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小柄な竜に恋をした、不器用な治癒術師 ~バルツクローゲン魔法学院、教師の職場恋愛物語~  作者: F式 大熊猫改 (Lika)


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裏・妖精と魔法使い

 目の前で八つ裂きにされる母親。助けを求めるように、私の名前を呼びながら泣き叫んでいる。

 私はその光景を黙って見ていた。我が家の秘伝、妖精を捕縛し意のままに操るという、くだらない魔法を使って。


 私はこんな魔法を守る為に、学院の教師からあんな仕打ちを受けたのか。体に一生残り続ける傷跡。少しずつ、皮膚を腐らせ、蝕まれていく拷問。

 くだらない魔法を守るために拷問に耐えたのに。家族はそんな私を捨てた。体が腐った娘など、もはや我が子ではないと堂々と言い放った。


 兄も父も、祖父も祖母も全員妖精を使って殺した。母親は最後に残しておいた。母なら、最期に私を優しく抱擁してくれると思っていたから。しかし母は最期まで私を拒絶した。汚らわしい娘だと、私を突き飛ばした。


 アミュはそんな母親へと一目散に襲い掛かり、私に見せつけるように母の四肢を切断してみせた。その状態でまだ生きていた母は、私へと助けを求めるように泣き叫ぶ。



 もう、手が無いなら抱きしめれないな、と私は素直にそう思った。母なら、最後の最後に優しくしてくれると思っていたから。でもそうはならなかった。所詮、こんなくだらない魔法を先祖代々守ってきた家など、この程度の物なのだ。


 涙が一滴も出ない。母が、家族がそんな人間だと分かっていたから、最初から頭のどこかで希望など持ってはいけないと分かっていたのだろう。仮にも私の母親なのだから、きっと最後は私も悲しくなるはずと思っていた。しかし涙なんて一滴も出ない。悲しいとすら思わない。なんだろう、この気持ち。


 あぁ、本当になんとも思っていないんだ、私。家族と教師を皆殺しにしておいて、朝ごはんを用意する程度にしか感じていない。本当にどうでもいいんだ。私にとってこいつらは、その程度の存在だったのだ。


 結局、家族愛なんて幻想だったのか。そんなもの、この世には存在しないのだ。




 ※




 そんなこんなでアミュに妖精の国へと拉致され、奴隷にされてしまった私。エルネはきっと死んでしまっただろう。古代魔法であのレッサーパンダを復活させたかわりに。古代魔法はなんでいちいち術者を窮地に追いやろうとするのだろうか。その魔法を考えた奴の頭を割って調べてみたい。


「気は済んだか?」


 まあ、私も人の事は言えないんだろうが。

 妖精の国に来て即、私は……妖精の国を滅ぼした。滅ぼしたと言っても、魔法の実験場にしただけだ。妖精なんて死の概念すらない連中の集まりだし。


「凄いな、私は妖精になったのか? なんだこの体、疲れなんて概念、元々無かったようだ。魔法が使いたい放題だぞ」


 妖精の国を火の海にしてやった。小高い丘からそれを見下ろすと、妖精達は逃げる事もせず、何事? と落ち着いて辺りを見回すばかり。


「魔法なんて俺達にとっては息をするのと同じだからな。人間は息をする度に体力を削られたりしないだろう」


 そう私に解説してくれるのは、今や立場逆転して私の主人となったアミュ。私の首には犬猫につけるような首輪が付いている。


「興味深いな、アミュ。もっと妖精のことを教えてくれ、私の魔法の知識はお前達にとってすればカスみたいなものだろう? お前達はもっと……根本的な所まで魔法を知り尽くしているんだろう?」


「いや、知らん」


 ガクっと肩を落とす私。知らん事ないだろう! 何を隠している! 教えろ!


