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小柄な竜に恋をした、不器用な治癒術師 ~バルツクローゲン魔法学院、教師の職場恋愛物語~  作者: F式 大熊猫改 (Lika)


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裏・聖女と竜 6

 ハインリヒが飛び込んできた。元々魔法が通用しない体質を持っているためか、結界をすり抜けるように。

 一瞬で状況を理解したのか、ハインリヒはレイチェルへと斬りかかった。私の声はまだ出せないままだ。


「……っ!」


咄嗟に体が動いてしまった、ハインリヒの腰に抱き着き、レイチェルを斬らせまいとしてしまう。本当に咄嗟に。


「んなっ!」


 ハインリヒの剣は本来の軌道を外れ、レイチェルの肩を切り裂いた。ついでに結界を維持していた小さな魔導書も切り裂く。

 肩を切り裂かれたレイチェルは、悲鳴一つ上げずに窓を割って外へと逃げた。良かった……ひとまず安心か。というか私はなんでレイチェルを守るような事をしているのだろうか。彼女は自分は敵だと言っていた。実際そうかもしれない。でも何処か憎めない所があるというか……。


 そうこうしている内に興奮したアンジェロが壁を破壊しながら入ってきた。あぁ! まだ体当たりしてたのか!


「アンジェロ! 落ち着いて!」


 ぁ、声出た。

 とりあえず止まるアンジェロ。しかし様子がおかしい。まるで理性のない竜のように、私を無視して外へ再び出て行ってしまう。まさか……レイチェルを追ったのか? 


「おい、今の魔法使い……アミストラのか」


「え? あぁ、うん、そうみたい」


 ハインリヒは何故私が邪魔をしたのか、とは問わない。そして顔色が悪い。


「どうしたのよ、あんた」


「今の奴、手配書が出てるぞ。確か十七歳かそこらで、当時通っていた学院の教師と自分の家族を皆殺しにした女だ」


「……」


 あの傷だ。まさか、学院の教師に拷問されたのか? それに家族もってことは……恐らくレイチェルは……家族に見捨てられたんだ。

 自然と拳を握りしめる。私は人として間違っているのかもしれない。それでも、ついこう思ってしまう。

 殺されて当然の人間が、死んだだけだ、と。




 ※




 聖女(エルネ)の説得には失敗したが、レイチェルはまだ諦めていない。しかしエルネを連れ帰る為には、彼女の同意の言葉が必要だ。何故ならば竜星の騎士団を、アンジェロまでも祖国に連れ帰る事になる。そんな事になれば下手をすれば国が亡ぶ。


(なんだ、あの男は。明らかに結界をすり抜けてきた)


 レイチェルは家屋の影に隠れつつ、とりあえず切り裂かれた肩へと治癒魔法を。しかしエルネと違って、そこまで精度の高い治癒は行えない。せいぜい止血出来る程度。いつもはそれで充分だった。


(まずいな……右腕が動かん……)


 腱を斬られたか、と止血を終えるレイチェル。そして先ほどとは別の小さな魔導書を取り出すと、小声で話しかけるように。


「ルルーニャ、来てくれ」


 本に話しかけるレイチェル。すると本の中から、パジャマ姿の少女が現れた。目を擦りながらいかにも眠そうにしている。


「んぁ……聖女ちゃんは説得できたー?」


「失敗した」


「はぁー? なにしてんのー」


 青筋を浮かべるレイチェル。そのままルルーニャのほっぺを摘まみながら、ぐいぐい引っ張った!


