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小柄な竜に恋をした、不器用な治癒術師 ~バルツクローゲン魔法学院、教師の職場恋愛物語~  作者: F式 大熊猫改 (Lika)


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裏・聖女と竜 5

 一通りの治療を終えて、少し落ち着いた所で今度は炊き出しのお手伝い。すると、なんと可愛いレッサーパンダの獣人が大きなお鍋をコトコト煮込んでいる! なんだ、この可愛い生き物は! 割烹着着てる!


「お、おぉぉぉぉ! こ、こんにちは!」


「あら、こんにちは。お手伝いの治癒術師さん? ぁ、もうすぐできるから、待っててね」


「いえいえいえいえ! 私も何かお手伝いします! 尻尾を支えましょうか?!」


「それはいいけど……あ、私はポマ。よろしくね」


「ポマさん……私はエルネって呼んでください! ところで、ポマさんは今、何を作っていらっしゃるのですか?」


「私は今、みんな大好き、あまーいお芋のケーキを作ってるわ!」


 炊き出しで作るメニューか、それ。

 というかグツグツと芋以外にも肉系の具材が煮込まれていますが、それは本当にケーキになるのですか?


「ポマさん……お野菜をたくさん入れて、シチューにしましょう! きっと美味しいと思います!」


「あら、そうかしら。ケーキならみんな好きだからと思ったんだけども」


「私、シチューが食べたい気分です! シチューがいいです!」


「あらあら、エルネちゃんがそういうなら、そうしようかしら」


 ポマさんいい人! ごめんよ、ケーキを皆に食べさせてあげたかったでしょうに! でも明らかに油ぎっしゅな肉の塊が入ってる以上、ここからケーキになるとは想像しにくい。あくまで私が知るケーキの話だけども。


「申し訳ない、治療術師の方でしょうか」


 するとボロボロの包帯を巻いた男性が話しかけてきた。あれ、全員治療し終えたと思ったのに、まだこんなボロボロの人が居たのか。


「はい、そうですが」


「実はまだ俺の仲間が苦しんでて……みてやって貰えませんか」


「はい、勿論……ぁ、ポマさん、ちょっといってきます」


「はいはい、気を付けてー」


 ゆっくりと歩き出す男についていく。その足取りは重い。足も怪我をしているのだろう。でもなんだろう、なんか違和感を感じる。


 男についていくと、そこは救護所ではなく一軒家。しかし中は薄暗く、こんなところに怪我人が運び込まれているとは思えない。


「あの、一体……」


 中に一歩入った瞬間、背中を押されてドアを締められた。ガチャン、と鍵を掛けられる。なんだ、なんだ、閉じ込められた? 


「肝が据わってるな、君」


 すると暗闇の中から声が。女性の声だ。すると一気に部屋が明るくなる。壁にかけられた蝋燭に火が灯された。これは……明らかに魔法だ。


「貴方、魔法使い? 私を捕まえに来たの? だったらやめた方がいいわ」


「はは、流石に分かるか。その様子だと、悲惨な人生送ってきたんだろうな、分かるよ。私も似たような境遇だからな」


 女性は椅子に腰かけた……私より少し年上? いや、同い年くらい? 二十代前半くらいの黒髪の女。ローブには独特の刺繍がしてあり、それは魔法を意味する盃。しかし魔法が廃れたこの国では、あまり見ない物だ。


「貴方、アミストラの魔法使い?」


 アミストラは絶賛このローレスカと戦争寸前の争いをしている国だ。この国が近代化を進める中、アミストラは近代化を進めつつも、魔法を深く研究し続けている。魔法使いと軍人の摩擦が多く、内乱もしばしば起きているらしい。


「このローブを着てきたかいがあったな。そう、お察しの通り、私は君……えっと、名前は?」


「まずは自分から名乗るものよ、こういう時は」


「それはそう……私はレイチェルだ。似合わないだろう? こんな女にそんな可愛い名前」


 ローブの中を覗かせてくる女、レイチェル。その身体は半分程……いや、それ以上、焼きただれていた。火事に巻き込まれたとか、そんな傷じゃない。まるで……少しずつ焼かれた、そんな傷。


「貴方……」


「次は君の番。名前は?」


「エルネ……」


「エルネ、お察しの通り、私は君を迎えに来た。しかし大人しく来てくれるとは思ってない。強引な手段も用意してある。しかしそれを使う前に、少しだけ話をさせて欲しい。聞かないというなら今すぐに殺す。聞いたうえで抵抗するなら仕方ない、生きたまま拉致させてもらう」


 今まで自分なりに地獄を見てきたつもりだ。この程度の事態、修羅場でも何でもない。でも私の中の誰かは、そいつに逆らうなと警鐘を鳴らしている。つまりはかなりの危険人物。私を殺そうと思えば、一瞬で全てが終わるだろう。


「いいわ、聞くわ」


「いい判断だ。まず手短に私の専門から説明させてもらおうか。私の専門は事象の破壊だ。これだけでは意味分からんと思うが、例えば……エルネの消したい過去があれば、それを無かった事に出来る。君の記憶だけではない。それ自体を無かった事に、この世界の歴史から消し去れる」


