裏・妖精と魔法使い 3
さて、ハイデマリーを弟子にするとは言った物の、何をどうしてやろうか。
まずは我が弟子がどんな魔法使いかを見極めなければ。
ハイデマリーは普段から野菜作りをしているらしい。ここバルツクローゲン魔法学院の敷地内の一角で、こじんまりとした畑を所有している。
バルツクローゲン……名前だけなら知っている。ルルーニャと古文書や古代の魔導書を読み漁っている時、その記述があるのを覚えている。
かつて、竜と人が共存していた時代。とは言っても、証拠は何もない。文字に書いてあるだけなら、ただの御伽噺と変わらない。竜と人が共存? なら物証を出せと言われても何も無いのだ。
しかし改めて……あの塔を見て背筋が凍った。あの三つの塔……ハイデマリーは成長を続けていると言っていたが、違う。
「召喚……少しづつこちらの世界に移動させているんだ……」
一体どこから? そんなことは知らん!
それはこれから調べれば分かる事。うへへへへへ、妖精の国を出されて研究対象が無くなってしまったと嘆いていたが、ここに来てとびきりの謎が!
何故ここがバルツクローゲンと呼ばれているのか、召喚され続ける巨大な塔は何なのか。楽しみで仕方無い!
「とりあえず何処から調べるかなー。召喚術式は……まあ古代魔法だろうな。問題は何処から召喚してるかだが……ぱっと思いつくのは異界だな。異界に精通した魔法使いでも居れば……うーん、しかしそんな知り合い居ないし……」
「師匠、何ブツブツ言ってるんです?」
お、ハイデマリー。手がドロンコだぞ。
「野菜の手入れしてたんで……それより、塔見ながら何をブツブツ言ってたんですか? 召喚がどうとか……」
「まあ、ちょっと研究対象がなかなかぶっ飛んだ恋人みたいに見えてワクワクしてたんだ」
「師匠……もしかして、その歳で結婚とかしてな……」
「ハイデマリー、その先は自分の未来のために言わない方がいいぞ。野菜になって地面に埋まりたくなければな。もちろん収穫なんぞしてやらん」
「すみませんでした……っ」
土下座するハイデマリー。その礼儀作法……どこで習った? 極東の地の知り合いでもいるのだろうか。まあ、そんな事はさておき
「今この国は一応戦争中だったな……。今の内に結界張って籠るか……いや、既になんか張ってあるな。妙に古臭いのが……」
「え、えぇ! 師匠! 戦わないんですか?」
「戦うって……何と」
「えっ、いや……悪い人達と……」
悪い人達……。
そうか、ハイデマリーはここでずっと、あの犬と一緒に過ごしてきただけだもんな。戦争がどうのこうの、具体的な事はあまり理解していないんだろう。だが今はちょうどいい。
「ハイデマリー、アミストラは聖女を兵器化して攻め込んできてる。無理だ、私では太刀打ち出来ん。私達が汗水垂らして、ようやく解読出来る古代魔法を、あっちは唾を吐く感覚で繰り出せるんだ。大して研究していない魔法をほぼ完成した状態でな。それが聖女だ。バケモンだ。だが私はお前をそんな風に育てるつもりもなければ、戦争なんて物に関わらせるつもりもない」
「はぁ……でも、ポマさんが故郷の人はどうなっているのかって凄い心配そうで……私、居ても立っても居られないというか……。それで故郷の人に野菜を届けてあげたくて、今収穫してて……」
……ポマさん?
いや、なんか聞き覚えがあるな、その名前……どこかで……。
『ポマさん! なんで……なんで……!』
私の脳裏に再生される光景は、エルネが炭とかしたレッサーパンダを……
「あ……ポマさんって……まさか……」
※
私の予想通り……というか記憶違いを期待していたが、どうやらポマさんは、まさしくあの時のレッサーパンダだった。エルネが古代魔法で復活させた、あの時の……。
「あらー、お客様? ハイデマリーちゃん」
「うん、ポマさん。今日から私の師匠になる人です!」
子供になった私を抱っこしながら掲げるハイデマリー。おい、三秒以内に降ろさないと消し炭にするぞ。
そんな私の殺気を感じ取ったのか、ハイデマリーは素直に私をポマさんの目の前へと。私とほぼ身長は変わら……いや、ポマさんの方がモフモフな毛皮のぶん、大きく見える。
「あらー、可愛らしい子ね、んー、でもこの子……妖精さんね」
……なんだか、ポマさんを見ていると……こう、ムラムラというか、そのモフモフに抱き着きたくなるというか……なんだ、この感情は……! まさかこれが……恋!