「いたい! とてもいたい!」


「お前がしっかり見張っていれば! 案内だけしてさっさと引きこもりやがって!」


「だってぇ……ねーむーいんだもーん……」


 エルネをレイチェルの元へと案内した足取りの重いボロボロの男は、ルルーニャが変身した姿だった。エルネが足取りが重いと感じたのは、怪我をしているのではなく単に眠たかっただけ。アミストラの優秀な魔法使いではあるが、睡魔に弱いのが玉に傷。


「私のあげた結界はぁ?」


「魔導書を切り裂かれた」


「えぇ……あれ貴重なのにぃ。どうするのぉ? 帰る?」


「そうしたいのは山々だが、もうすぐ軍のアホ共が動き出す頃だ。聖女を連れ帰れないなら、せめてこの街から逃がすべきだ」


 レイチェルの言う軍とは、アミストラの軍人達の事である。

 先程までレイチェルはエルネを少々強引な手段で説得を試みていたが『説得』に拘ったのは一重に竜星の騎士団であるアンジェロを連れ帰らない為。だが軍の人間はそんな事は考慮には入れていない。聖女を発見、即捕縛、くらいしか命令を受けていないだろう。しかしこの街から逃がすにしても、護衛が優秀過ぎるのが逆に不味い。自発的に逃げてくれればいいが、エルネのあの性格では怪我人を置いてはいけないだろう。


「ルルーニャ、聖女の護衛に結界をすり抜けてきた奴が居た。どういう理屈か分かるか?」


「……ヴェーザーじゃない? 珍しいねぇ、私も実際に見た事ないよぉ」


「やはりか、厄介だな」


 ヴェーザーとは水鳥の意味。その羽が水を弾くように、魔法を寄せ付けない事から付けられた通称である。


「聖女を説得するのは、もう不可能だろうな。かと言って無理やり連れ帰っても竜星の騎士団が嗅ぎつけて追いかけてくる。しかし軍の連中に任せるわけにもいかんし、逃がそうにも苦労しそうだ。さて、どうするか……」


「……あまり言いたくないけど、殺すわけにはいかないの?」


「そうだな、それも選択肢の一つだ。しかしあの竜とヴェーザーに守れた聖女を殺すのも中々に苦労しそうだな」


「違う違う、竜の方」


「……不味い事に銀翼なんだ。私達だけでは戦力が足らん。というか、国中の魔法使いを集めても勝てるかどうか」


「ヴェーザーが居るんでしょ? そいつに斬らせればいいよ」


「……どうやって」


 言霊の魔法使い、ルルーニャ。

 その口元を少し緩ませる。



 ※



 エルネとハイリンヒ、二人は閉じ込められていた一軒家から出て、そのままアンジェロを探した。屋根の上に佇むアンジェロを見つけたエルネは話しかけるが、一向に反応が無い。


「アンジェロ、ねえってば……どうしたの? いつもならどんな遠くにいても反応するのに」


「あいつ、竜星のなんとかなんだろ? お前を危険にさらした奴を消すまで正気に戻らんとか……」


「そんな機械みたいな事……無いわよ。でも……」


 明らかに様子がおかしい。しきりに首を動かし、鼻を鳴らし、誰かを探しているようだ。誰かとは十中八九レイチェルだろう。


「とりあえず軍人達と合流しよう。奴らといれば下手に手は出してこないだろ」


「……わかったわ」


 そのまま軍の元へ歩き出す二人。すると何やら騒がしい事に気付いた。慌ただしく軍人達が動いている。何事かと二人はポマさんの元へと。炊き出しで作ったシチューは未だ手付かずのままだ。


「ポマさん! どうしたの? 何だか騒がしいけど……」


「ぁ、エルネちゃん、遅かったわねぇ。いえね、なんだかアミストラの軍艦が見えたって……」


「なんですって?」


 海の方へ視線を移すエルネ。水平線上に、確かに小さく船の影が。


「あれ、軍艦なの? すっごい小さいけど……」


「そりゃ、まだ遠いからだろ。しかし何故……。自ら火種を作る気か? そんな事をしたら攻め込ませる理由を作るだけだぞ」


 なんだか不気味だ。レイチェルが私をアミストラに連れて行こうとしていたけど、彼女はあくまで戦争を止めたいと言っていた。それが本心かどうかは分からない。でも少なくとも、自分達から戦争の火蓋を切るような風には見えなかった。


 でも事実としてアミストラの軍艦が目と鼻の先に居る。もしかしてレイチェルとは別口なのだろうか。


「ハインリヒ、さっきの魔法使いだけど……」


「殺すなって言いたいんだろ。もう俺は女王の犬じゃないんだ、さっきは勢いでいっちまったが……俺はもう……」


 ……?