「それは……えっと、凄い事なの?」


「まあまあだな。世界に直接干渉する類の魔法使いの中では、中の下といった所か。さて、何故私がそんな魔法を研究しているのか。それはエルネ、君も散々見て、触れてきた人間が答えだ。この国、ローレスカとアミストラ、報復合戦の果てに待っているのは何だと思う?」


 なんだと思うって……そんなの


「戦争になるわ」


「その通り。このままでは今とは比較にならないくらいの被害が出る。双方にな。それを防ぐ手立てがあるとすれば、何がある?」


 何があるって言われても。

 まあ……


「お互いに……謝るとか」


「エルネは政治が苦手か。まあ私も得意な方では無いが……」


 っぐ……なんか馬鹿にされた気がする!


「単純に言えば、こうなった原因がある筈だ。それを私の魔法で無かった事にする」


「……そんな事、出来るの?」


「出来るさ。しかし問題は山積みだ。その問題の一つが、原因となった出来事だ。些細な物から歴史上に残る大事件まで、無数にある。それらすべてを消さない限り、この争いは結局始まってしまう」


「やっぱり無理じゃん……」


「今は無理だが、エルネの……聖女の古代魔法の知識があれば、なんとかできるかもしれない」


 自然と身構えてしまう。聖女の古代魔法。それは私の中に知識としてだけある物。


「貴方に、この魔法が扱えるっていうの? 言っとくけど、古代魔法なんて、ろくでもない物ばかりよ」


「当然知ってるさ。魔法とは元々、古代種族同士が殺戮のために編み出した秘術。ならば古代魔法と呼ばれる物は必然、エルネのいうとおり、ろくでもない物ばかり。しかしそれは使い手次第だ」


「貴方なら使いこなせるとでも?」


「そこは信用してもらう他ない。それとエルネ、私のこの研究は、君達聖女を救う事も出来ると言う事を考慮してほしい」


 救う……。

 レイチェルの顔は真剣だ。私を口説くための演技かもしれないけど。


「どういう事……?」


「そもそも、聖女を聖女たらしめる要因は古代魔法の知識だ。それは生まれ変わっても、次の人生でも纏わりついてくる。ほぼ呪いだ。私のこの研究を応用すれば、聖女の古代魔法の知識の根本を破壊することも可能なはずだ」


「…………」


「その様子だと、これまで惨い手段で知識を抽出されそうになったんだろう。私もそうだ。私は聖女では無いが、実家が有名な魔法一族でね。秘伝の術を聞き出そうと拷問されたよ。これはその時の傷だ」


 先ほど見せられた傷が脳裏に浮かぶ。ただ焼いただけではない、想像したくもないけど、熱した鉄か何かを押し付けられたような傷。一度や二度ではなく、何度も……


「同じじゃないわ……貴方に比べれば、私がされてきた事なんて可愛い物よ」


「程度の比べ合いに意味なんて無いぞ。拷問は拷問だ。さて、そろそろ聞こうか。大人しく付いてくるなら良し、抵抗するなら強引に拉致させて貰う。どうする?」


 どっちにしろ、行く選択肢しかないじゃないか。海路経由でアミストラに……と言う事か? そりゃそうか、陸路で行こう物なら険しすぎる山々を越える必要がある。


「……悪いけど、貴方の話を鵜呑みには出来ない」


「参考までに理由を聞かせてくれるか?」


「……話自体は魅力的よ。私は歴史を変えるなんて何事か、なんて思うような清廉潔白でもないし。ただ……」


「ただ?」


 素直に貴方が本当の事を言っているようには思えない、なんて言ったら殺されるだろうか。

 本当になんとなくだ。古代魔法を利用しようとしているのに、聖女を救うためにその根本を破壊する……なんて事、出来る筈がない。魔法使いならば。


「……私はこの国でやりたい事があるの。だから……レイチェルには悪いけど、アミストラには行けない」


「そうか。じゃあ……」


 自然と身構えてしまう。レイチェルがローブの中から魔導書らしき物を取り出したからだ。

 でも小さい。手の平サイズの小さな魔導書。ちょっと可愛い。すでにそれは開いており、淡く発光している。もうすでに何かしらの魔法が発動しているのかもしれない。


「それは……まさか……!」


「ほぅ、エルネもそれなりに魔法の勉強をしているようだな」


 ニヤリ……と笑うレイチェル。

 私は見るからに焦るフリをするが……ごめん! ぶっちゃけ分からん!

 ただ勢いで「まさか!」とか言っちゃったけど、雰囲気で言っちゃっただけだ!


「…………」


「…………」


 しばし沈黙。私がバツが悪そうに苦笑いしつつ目を逸らすと、レイチェルが凄い怖い顔で近づいてきた! ひぃ!