「お前達と違って……魔法の研究をする妖精なんぞおらん。元々、ここで静かに暮らすだけだからな」


「静かに暮らすだけのわりには……お前のような七大騎士とか居るのは何故だ? 有事に備えているとしか思えんが」


「来るべき終末に備えてだ。この世界が終わる時、俺達は星中の生命を狩りにかかる。そして狩りとった魂をまた別の星へと移し……」


 妖精がそれをやるのか。こいつらはそうやって生きてきたんだろう。妖精にとって人間は食い物に過ぎない。いわば、人間は家畜だ。繁栄させればさせるほど、夢と希望に満ちた人間が出来上がる。それは妖精にとってごちそうなのだ。


「ん? ということは……私も人間食わなきゃいけないのか?」


「好きにすればいい。ちなみに俺は食った事はないが。お前なら食ってやってもいいと思ってたが……まあ、もう妖精になっちまったからな」


「アミュは私を食いたかったのか? 何故食わなかった。お前に食われるなら私は大満足だったぞ」


「気味の悪い事を言うな。味はよさそうだが腹を壊しそうだったんでな。家族を殺して平然としている女なんて食った日には……」


 家族という概念は知ってるのか。妖精にも家族がいるのだろうか。私はこいつらに関しての知識がまだ乏しい。なんだかワクワクする。魅力的な玩具を見つけた子供のようだ。


「しかしアレだな……。火の海にしといて言うのも何だが、妖精の国ってのは……殺風景だな」


「まさにお前のせいなんだが……。まあ、どれだけでも暴れればいいさ。それで気が済んだら、俺の足でも揉んでもらおうか」


 なんか地味な要求が来たな。


「なあ、道具扱いするなら……もっとこう、鬼畜にやってくれないか。私は物扱いされると興奮する性癖なんだ」


「変態……!」


「……ああん?」


「なんという変態だ。道具扱いされる事に性的興奮を覚えるだと? 貴様、稀に見る変態な人間だったんだな」


 今は妖精だが。というかアミュはアレか、そういうのに耐性が無いのだろうか。


「アミュ、足を舐めさせろ。なあに、ただのマッサージだと思えば……」


「ド変態!」


 フフン


「何を満足そうな笑みを浮かべてるんだ! これだから変態は! ええい、もう貴様のような変態はいらん。人間界に戻って変態を直してこい!」


「無茶を言うな、あっちで変態が治るわけないだろ。むしろ変態しかいないぞ。私は妖精の国で研究したい事がたくさん出来たんだ。このままここにいさせてくれ」


「ええい、黙れ! 心は所詮、体の奴隷だ。お前を純粋無垢な年齢の姿で人間界に付き返してやる……!」


 おい、ちょっと待て、それってまさか……


「さらばだ……真の変態、レイチェルよ」


「妙な通り名を付けるな! おい、待て落ち着け!」





 ※





 もふもふ……ふかふか……なんだ、この沼のような心地よさ……いつまでも眠ってしまいそうな……


「シェバ、その子だれ?」


「知らん、いきなり俺の腹の上に現れたんだ。人間じゃ無いな。妖精の匂いがする」


 誰か居る……腹の上? このフカフカベッドは何かの腹の上なのか。モフモフ毛並みの腹……あぁ、なんて素晴らしい。このまま眠ってていたい。


「ハイデマリー、腹減った。こいつ食うか」


「駄目駄目、妖精さん可哀想じゃない」


 ……ハイデマリー……なんだ、その名前、どこかで……


『レイチェル、もう一人の聖女……ハイデマリーっていう子なの。バルツクローゲンっていう所に……』


 ガバァ! と跳ね起きた。そして傍にいる少女へと目を向ける。十五、六歳程度の娘。そこまで子供子供はしてないが……まさか……


「ハイデマリー?」


「え? えっと……貴方、何処の子?」


 はっ! なんか手足がちっさい! アミュの野郎……マジで子供の姿にしやがって……奴は子供になれば純粋無垢になれると思っているのか? 私の心は小汚い大人のままだ。


 いや、そんなことより……


「お前、エルネって女を……知ってるよな」


 するとハイデマリーは驚いたように目を見開き……途端に悲しそうな顔に。すると私がベッドにしていたのは巨大な犬の腹で、その犬は私をトランポリンのように空へと! あぁ! 何をするぅ!