「あの、師匠……ポマさんが困惑しています。そんな抱き着かなくてもポマさんは逃げません」
「はっ……! わかったぞ! ポマさんはフェアリーメッセンジャーだな?! おかしいと思ってたんだ。その犬はともかく、ハイデマリーに私の姿が見えているのが! フェアリーメッセンジャーが傍にいるから私を視認出来ていたんだな」
「師匠……そんなドヤ顔しながらポマさんをモフモフしないでください、ポマさんが困ってます」
「仕方ないだろう。私は妖精だ。そしてポマさんはフェアリーメッセンジャー……つまり私達、妖精と交信を行える数少ない人間。そしてポマさんが過ごす領域内では、妖精達も安心して姿を現すという……。つまり私はっ! ポマさんの傍が滅茶苦茶心地いいのだっ!」
「あらあら、気に入られて嬉しいわぁ」
うぅ! しかしさすがに罪悪感が凄いな。私、ポマさんを一度……炭に……。
そうか……今更ながらに気づいたが、ポマさんがアミュを解放したのか。フェアリーメッセンジャーを研究したことないから確かな事は言えないが、束縛された妖精を救う力でも持っているのだろうか。
「ちょうど良かったわ。今、シチューが出来た所よ。食べて行って」
「わぁい」
ポマさんの作った野菜シチュー。当然ながら野菜はハイデマリーが作った物か。それを少しだけ味見させてくれるポマさん。野菜をぶち込んだだけのシチューだが、味付けが独特だな。ちょっと辛みがあるというか……。むむ、お肉も入ってる。
ポマさんの過ごしているであろう小屋には、一通りの調理器具が揃っていた。ポマさんの身長が低いからか、私でも届きそうな位置に。ハイデマリーには少し小さく感じるくらいの小屋。
「ハイデマリー、ここでは窮屈だろう。外で食うか」
「あ、いいですね。昔みたい」
昔……?
「昔はエルネや……その、先生達と一緒に外でご飯食べるのが普通だったんです。なにせ先生方が体の大きな人達だったので……」
「ほーん」
先生達……もしかしてあの銀翼もその中に含まれているのだろうか。そして先生方……まさか、銀翼のような存在が他にもこの地には住んでいた?
しかしハイデマリーはあまり昔の事は突っ込んで欲しくない、みたいな空気を出している。主にエルネ以外の『先生』の事を。まあ、ハイデマリーが語りたくなければ別にいい。
誰にでも……語りたくない過去の一つや二つ、あるものだ。私が家族と教師を皆殺しにした、という事実と同じように。
※
庭へとテーブルを用意し、シチューの鍋ごと運んでくるハイデマリー。私とポマさんは軽いお皿や、付け合わせのサラダなどを用意。うふふ、ポマさん可愛いなぁ……。
配膳をしながら、私はポマさんへと尋ねてみる。先程、ハイデマリーが言っていたポマさんの故郷の事を。
「私の故郷? あぁ、今はもうどうなっているのか……もう、戦争戦争で、嫌になっちゃうわねぇ」
笑顔で誤魔化しているが、ポマさんは故郷の事が心配で仕方ないんだろう。尻尾が垂れてしまっている。
「ポマさんの故郷は……どのあたりだ? 北に近ければ軍の施設も多い。もしかしたらまだ無事かもしれんぞ」
「私の故郷は……一番南なのよ。もうアミストラに占領されているわ、きっと」
私は想像する。アミストラには軍が存在し、同時に魔法使いもそれなりの権力を持っている。中でも一番、軍に顔が利くのは「イルベルサ」という最大魔法派閥。奴らが聖女を兵器化したに違いない。ならば今現在、この戦場でデカイ顔をしているのは、むしろ魔法使いの方だろう。
そんな魔法使いには大きな弱点がある。それは……体力が絶望的という事。好きな物を研究している時は、三日三晩……飲まず食わずでも夢中で没頭し続けられる。しかし基本に体力がないのは変わらない。戦争中という特殊な状況下で、常に魔法を使い続けていれば血が……食い物が必要になってくる。少なからず、彼らのお世話をする人間は必要になる。だが軍との摩擦が絶えないアミストラ。軍人が魔法使いの飯を用意するなんてあまり想像出来ない。
なら……魔法使いのお世話をしているのは、そのあたりに住まう村なり街なりの人間になりそうだ。
「ポマさんの故郷は……みんなレッサーパンダの姿なのか?」
「んー、もともと獣人を集めた村だから、色々居るわ。ゴリラとかパンダとかシロクマとか」
猛獣……? いや、軍の連中が獣と間違えて狩りだすとかなければ……まあ無事だろう、たぶん。