 こいつ……女王に軽口叩いて追い出されたって言ってたけど、まさか……本当は命令に背いたから? 


「エルネ! どこだ! 時間がない、今すぐに逃げろ!」


 すると急にそんな叫び声が。この声はレイチェルだ。彼女が民家の屋根の上に上り、そんな事を叫んでいる。ええい、状況が分からん、一体なんだっていうんだ、さっきは私のこと連れて行こうとしてたくせに。


「ハインリヒ、ついてきて」


「お、おい、いくのか?」


 私はハインリヒの力を借りつつ、レイチェルと対面するように別の民家の屋根の上に。とりあえず状況が知りたい。説明を求む!


「レイチェル、今、水平線にアミストラの軍艦が見えてる」


「くそっ……もうそこまで来てるのか……」


「ねえ、どうなってるの? 逃げろってどういう事? 貴方、さっき私を……」


「分かった、手短に話すから黙って聞け。私は聖女を……エルネを迎えに来たのは一重に戦争を止めたいからだ。そこに嘘偽りはない。だが一つ懸念がある。それがあいつだ」


 レイチェルが指刺す物。それはアンジェロ。私が近くに居るからか、アンジェロは何もしてこない。しかし隙あらばレイチェルを嚙み殺す勢いだ。一体どうしたんだ、いつものアンジェロじゃない。


「アンジェロが……私を追ってくるってこと?」


「そうだ。だからお前の同意が必要だったわけだ。その言葉さえあれば、もう奴とて諦めるしかない。竜星の騎士団は基本的に聖女の命令には絶対逆らわない」


「……そんな道具みたいに言わないで。アンジェロは……そんなんじゃないわ」


「そこはどうでもいい、問題は軍がそれを把握していない事だ。容赦なくお前を連れ去ろうとするだろう。もうじき、この街に制圧兵器を送り込んでくるぞ」


「制圧兵器って……ゼルガルドの事か?」


 突然会話に入ってきたハインリヒに怪訝な顔を浮かべるレイチェル。


「……そうだ。お前は魔法を弾く体質なんだろ? だがそんなもの、あの鉄の塊の前では無意味だ。とてもエルネを守り切れないぞ。この街に駐留しているローレスカの軍人も、実戦慣れしている奴は怪我人ばかりのはずだ」


 あの一瞬でハインリヒの体質を見抜いたのか。やっぱりレイチェルは優秀なんだな……とか思ってしまう。レイチェルが本当に戦争を止めたい、そのために聖女の力が必要だと言うのなら……ついていく選択肢もあるのかもしれない。でも私は……あの子を、ハイデマリーを置いていけない。


「レイチェル、お願いがあるの」


「何だ、時間が無いって言ってるだろ。私としては早くお前に逃げて……」


「聖女はもう一人居るの、今は私達が匿ってる」


「……はぁ?!」


 その間抜けな声を出したのはハインリヒ。そうか、こいつにはまだ……ハイデマリーが聖女だって言ってなかったっけ。


「もう一人……だと?」


「まだ子供だから、私が守ってる。だから、その子を残して行けない。私を連れて行くなら、その子も守ってほしいの」


「……馬鹿な……お前、何故そんな事を私に言うんだ! 馬鹿か! 私は聖女を利用しようとしてるんだぞ! そんな……二人目の聖女だと?! ふざけるな! なんでそんな大事な事を私に……! 私は敵だと言っただろ!」


