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小柄な竜に恋をした、不器用な治癒術師 ~バルツクローゲン魔法学院、教師の職場恋愛物語~  作者: F式 大熊猫改 (Lika)


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裏・聖女と竜 7

 魔法は元々、魔人と呼ばれる古代種族が殺戮を目的に編み出された秘術だ。それを多種多様な用途に合わせて改良したのは人間だ。その発想に一部の魔人達は惚れこんだ。自分達が破壊の為に作り出した秘術を、まさか創造に転換してしまうとは、と。


 現代にも魔人族は生き残っている。彼らは総じて古代魔法という物が根絶すればいいと考えている。自分達で作り出した物に他ならないが、今の世には必要のない物だ。


 白い毛に覆われた竜も、赤い竜も、そう願いながら人間に寄り添い続ける。何度も裏切られてきたが、少しだけ嬉しい思い出が多い。




 ※




 アンジェロに掻き消された炎が再び街の上空に現れた。何かが泣き叫んでいるかのような、それは風の音だと思いなおす程のかすかな訴え。しかし思い直さない、何かが助けを求めていると感じた者が居た。レッサーパンダのポマさんだ。


「軍人さん! あの火の中に誰かが居るの! 助けてあげて!」


 ポマさんはローレスカ軍人、オズマのズボンの裾を引っ張りながら訴える。オズマはポマさんに言われて突如現れた火の塊を注視するが、人影などは見当たらない。というかそれ以前に、あれは何だと首を傾げる。魔法が廃れたローレスカでは、それが魔法による現象だと即座に判断出来る者が少ない。


「とりあえずポマさんは街から逃げてくれ。どのみちアミストラの戦艦が目と鼻の先にいるんだ。ここは戦場になる」


 幸い、ここは小さな港町。もともと貿易など行っていないし、漁業で細々と暮らしているだけだ。街の住民はそれほど多くは無い為、避難も容易い。残されたのは怪我人ばかりの部隊のみ。戦場になると言っても、町の住民が避難し終えたら後退するしかない。


 軍人達はすでにそれぞれ行動を開始していた。住民の避難誘導をする者、アミストラの戦艦を監視する者、使える物をとにかくかき集める者。そして片足を引き釣りながら、ゼルガルド……二足歩行型制圧兵器へと乗り込む者。


「おいおい! そんなもんどうするつもりだ! 的になるだけだぞ!」


 声を張るオズマ。それに応えるように、コクピットに乗り込んだ若い男は敬礼する。どこか覚悟を決めた顔で。


「……家の影に隠せ! 戦艦が動いたら180ミリをぶち込んでやれ!」


 オズマは死に急ぐ人間をわざわざ止めるような人間ではない。自分もどちらかと言えば、そっち方面の思考だと自覚しているからだ。しかし惜しいと思った。自分から進んで囮になる勇敢で無謀な若い男の死に場所は、少なくともここではない。


 戦艦は動かない。オズマはそう直観した。わざわざ、これ見よがしに水平線上に鎮座しているのは、意識を向けさせるためだ。既にこの街にアミストラの手先が入り込んでいる。それがあの火の塊なのかは分からないが。


「ポマさん、あんたも早く街から……って、あれ? あのレッサーパンダどこ行った?!」


 目を離したスキにポマさんが居なくなっていた。オズマは頭を掻きまわしつつ、愛刀「(じゃ)(そく)」を鞘から抜き、火の塊の方へと走った。





 ※





 エルネの頭上に再び出現する火の塊。レイチェルの姿はない。辺りを見渡しても、人影は見当たらない。しかし声だけは相変わらず聞こえてくる。その思わず見惚れてしまう程の美しい炎の中から。


「レイチェル……」


 その炎自身がレイチェルなのだとエルネが悟れたのは、古代魔法の知識があるからだろう。自らを自然現象そのものに変化させる術は珍しくない。そして大抵の場合、二度と人間の姿には戻れない。


 すると再びアンジェロが炎に向かって魔法を放とうと銀色の翼を掲げる。エルネはさせまいと、両手を広げて炎の盾になるように。


「アンジェロやめて! お願い!」


 すでにその場にハインリヒの姿はない。アンジェロを仕留めるために民家の中を移動しアンジェロに近づいている。


 そして無防備すぎるエルネを、レイチェルが逃す筈もない。その身を焼こうとエルネへと突進してくる。しかしエルネも聖女だ。古代魔法が暴走しない程度には魔法の知識を持っている。


 レイチェルは完全に炎の中にエルネを取り込んだと思った。しかしエルネは別の家の屋根へと移動している。


『瞬間的に移動する魔法か? いや、空間圧縮か。中々無茶するじゃないか』


「レイチェル、戦争を止めたいっていうなら喜んで協力したい。でも、ローレスカの人は犠牲に出来ない。勿論、アミストラの人が犠牲になればいいって意味じゃない。でも私には……この国に大切な人が沢山居る」


『同感だ。だから戦争が起きる。守りたい物があるなら戦うしかない』


「本当に? レイチェルが本当に誰かのために戦うっていうなら……別にいいわよ。でも貴方、本当に……」


『……あぁ、そうきたか。もうこれ以上は……ダメだな。早々に終わらせよう、私だって触れられたくない物くらいあるんだ』


 火の塊が家屋を燃やしながら膨れ上がっていく。するとアンジェロが咆哮しながら再び古代魔法を繰り出した。レイチェルの周りの家々を吹き飛ばすように。それは一瞬のことで、エルネ自身も何が起きたのか理解出来ない程。遅れて反応したときには、アンジェロは既に、また次の古代魔法を繰り出そうと歯車を回転させていた。もうすでに翼の大半が可動している。


(アンジェロ……!)


 アンジェロとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。

 エルネは死を覚悟した。このまま街ごと、アンジェロの魔法でかき消される。一瞬、それはそれでいいと思ってしまった。しかし犠牲になるのは自分だけではない。


「ハインリヒ!」


 エルネは叫ぶ。アンジェロを殺せと依頼した騎士の名を。

 その瞬間、アンジェロの片翼が落ちた。ハインリヒが斬り落としたのだ。




 ※




 ハインリヒはアンジェロの背後から忍び寄り、その翼を根本から斬った。しかし殺すためではない。

 

 元々、彼が女王の元を去った本当の理由は、危険な魔法使いを始末するという女王の方針に疑問を抱いたためだ。


 勿論、中には本当に邪悪な、まさに魔女のような人間も居た。だが大半は自分の研究を静かに追及する者達ばかり。その結果が世界の崩壊を招くというのであれば、研究を辞めさせればいい。しかしよくよく魔法使い達の話を聞いてみると、世界の崩壊など望んでいないし、そんな事は出来ないと断言する者ばかりだった。


 それを鵜呑みにするような事は無かったが、少なくともハインリヒは魔法使い達が嘘をついているようには見えなかった。そして始末したと報告をしつつも、実際は逃がしたという事を繰り返している内に、女王に背いたと判断され暗殺されそうに。そして逃れる途中、空腹で倒れところをシェバに咥えられた。


「アンジェロ! 聞け! 俺だ! 正気を取り戻せ!」


 エルネはアンジェロを殺せと言っていたが、出来る事ならそんな事はしたくはない。ハインリヒはアンジェロを説得しようと試みる。だがアンジェロの目は光を失っていた。仲間達と仲良くしていた時の面影は一切ない。まるでただの獣に成り下がったかのように、アンジェロは自分の片翼を落としたハインリヒへと牙を向ける。


「アンジェロ! 誰だ……お前に誰が何をした!」


 ハインリヒはほぼ確信する。アンジェロは何等かの魔法によって錯乱しているのだと。ハインリヒはアンジェロの牙を避けつつ、辺りを見渡しながら気配を探る。その時、耳に届く声が。


 その声は美しい、ついそう思ってしまった。しかし何を言っているのか理解できない。

 声の主はルルーニャ。アミストラの魔法使いにして言霊使い。ハインリヒがその言葉を理解出来ないのも無理はない。その言語は妖精が扱う物だからだ。


 まるで歌うように紡がれる未知の言葉。ハインリヒは理解できない物の、それが何なのか判断することは出来た。元騎士にして魔法使い殺し。女王に歯向かうまで、幾人もの魔法使いを殺してきた。その中に、囁くだけで奇跡を起こす魔法使いが居た。


「風上か……!」


 ハインリヒはアンジェロの牙を避けつつ、その鼻先を足場にして飛ぶ。恐らく、魔法使いがいるであろう家屋に向かって。


 瞬間、アンジェロの古代魔法が炸裂した。ハインリヒに向けて残る片翼の魔法を発動させた。

 ハインリヒは魔法の影響を受けない。だが当然ながら古代魔法を扱う魔法使いと戦った事など無い。しかし彼は自分の体質を信じた。その魔法を一切避けず、そのまま魔法使いが居るであろう家を、アンジェロへと狙わせた。


「ほんぎゃあぁぁぁぁ!」


 案の定、家の中からピンク色の女が飛び出してきた。飛び出した瞬間に、家が跡形もなく吹き飛ばされる。そしてハインリヒも、無事だった。どうやら古代魔法ですら自分には効かないらしいと、初めてこの体質を褒め称えた。


「あぶ、あぶ、あぶない……! 何すんのよアンタ! 死んじゃったらどうするのよ!」


 ピンク色の髪を持つ魔法使い。見た目は少女だが、その顔にハインリヒは見覚えがあった。レイチェルと同様、手配書が出ていたからだ。


「お前、アミストラの魔法使いだな。自分の国の王族を手にかけて追われてる奴が、ここで何してる」


「……私の素性を知ってるんだ、おじさん」


 おじさん、と言われてショックを受けるハインリヒ。確かにもう四十を超えているが、面と向かって言われると何か刺さる物がある。


「アンジェロに何かしたのはお前か。元に戻せ、さもなくば……」


「もう無理だよ。そいつに通じるのが妖精の言葉だけだったから。他の言語なら言い聞かせる事も出来ただろうけど……生憎、妖精の言葉で優しく言い聞かせる物なんて私は知らないんで」


「なら、お前を殺せば止まるのか?」


「無理だよ。言霊使いを舐めるなよ、おじさん。その剣、熱くてもう持てないよ」


 ハインリヒが握る剣。ルルーニャはハインヒリへと、その剣は持っていられないくらい熱い、と言い聞かせる。だが当然、ハインリヒは魔法を受け付けない体質。


「…………」


「…………あれ? あぁ! 忘れてた! おっさん、魔法通じないんだった!」


「どうやら俺の事も多少は知ってるようだな。無駄な抵抗だと……うお!」


 ハインリヒの背後からアンジェロが襲う。牙を向きだしにして、噛み砕こうとしてくる。そしてその牙は、ルルーニャへも。しかし避ける素振りを見せない。いや、避けれないのだ。急な睡魔がルルーニャを襲ったのだ!