「あーーーん」


 ぎゃあぁぁ! この犬! 私を食おうとしてる! そっちがその気なら……容赦はせんぞ!


「この……クソ犬がぁぁあ!」


 思いっきり得意の炎の魔法を炸裂させながら、犬の口めがけて飛び込んだ。そのまま私を食おうとした犬を丸焼きにする勢いで。




 ※




「と、いう不幸な行き違いがあったわけだが……もう一度聞くぞ。お前がハイデマリーだな。エルネの弟子だな」


「弟子……といいますか、ほぼ姉妹みたいな関係だったといいますか……」


 私を食おうとした犬ともども、ハイデマリーは私の前で正座。しかし正座させても私の方が身長低い。どんだけちびっ子にしたんだ、アミュの奴……帰ったら覚えてろよ。


「私の名はレイチェル。エルネとは……まあ友人だ。エルネの事はどこまで知ってる」


「…………亡くなったとは、聞きました」


 悲しそうな顔をするハイデマリー。エルネが死んだ事は伝わってるのか。エルネの口ぶりでは、もっと小さな子供だと思ったが……いや待て、まさかとは思うが……


「……エルネが死んでからどのくらい経った?」


「はい? えっと……十年くらい……?」


 ……っ! やっぱりか、時間の感覚が狂ってる。妖精の国でそんな時間が経ってる気もしなかったのに、こちらへ戻ってみれば十年? なんてこった。あのまま妖精の国で研究に没頭してたら、ハイデマリーはお婆ちゃんになってしまっていたのでは?


 何はともあれ……これで約束を果たせる。


「ハイデマリー、お前は聖女だな」


「え? な、なんでそれを!」


「エルネから聞いた。そしてお前を育てて欲しいとも託された。よってお前は……今日から私の弟子にする! 異論は認めん!」


「……えっと、というか、見た目は子供ですけど、たぶん中身は違うんですよね? 本当は何歳なんですか?」


「エルネが死んでから十年経ってるなら……私はもう四十五歳になるな」


「おばさん……!」


「なんつったコラ。次それ言ったら耳の中に塩水入れて、脳ミソをいい具合に塩漬けにしてやるからな」


 ドン引きするハイデマリーと犬。そういえばこの犬……なんで喋ってるんだ?


「おい、犬。お前は何だ。どんな存在だ」


「俺は犬じゃない。狼だ。俺はハイデマリーと契約した……もふもふなワンコだ」


 ワンコって犬じゃないのか?


「あ、えっと……シェバは竜星の騎士団っていう……私の護衛の騎士様で……」


 竜星の騎士団……そうか、聖女の最強の護衛が……この犬なのか。エルネには銀翼がついていたのに、ハイデマリーには食いしん坊の犬。落差が激しいな。いや、この犬だって仮にも竜星の騎士団なのだ。何かしらの……特殊能力なりあるのかもしれない。当分の研究対象はコイツでいいか。さて……どんな実験からしてやろうかぁ……ゲヘヘ。


「えっと……それより、貴方……妖精なんですか?」


「あぁ、実は人間だったが、どうやら妖精に転生したようでな。元々はアミストラの魔法使いだ」


「アミストラ?!」


 なんだ、いきなり犬とハイデマリーが顔を真っ青にして木の影に隠れるように。

 どうしたどうした。


 いや、あぁ、そうか。ここはローレスカ。当然……アミストラとは敵対関係にある。あれから十年経っているということは……もしや……


「おい、アミストラは……どこまで侵攻してきた? 今この国はどうなってる?」


「アミストラとは……戦争状態で……その……」


 やはり始まってしまったのか。ローレスカとアミストラの戦争が。


「アミストラは……聖女を使って攻め込んできて……もうローレスカは負けそうです……」


「聖女……だと?」




 

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