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小柄な竜に恋をした、不器用な治癒術師 ~バルツクローゲン魔法学院、教師の職場恋愛物語~  作者: F式 大熊猫改 (Lika)


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裏・聖女と竜 8

 アンジェロがハインリヒによって止められた。それを確認したエルネは、静かに呟く。


「ごめんね、アンジェロ……私もすぐに……行くからね」


 覚悟を決めた、という言葉はエルネは嫌いだった。まるで死にに行くような言葉じゃないかと。しかし今の自分には確かに合っている。幸福になるために、この世に生まれ落ちてきた。だが神の悪戯によって、幸福とはかけ離れた人生をこれまで送ってきた。エルネの人生の大部分は拷問。しかしそれでも、幸福になろうと歩んできた。幸せになって、神様に言ってやるのだ、ざまあみろと。


「幸せだったよ、私……そうだよね、アンジェロ」


 そのまま膝をついて泣き崩れてしまうエルネ。その背後にはレイチェル。泣き崩れるエルネを抱擁するかのように、ゆっくり包み込んでいく。


『エルネ、一瞬で終わらせてやる。心配ない、気付いたら、あの竜とまた一緒になれる』


「……うん。レイチェル、もう一人の聖女は……バルツクローゲンって所にいるの」


『……そうか』


「レイチェル、貴方……国のために戦ってるなんて嘘だよね? 今なら……ものすごく分かる。レイチェルの気持ち、私の中に流れ込んでくるから」


 エルネの頭の中に流れ込んでくるレイチェルの過去。まるでレイチェルと溶け込むように。炎で包まれるエルネへと、レイチェル自身が侵食するように。


 最初は華々しく入学した魔法学院。名門貴族の出自だけあって、待遇も桁外れだった。レイチェルのためだけの実験室や書庫まで用意されていた。

 しかしそこで実際に行われたのは研究でも読書でもない。


『やめろ……見るな!』


「……酷い」


 エルネはレイチェルの傷を見た時、熱した鉄を押し付けられたかのような、と連想した。しかし行われていたのは、そんな物では無かった。口にするのも悍ましい。よくこんな事を思いつくものだと感心してしまう程の……拷問。


「なんで……誰も助けてくれなかったの?」


『…………』


 レイチェルの特別待遇。それは学院の教師達にとって、こいつを拷問するという暗黙の了解。学院の教師全員がグルだった。逃げ出せたのは奇跡だったと言ってもいい。しかし奇跡の後、すぐに悲劇がレイチェルを襲った。


「家族は……? なんで、皆……レイチェルを無視するの?」


『それが答えだ。実家の秘伝を守り抜いたのに、体の傷を見た途端、母も父も姉も兄も祖母も祖父も、末っ子を無かった事にした。捨てられたとすぐに理解出来た、出来てしまった。あの家族の思考は私にもよくわかった。私の体にも同じ血が流れているんだからな。それがたまらなく……嫌になった』


 それから実家の書庫から秘伝について書き記された禁書を盗み出した。妖精の言語で記された禁書。理解出来ない者が無理に読もうとすれば、たちまち脳が弾け飛ぶ。

 解読に協力したのは、当時同じ学院に通っていたルルーニャだった。生まれつき言霊の力を持っていたルルーニャは、妖精の言語を即座に理解し、翻訳した。禁書からルルーニャへと、自ら進んで開帳しているようだった。


「それで……その秘伝の魔法で、学院の教師を……」


『あぁ、皆殺しにした。おかげで学院は閉鎖されてしまったがな。その後……』


 レイチェルの実家の秘伝、それは妖精を縛り付けて使役すること。現代の魔法の域を完全に超えている。そもそも妖精など、認識出来る人間の方が少ない。フェアリーメッセンジャーが傍にいれば話は別だが、その秘伝の技は妖精を誘き出し、捕縛し、意のままに操る。現代の魔法には無い発想。どちらかと言えば古代魔法に近い。それを完全に使いこないしてるレイチェルは、ある意味では聖女並みの貴重な人材。


「それを使って……家族も?」


『あぁ……もう少し心に来るものがあると思ってた。でも……何も感じなかった。目の前で妖精に切り裂かれている母親を見ても、全く何も感じなかった』


 その妖精はドレスの上から甲冑の一部を身に着けているような姿。顔も兜で隠れていて、持っている武器は……シャンデリアのような美しい巨大なフレイル。本来ならば鎖の先に鉄球がついている武器だが、その妖精が持っていた物は精巧なガラス細工のように美しかった。それが、家族の血で塗れても、レイチェルは何も感じなかった。あくびですら出そうだった。


(これ)は使わなかった。奴らは肉塊のまま、どこの誰とも分からないまま朽ちてほしかった。復讐とかそういうのじゃない。ただ単に、それが人間だったと思いたくなかった。焼かれた人間は皆、煙と一緒に天に昇ると異国の書物で読んだから。奴らに、それだけは許したくなかった』


「……仕方ないよね……そんな目に遭わされたら、私だって……。私はやっぱり、レイチェルに比べたら……」


 それから軍に追われる日々。ついに捕まったが、そこは軍では無かった。アミストラの女神教団、その末端。しかし捕まった理由は、賞金首だから。別に教師と家族を殺した事を罪とは言われなかった。ただ単に、その首にかけられた賞金に興味があったらしい。


 しかしレイチェルの才覚を見抜いた者が、その教団の中に居た。家族ですら見抜けなかった才覚。古代魔法を扱える程の、高度な技術と知識。それがわずか十代の少女が持っていると。