「ふぁ……ねむ……」


「おおおい!」


 ハインリヒはつい、ルルーニャを助けてしまう。抱き抱えてアンジェロの牙から身を挺して守ろうとした。しかし、アンジェロは一瞬止まる。ハインリヒの手前で、震えながら。


『ハインリヒ……』


「……! アンジェロ! 正気に戻ったか!」


『……僕を……殺して……あぁぁぁ、あぁぁ!』


 残された片翼の歯車が全て回りだした。周囲の大気が一変する。魔法の影響を一切受けないハインリヒですら、その変化に体を震わせた。目の前が真っ赤に染まる。まるで地獄かのように。


「何が……起きてる? おい、アンジェロ!」


「無駄だよ、おじさん……もう止められないよ」


 腹部に痛みを感じるハインリヒ。ルルーニャが、短刀をハインリヒの脇腹へと突き立てた。


「死ぬほどでは無いけど毒が塗ってある。早く逃げるか、あの竜を殺すかしないと動けなくなっちゃうよ」


「お前……」


 すると再びルルーニャは歌い出した。妖精の言葉を紡ぎ、アンジェロへと言い聞かせる。

 お前の聖女は殺される、今すぐにでも、と。


 ハインリヒはそんなルルーニャの短刀を奪い、自分の太ももへと突き刺した。あまりの意味不明な行動に、思わずルルーニャは歌を中断してしまう。


「何してんの、おっさん……」


「魔法使いなんてやめて、歌い手になれ」


 ハインリヒはルルーニャから離れ、そのままアンジェロの目の前へと。足を引きずりながら、その鼻先へと立つ。

 

 これまで危険な魔法使いと言われた人間達を殺してきた。疑問を覚えるまで、幾人も葬ってきた。それが自分の使命だと、女王を信じてきた。


 実際、本当に邪悪で危険な魔法使いも居た。だが大半は自分と何ら変わりのない、ただ好きな事に没頭するだけの人間。


「アンジェロ、まだ聞こえているか? 本当に短い間だったが、楽しかった」


 魔法学校で野菜作りをする竜と聖女達。ダフィネルとは意外と気が合い、英雄譚に花を咲かせた。特に盛り上がったのは英雄マルティンの物語。ドラゴニアスという魔導書を駆使し、魔王という存在を打ち負かした、御伽噺のような英雄。ダフィネルはまるで体験してきたかのように、その冒険譚を語ってくれた。


 シェバ、何気に命の恩人で、少し間抜けな所がある犬。よく言えばおおらかで、悪く言えば大雑把。しかしハイデマリーの事となると自分よりも巨大なダフィネルにも食ってかかる。その勇気と強さに、密かに憧れ尊敬していた。


 ノチェには唯一自分の弱みを打ち明けた。本当は女王に反して魔法使いを逃がした事が追い出された原因だと。ノチェは教師のように、淡々と魔法の講義をしてくれた。その危険性や世界に及ぼす影響。だが一方で、これまで人類の発展に貢献してきた魔法の数々を。己の過去を罪とする前に、もっと勉強してから決めても遅くはないと言ってくれた。


 ハイデマリーにエルネ。いつもコキ使われた。しかし食事は最高だった。ハイデマリーに花の冠の作り方を教えると、エルネが意外だと弄ってくる。すると今度はハイデマリーが自分で作った冠を、エルネへとプレゼントした。ハインリヒが教えてくれた冠だと、小さく胸を張りながら。それが妙に嬉しくて、楽しかった。


 そしてアンジェロ。竜にしては小柄で優しい。まるで少年のようで、弟が出来たような気分になるほど仲良くなった。エルネに押し付けられた雑用を手伝ってくれたり、野菜を収穫する際の道具を自分の鱗を加工して作ってくれた。頼りになる存在でありながら、何処か少年っぽさが残っていて……


「……俺は、お前の事を忘れない。また……会おう、アンジェロ」


 その首に剣を振り下ろした。アンジェロは抵抗する事もなく、その剣を受ける。


 ありがとう、とハインリヒの耳には確かに聞こえた。

 首を落とし、絶命するアンジェロ。美しく輝いていた片翼は光を失い、小柄な竜は力なく倒れた。



 ハインリヒの叫び声が小さな港町へと響く。

 竜星の騎士団。聖女を守る為に作り出された小さな竜の騎士は、確かに自分の使命を全うしたのだ。


 



 

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