで一緒なんだ?

 十年間、こいつら一体、何してたんだ……。




 ※




 私は私でルルーニャへと事情を説明。妖精になった経緯。気づいたら十年経っていて、今はハイデマリーの師匠をしているという事も。

 ルルーニャの方の事情は……なんとも複雑怪奇な物になっていた。


「あの後……ハインリヒと一緒に追手から逃げ回ってて……」


「追手……? 誰から」


「イルベルサ……」


 アミストラの最大魔法派閥が……なんでルルーニャを狙う?

 

「お前、何したんだ」


「たぶん、十年前の……あの時からすでに軍とイルベルサは組んでたんだと思う。私とレイチェルがあの港町で聖女を攫おうとした時、もう軍には聖女が居たんだよ。元々、連中はローレスカの聖女を殺すつもりで私達に情報を流したんだと思う」


 ハイデマリーは首を傾げている。そういえばまだ言ってなかった。私がエルネを殺したも同然だと言う事を。エルネの意思を継がねばと都合よく私は自分を誤魔化していたが……これはちゃんと言うべきだろうな。


「あの、師匠……聖女って……」


「十年前、私とこいつ……ルルーニャはローレスカの聖女……つまりはエルネをアミストラに拉致しようと動いていた。結果……死なせてしまった。いや、私が殺したも同然だ」


 ハイデマリーが一歩引く。怯えるような表情で。

 まるで怪物を見るかのように。


「師匠が……エルネを……?」


「……そうだ。私が殺した」


「……嘘、ですよね? きっと、何か事情が……師匠はエルネの事、大好きだって……」


 大好きだとは言っていない。

 大切な……友人だとは言ったが。そしてそれに嘘偽りはない。エルネは死んでしまったが、今でも私の中では大切な友人に他ならない。一方的に私が思っているだけだが。


「嘘じゃない。直接私が手を下したわけでは無いが、結果的にエルネを死なせる事になったのは私の責任だ。そもそも、私はエルネを殺そうとしていたが……。何を言っても言い訳にしかならん。ハイデマリー、それでも私は……」


「……信じてたのに……」


 ハイデマリーはそのまま走り去ってしまった。ポマさんの小屋から。

 私はポマさんへと布団をかけ直しつつ、ルルーニャへと向き直る。


「ごめん……もしかしてあの子、あの時の聖女の……」


「姉妹のような物だと言っていたが、血のつながりはない。気にするな、全て私の責任だ。それよりルルーニャ、お前の事情の方がよほど深刻だぞ。イルベルサに命を狙われているんだからな。理由は良く分からんが……」


「たぶん、私が古代の魔導書を解読出来る存在だから……脅威になるって思われたのかも。十年前、任務に失敗してからずっとローレスカに居たから……たぶん寝返ったと思われたのかな」


「さっき、アミストラの軍は既に聖女を手にしていたと言っていたな。十年前、エルネの情報を私達に流したのも軍だと。連中は私達にローレスカに存在する完成形の聖女を殺させようとしていたという事か。だがそれが失敗し、加えてローレスカ側に寝返ったと思われたと」


 今、この国で猛威を振るっている聖女は若い女だという話だったな。十年前の時点ではまだ教育中だったという事。確かにエルネが未だ健在なら、今のようにアミストラの独壇場みたいにはならなかっただろう。エルネも息をするように高度な魔法を扱っていた。にも拘らず、魔法の知識はそこまで蓄えているようには見えなかった。

 もしエルネが今も生きていて、魔法の知識もそれなりに身に着けて居たら……アミストラにとっては脅威だったろうな。


「成程、見えてきたぞ。イルベルサの連中はローレスカが魔法に対して無知なのを良い事に、聖女を暴れさせているんだな。ルルーニャ程の魔法使い……しかも言霊使いが本格的に聖女対策に乗り出せば、今の戦場の状況は一変するだろう。奴らはそれを恐れている……が、ローレスカにも魔法使いは居る。聖女が攻略されるのは時間の問題だ。問題はそれまでどれだけローレスカの戦力を削れるかだな」


「それは両者分かってるっぽかったよ。イルベルサの魔法使いの中に、エシールも居たから、イルベルサは戦力を集中させてるっぽいし」


「エシールだと? あの老体まで引っ張り出してきたのか。よほど聖女を殺されたくないんだろうな。まあ、天塩にかけた兵器を簡単に崩されたとあっては、イルベルサは逆に自国の軍に潰されるだろうしな。軍に対して借りを作った気でいるんだろうが……自分達の首を絞めてる事に気づかんのかね」


「まあ、そんなわけで私達はイルベルサの連中から逃げ回ってたんだけど……途中でアランセリカの遺跡に偶然逃げ込んで……気付いたら異界に迷い込んでたんだ。そしたらいつのまにかここに転移させられてて……」


 アランセリカの遺跡……? 塔の召喚の出所はそこか?