「心配か? ポマさん。なんだったら、少し様子を見るくらいは出来ると思うが。使い魔なりなんなりを飛ばして……」
仮にも魔法使い達が拠点にしているであろう土地。使い魔を飛ばしても打ち落とされるのが目に見えているが、そこは私の腕の見せ所だろう。私は妖精をこちらの世界に引き出し、束縛する術をもっている。こんな姿にしやがったアミュへ、また首輪を付け直すのも楽しそうだ。
「んー、気持ちだけ受け取っておくわね、レイチェルちゃん。そのせいでここが狙われたりしたら、大変だもの」
「そうか……。まあ、仮にここが狙われても私がいるから大丈夫だ。私は……最強だからな」
「あはは、頼もしいわね、レイチェルちゃん」
※
アミストラが築いた仮の軍拠点。その一室に魔法使いが数人集っていた。地図を広げ、これからの戦略を練っている。レイチェルやハイデマリーがいるバルツクローゲンも、その標的の一つとなっていた。
「妙な結界が張られている場所がある。酷く古典的というか……古代魔法というわけでも無いが、視認した限り、人間が張ったとは思えない」
「というと?」
「編まれている陣が独特なんだ。それにかなりの広範囲。もっと調べてみたいと確かな事は言えないが、竜との共通言語が使われている形跡があった」
それは数千年前にあった、という事だけが分かっている特殊な言語。その言語が描かれているのは古代アミストラ文明の遺跡、そのごく一部のみ。サンプルが少なすぎるために、未だ解読には至っていない。
「この戦争が始まる以前から張られているようだ。しかし外敵を拒む物でもない。ただ圏内での様子を伺う程度の物だろう」
「ローレスカには魔法使いが居ない代わりに、古代の竜が住み着いていると? 興味深いな、是非行ってみたい」
「研究対象としては興味深いが、観光をしている暇もない。ここは今はスルーでも……」
魔法使いの中に、この戦争の火蓋を切った者も混じっていた。異界の専門家であり、アミストラの軍人や聖女にも死んだと思われている彼女。大規模な軍の転移を成し遂げた魔法使いだ。
ブロンドの三つ編みに、冷え性なのかセーターを数枚、重ね着している。首元にもマフラーを。
「いえ……魔法を扱える者がその地に居るとするなら、積極的に叩くべきです。こちらのアドバンテージは魔法のみ……。ローレスカには未だ、多くの軍事拠点と兵器がうごめいています。魔法というアドバンテージを生かしきれなくなれば……我々は一気に形成を崩されるでしょう」
「なら聖女を向かわせるか? 一瞬で終わる」
「もしも、その地に居る魔法使いが聖女の古代魔法と相性の悪い使い手だったら、我々の主力が失われます。それは断じて容認出来ません。聖女が主力として猛威を振るっていられるのは、この地が魔法の知識に乏しい、それだけの理由なのです。もし魔法に詳しい者が聖女の攻略に乗り出せば……」
魔法使い達は聖女が後略された後、アミストラの軍がどうなるかなど想像したくもなかった。今アミストラが攻め勝っているのは聖女のおかげだ。もし聖女が落とされれば、ローレスカの制圧兵器群で一気に落とされるだろう。
「なら、誰が行く? まさか全員で向かうわけにも」
「そうですね。言い出しっぺですし、私が向かいます。幾人か、腕の立つ軍の方にも同行を願います。結界が張られていて、魔法使いの領域というのならば……少数精鋭やむなし……でしょう」
「それなら儂もいこうかの……」
今まで会話に参加しなかった狐耳の魔法使いが、壁際で大きなアクビをしながらそう呟いた。獣人と人間のハーフであり、見た目は若いが、この中で一番最も高齢。いまだ二十代そこそこの肌をしておきながら、その年齢は実に九十七歳。
「頼もしい限りです、長老様」
「なぁに。いいかげん、儂も働かんとな。若いもんばかりに恰好をつけさせるわけにもいかん」
長老様はイルベルサに属する魔法使い達の大半の、師のような存在。この戦いに参加する事自体、周りの者は反対していた。しかしそれを押し切って、前線へと出てきた。働いていないと本人は言うが、堂々と戦場の真っ只中で悠長に戦略会議を開けているのは、この長老のおかげでもある。
御年九十七歳。専門は地脈の研究。あの大規模な軍の転移も、彼女が居てこそ成しえた偉業。
イルベルサの長老様、エシール。狐の耳と尻尾を持つ魔法使いが、地図に描かれた次の戦場の名を呟く。
「バルツクローゲン……意味深な名じゃな」