「だったらもっと敵らしくしなさいよ! 優しさが滲み出てるのよ、貴方! 悪役になりきれてないのよ!」


 頭を抱えるレイチェル。そしてハインリヒも。二人ともに、何故それを今言うんだと、私を叱りつけたいに違いない。するとレイチェルは懐から小さな魔導書を出して、何かつぶやくように。


「……ルルーニャ、中止だ。状況が変わった」


『なんで? 二人目がいるなら、その聖女は殺せばいいじゃない』


 その瞬間、アンジェロが大気を揺るがす咆哮を。いつも閉じられている翼を広げ、明らかに尋常ではない状態に。


 アンジェロ? 一体どうしたのよ、さっきから……!


『それにもう仕込みは終わってるよ。軍に渡すわけにはいかないんだから。私達の国を守る為には』


「私は……。いや、そうだ、その通りだ……」


 レイチェルはゆっくりとした動きで姿勢を正すように。そして私に手を翳してくる。


「エルネ、話せて楽しかった。生まれた地が違えば、きっといい友人になれた」


「今からでも、遅くないでしょ? ねえ、レイチェル……本当は……」


「私は愚者の奇跡。その片鱗に触れる者。それが愚かで忌み嫌われる行為だと罵られても、理想のために突き進む。その理想すら愚かだと言う者は、残らず轢き殺していく。貪欲な我が王よ、貴方なら分かってくれると信じていたのに」


 ……?

 なんだ、何言ってんだ? レイチェル……


「……! 魔法の詠唱だ! 下がれ!」


 ハインリヒに首根っこを掴まれて、そのまま屋根から一緒に飛び降りた。この世の物とは思えない叫び声が聞こえたと思えば、次に目に飛び込んできたのは……火だ。


 巨大な火の塊が空に浮かんでいる。それはだんだんと、凶悪な、悪魔の手のように変化していく。


「エルネ」


 静かな声が、レイチェルの声が聞こえてくる。彼女の姿は見えない。


「これが私の魔法の正体だ。妖精を力で押さえつけて奴隷にした。こいつで過去未来問わず、容赦なく、その事象を存在ごと食わせる。人間それ自体も、思い出も、悲しい事件も、恋心も、妖精の前では所詮、ただの食い物だ」


「レイチェル……」


「戦争を止めたいのは本心だ。だがローレスカの人間には皆消えてもらう。それが聖女の古代魔法をこいつに組み合わせれば、一瞬で終わる。その後で私は全ての罪を背負って死のう。お前か、もう一人の聖女か、どちらかを私に差し出せ。出来ないのなら、せめて静かに消えてくれ!」


 巨大な炎の手が私達に迫ってくる。腰が抜けて動けない……というより、見惚れてしまった。その炎があまりに綺麗だったから。レイチェルが魔法で生み出した炎に、私は一瞬、焼かれてみたい、そんな風に思ってしまった。


 だがその思いは一瞬で消える。アンジェロの翼は無数の銀色の歯車で構成された物。それが回りだして、古代魔法を撃ち放って炎を搔き消した。それだけで街にとてつもない衝撃が。民家の屋根は吹き飛び、なんだったら私も吹き飛ばされそうに。でもハイリンヒが必至に私を守ってくれる。


「アンジェロ……やめて! ここで戦っちゃだめ!」


 しかしアンジェロは私の言葉など聞こえないと、次の古代魔法を繰り出そうとしている。あの歯車一つ一つに古代魔法が組み込まれている。それが全て動き出したら……この街は終わりだ。


「……ハインリヒ……あんた、古代魔法でも平気なの?」


「分からん……当然ながら試した事はないからな」


「……お願いがあるの」


 私はハインリヒの胸倉を掴みながら、自分を恨みながら、その言葉を絞り出す。

 嫌だ、絶対に言いたくない。でも……


「アンジェロを……殺して」




 



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