 いや、しかし巨大な塔の遺跡なんて聞いた事もない。いや……


「……異界? アランセリカの遺跡から異界に飛ばされたのか?」


「たぶん……遺跡の中に入り込んだと思ったら、急に視界が開けて……なんかもうこの世の終わりみたいな異界に……」


 いかん、興味深い……興味深いが……今は……


「ルルーニャ、話の続きはまた今度聞かせてくれ。そろそろ……ハイデマリーの様子を見てくる」


「私も事情を説明しようか? というか、正直……聖女が死ぬ切っ掛けになったのは私の方が……」


「いや、今は私の弟子なんだ。私がしなきゃいけないんだ」




 ★☆★




 ハイデマリーはあの犬……の腹に包まって泣いていた。聖女の感情の起伏に敏感な竜星の騎士団。この犬は今、私を噛み殺したいと思っているのだろうか。悪いが今は返り討ちにするが。


「ハイデマリー。話がある」


「……なんですか……」


 意外にもシェバは私を見ても特に反応はない。むしろ、泣いているハイデマリーをなんとかしろ、と言いたげな視線を向けてきた。この犬にとって私はどんな立ち位置なんだろうか。


「私は元々アミストラの魔法使い……というのは話したな。私は……今この国で起きている戦争を止めたくて、エルネに協力を仰いだ。勿論、利用する気満々で。だがエルネと言葉を交わしていく内に、こう思ったんだ。こいつとなら、上手い具合に戦争を止めれるかもしれないって」


「……でも、師匠は……エルネを……」


「死なせてしまったのは私の未熟さ故だ。そこに言い訳はしない。エルネは私に訴えてきた。ハイデマリーという小さな女の子を守ってやってほしいってな」


 犬の毛の中から顔を出すハイデマリー。どれ、私もお邪魔しよう。寒いし。


「……師匠、さっきからはぐらかしてません? エルネは……どうやって死んだんですか?」


「……手違いで私がポマさんを殺してしまった。エルネは、古代魔法を使ってポマさんを助けたんだ。術者の命を生贄にする、思いっきり性格の悪い古代魔法でな」


「ポマさんを……何で師匠が……」


「手違いだ……と言っても、それで許される話じゃないのは重々承知してる。でも私はポマさんは大好きだ。エルネも好きだ。勿論、ハイデマリーも多少出来は悪いが好きだ」


「……そんな言い方……卑怯です。誤魔化さないでください、私は……全部知りたい。全部、話してください」


 全部か……まあ、いつかは話さなきゃいけない事だから……まあいいか。


「……私は幸運にも高名な魔法使いの家系で生まれた。そしてその家系は……私が滅ぼした。家族を皆殺しにしたんだ」


「…………」



 ハイデマリーは驚きの声も、怯えるような態度も見られない。私がエルネを殺したと言った時は、あんなに悲しい顔をしていたのに。

 それだけで私は悟ってしまった。ハイデマリーもまた、聖女として酷い扱いを受けていたという事に。そこから救い出してくれたのがエルネだったんだろう。ハイデマリーにとってエルネは女神に近い存在だったに違いない。


「元々、私は大して期待されてなかったからな。それでも家族だ、私は愛されていると思ってた。でも父も母も、兄も姉も私に対してそんな感情は持ち合わせていなかった。それが分かってしまったあの日、私は全てをぶち壊してやろうと思った」


 犬の毛に包まれながら見上げる夜空は輝いている。戦争中なのに、夜空はこんなにも綺麗なのか。

 私はこの戦争を止めたかった筈なのに……もう今は……どうでもいいと思ってしまっている。


 いや、あの時は何のためにそうしたかったのか。

 ただ、そうすることが自分の存在意義だと信じていた。家族の愛も得られてないと分かった、あの日から……私は生きる目標を失った。戦争を止めるなんて大層な目的は、それを誤魔化すためだけだったかもしれない。


 でも今は……そうだ、ハイデマリーとここの生活を守りたい。ポマさんも、犬も、皆一緒にここで静かに暮らす生活を守ってやりたい。そう思っている。


 あぁ、だから私、こんなに饒舌になっているのか。

 私はハイデマリーを失いたくないんだ。こんなあって間もない間柄なのに。


「師匠……師匠は……」


「……っ! まて、ハイデマリー。犬、気配を殺せ」


「……敵か」


 犬の毛から出て、辺りを見回す。あの古臭い結界が張ってあるからと油断していた。もうかなり入り込まれている。流石にあんなこれ見よがしに結界張ってたら、魔法使いなら対策してくるか。


「まさか……イルベルサ?」


 ルルーニャの追手? いや、タイミングが早すぎる。アランセリカの遺跡からここに飛ばされたなんて、そんなすぐに分かる筈が無い。古代魔法の専門家と考古学者が頭を捻り倒しても、遺跡に仕掛けられたトラップをそんな簡単に看過出来る筈が無い。


 ということは……まさか、バレたのか?


 ここに、聖女がいるということが。


「犬、喜べ。狙いはハイデマリーだ」


「どこをどう喜べって……」


「私が許可する。誰一人として生きて帰すな。竜星の騎士団の役目、存分に果たせ」



 イルベルサ。アミストラの最大魔法派閥、その魔法使いが今、ここに居る。


 奴らは知らないだろう。妖精化して無尽蔵に魔法が使える化物がこの場に居るなどと。


 せっかく見つけた私の生きる目標、そして友人の忘れ形見を奪おうとする奴ら。



 肉片一つ残さず、焼き尽くしてやる。






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