「お前、分かってないだろ」


「ご、ごめん……」


「なんで謝るんだ! もっと緊張感を持て! 敵だぞ私は!」


「いや、レイチェルって……名前似合わないみたいな事いってたけど、よく見ると凄い可愛いから……アミストラの人って、顔立ちが柔らかいというか何というか……」


「童顔だと素直に言ったらどうだ! こう見えて私は三十代だ!」


「えぇ! 見えない見えない! てっきり私と同じくらいだと!」


「ええい、こっちまで緊張感無くすわ……おい、エルネ。お前の傍にも居るんだろう? 竜星の騎士団が」


 ギクリ、と背筋が凍る。そう、ここでアンジェロの名前を呼べば、あの竜はすぐさま私を助けてくれるだろう。そして容赦もしない。レイチェルは殺されてしまうかもしれない。いや、私は何で自分を拉致しようとしている敵国の魔法使いを庇おうとしているのか。

 レイチェルが自分と似た境遇だから? 理由はどうあれ、アンジェロをここで呼び出すのは不味い気がする。


「何故呼ばない? 一国の軍隊に匹敵する力を持つ、聖女の最強の護衛だろう」


「いや、そこまで強くない……。呼べば来るだろうけど、今は呼びたくないというか……っていうかレイチェル近い……っ」


「余裕だな。ところで知っているか? 本来、竜星の騎士団は数世代前の聖女が古代魔法で作り出した……いわば良く出来た使い魔だ。使い魔と言っても機能的には人間以上。なんと子供も成す事が出来るという。しかし所詮魔法で作り出されたにすぎん奴らだ。私くらいの魔法使いならば、その構成を弄る事も出来る」


「え?」


 レイチェルは薄く笑いながら、小さな魔導書を軽く振る。まさか……


「貴方……アンジェロに何をしたの?!」


「そうか、お前の護衛はアンジェロと言うんだな」


 一瞬、何が何やら分からなかった。

 アンジェロの名前を聞き出すために鎌を掛けられたと気付いた時には、もう遅い。


 レイチェルは自分の喉に手を当てると、そのまま突然悲鳴をあげる。しかしその声は……私だ。私の声色を出している。


『アンジェロ! 助けて!』


「なっ……」


 何してんだ? そんなことしたら、あの竜は容赦なくここに突っ込んでくる。そしてレイチェルは、確実にバラバラにされる。いくら有能な魔法使いと言えど、こんな所で竜と真正面から対面すれば何も出来ない。


 そして数瞬後、この世の物とは思えない唸り声と共に、私達がいる一軒家が揺れる。窓から銀色の翼が見えた。アンジェロだ。変身を解いてこの家に体当たりしたのか。


「成程、銀翼か。さっきのは謙遜だったのか? 奴なら一国どころか、世界を滅ぼす力を持ってるぞ」


「貴方……! 何してんのよ! そんな余裕ぶって……! アンジェロが突っ込んできたら、貴方だって無事には……」


 しかし違和感が。何度も何度もアンジェロは私の名前を呼びながら一軒家に体当たりしている。アンジェロがいくら小柄とはいえ、こんな家、一発で壊せる筈だ。でもアンジェロは未だに、その壁すら破壊出来ない。


「さて、ネタばらしをしようか。この魔導書は友人から借りた強力な結界が記されている。たとえ竜星の騎士団と言えど、破壊するのに中々手間がかかるだろう」


「何がしたいの? レイチェル……私を拉致しに来たんでしょ? 結界張って、アンジェロをわざわざ呼び寄せて、貴方もここに閉じ込められてるじゃない」


「まったくその通り。では取引といこうか、エルネ」


 人差し指を立てるレイチェル。淡い光が先端に灯ったと思えば、私の声が出せなくなった。なんだ? 息が声帯をただ通り過ぎていく。


「竜星の騎士団は聖女の危機に、冷静ではいられなくなる。元々、そのように作り出されているからな。聖女を全力で救え、何を犠牲にしてでもとな。このままでは、あの竜は次の手段を繰り出してくるだろう。つまりは古代魔法の行使だ。奴らは聖女の古代魔法によって作り出された存在。当然、やつら自身にも聖女の持つ一部の古代魔法が授けられている」


「……っ……ぁ……っ……!」


 声が、声が出ない、ダメだ、アンジェロ、やめて、落ち着いて! 私は大丈夫だから!


「止めるにはエルネ、君の一言が必要だ。やめろ、と一言、言えば済む話だ。さて、もう皆まで言わなくとも分かるだろうが、こんな貧相な街で古代魔法なんて使ってみろ、さぞ派手に人命が吹き飛ぶだろうな」


「……っ! ……!」


 アンジェロ……アンジェロ!


「私と一緒に来い、エルネ。悪いようにはしない、私もこの戦争を止めたいだけだ。一緒に来るなら頷け」


 分かった、わかったから……だから、もう……


「アンジェロどけ!」


 その時、長剣を握った軽口男が一軒家のドアを蹴破って入ってくる。

 結界なんてお構いなしに。


 あぁ、そうだ、こいつ……魔法が利かないんだった……。




 

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