『結果的には、捕まったというより拾われた感じになった。実際、教団に属していた魔法使いに色々と教わったり、今度は本当に専用の実験室と書庫も貰えた。やっと私は学院に入学した気分になった』


「それからは……楽しかった?」


『あぁ。汚れ仕事も請け負ったが、私は必要とされている、そう感じれたから』


 途中で禁書を解読してくれたルルーニャとも再会した。言霊で王家の人間を傷つけ、逃げて来たらしい。


『それからは魔法の研究の日々。ルルーニャと一緒に古代の魔導書を解読し、読み進めた』


「古代の……魔導書?」


『竜と人間が共存していた頃の魔導書だ。竜と人の共通言語で書き記された物。有名所で言えば、ドラゴニアスだろうか。聖女しか持ちえない古代魔法が、その類の魔導書には記されている。筆者は不明だが、恐らく聖女だろう。それも竜と共存していた時代の、現代の魔法に最も近しい古代魔法の魔導書だ』


「ドラゴニアスって……」


『さて……そろそろ、終わりにしよう、エルネ。一瞬で終わらせてやる。もう一人の聖女は、私が責任をもって育ててやる』


 レイチェルの魔法が変化する。エルネを一瞬で葬ろうと、火の塊から巨大な騎士のような姿に。


 巨大な剣を掲げる騎士。膝をつくエルネは、その姿をただ眺めるように見上げていた。最初にも感じたが、ただ美しいと思ってしまった。


「レイチェル……もう一人の聖女の名前、ハイデマリーって言うの。よろしくね……」


『まかせろ』


 その巨大な剣がエルネへと振り下ろされた。

 最後まで目を逸らす事なく、エルネはその姿を見つめ続ける。だが突如として、眼前に茶色にモフモフが飛び込んできた。それが一体何なのか、エルネは即座に理解する。

 

 その太い尻尾を持つモフモフなど、この街に一人しかいない。


「ポマさん?!」


『なっ……!』


 驚くエルネとレイチェル。ポマさんがエルネを守るように立ちふさがったのだ。そのまま剣を受けると同時、一瞬でレイチェルの魔法は解除される。


『……! 妖精の捕縛が……!』


 レイチェルの魔法は妖精を捕縛し、奴隷として意のままに操る。しかしポマさんに触れた瞬間、妖精が捕縛から逃れた。レイチェルが組み上げた術式を、一瞬で紐解かれたように。


 そしてレイチェルとエルネの目の前、ポマさんが横たわっていた。変わり果てた姿で。全身をレイチェルの炎に焼かれ、ポマさんかどうかも分からない状態に。


「ポマさん!」


 その時、大声を張り上げながらエルネとレイチェルの元にやってくる男が。オズマだ。目の前には変わり果てたポマさんの遺体と、二人の女性。二人とも呆然としている。


「おい、一体……エルネさん! 一体何があった!」


 エルネの肩を掴み、揺さぶりながら問いただすオズマ。そんなオズマと目あったエルネは、だんだんと現実へと目を向け始めた。ありえない、あってはいけない事が起きてしまったのだ。


「オズマ……斬って! どこでもいい! 私の血を出して!」


「あ? 何言って……」


「早く!」


 エルネに気おされるように、オズマは刀を抜いてエルネの肩を切り裂いた。エルネはそのままポマさんの遺体に覆いかぶさるように。自分の血をしみ込ませるようにしながら、オズマには分からない言語で魔法の詠唱を始める。


 それは、竜と人間がかつて使っていた、共通言語。

 この場でそれを理解出来たのは、レイチェルのみ。


「お前……何してる! やめろ!」


 レイチェルはエルネを止めようとする。だが、駆け寄ろうとした所で倒れてしまった。体が動かない。魔法の行使の影響だろうか。それにしては妙だ。誰かに押さえつけられているような、しかし誰もレイチェルを押さえつけている者などいない。


「……っ! おい、お前! その女の口を塞げ!」


「あ? な、なんなんだ一体! 一体何が起きてるんだ!」


「自己犠牲の治癒だ! 術者の命を生贄にする古代魔法だ! 止めろ!」


 一瞬、オズマの手がエルネの体に触れそうになる。だがオズマはその手を引いた。


「何してる! 早くとめろ!」


「……これを止める権利が……俺やお前にあるのか? 少なくとも俺は……って、あれ?!」


 いつのまにか、レイチェルの姿はそこには無い。一瞬でレイチェルが消えてしまった。




 ※




 気持ちの悪い森に引きずり込まれた。紫色の木々に黄金の樹液。真っ赤な月が森を怪しく照らしている。

 レイチェルの目の前には、自分が先ほどまで捕縛していた妖精、アミュの姿。


「ここは……どこだ、まさか……おい、アミュ、戻してくれ、さっきまでの場所に……!」


 アミュはレイチェルの首を掴み、そのまま大木へと叩きつける。その衝撃でレイチェルは気を失いそうに。いや、確実に首の骨が逝った。しかし気絶もしないし痛みもない。


「アミュ……どうなってんだ……私……」


『妖精王の心遣いだ。お前はこれから永遠に、俺の奴隷だ』


 思わず吹き出しそうになった。というか笑ってしまった。

 

「仕返しのつもりか、貴様……」


『永遠にコキつかってやる。手始めに、俺のために芋でも焼いてもらおうか』






 

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