裏・聖女と竜 4
《小さな港町、アルベルタ》
ノチェとダフィネルの反対を押し切って、私はアルベルタへとやってきた。少年の姿に変身したアンジェロに手伝って貰いつつ、早速私は動き出している。
「エルネ、包帯はこれで足りる?」
「ありがと、アンジェロ」
この港町には傷ついた軍人が船で運ばれてきていた。どうやら隣国との小競り合いが続いているらしい。このままでは戦争に発展するかもしれない、とノチェが言っていた。
正直、今でも既に戦争状態だ。小競り合いの規模を遥かに超えた怪我人の数。中には手遅れの人間も居る。
「お湯貰って来たぞ、エルネ」
「ありがと、ハインリヒ」
今回、私がここに来ることを最後まで渋っていたノチェは、ならせめてハイリンヒを連れていけと言ってきた。もしもの場合は囮にして逃げろ、と。アンジェロがいるんだから大丈夫と言ったが、胸騒ぎがするとかなんとか。確かに戦争が起きるかもしれない時に出歩く不良娘の事は心配でたまらないだろう。
でもそれは過保護という奴だ。私だってもう大人なんだから。あの竜からしてみれば、赤子同然なのだろうけど。
「悪いな……姉さん」
急ごしらえで設置された救護所の壁にもたれながら、全身を包帯でぐるぐる巻きの男が呟くように謝ってくる。私はそんな男の傷を、程々に治癒魔法で治療。完全に塞いでしまうとバレてしまう、私が聖女であることが。本当なら全快にしてあげたいけど。
「私は貴方のお姉さんじゃないわ」
「……名前は?」
「エルネって呼んで。貴方は?」
「オズマ……」
「カッコイイ名前ね、それにしても……なんでこんな全身に銃創があるのよ。貴方、良く生きてるわね」
もうとっくに死んでいてもおかしくないくらいの出血。しかしオズマは煙草に火を付けようとする気力は残っているくらいだ。もちろん、煙草は没収したが。
「でかいから、的にしやすいんだろ。俺も敵を前にして逃げたりしない」
「貴方、家族とか居ないの? 死んじゃったら元も子もないわよ」
「生憎、木の股から生まれたもんで」
冗談のつもりなんだろうか。ならこの赤い血は樹液か何かか。
「……なあ、エルネさん。あんた聖職者か?」
「そんなところよ。何、説法でも聞きたい?」
「……いや。神様はどんな気分なんだろうと思って。さっき、子持ちの戦友が息を引き取ったんだ。俺がこれだけ撃たれて生きてるのに、一発しか撃たれてないあいつが逝っちまった。なあ、理不尽だと思うだろ」
自分が生き残ったのに、それを理不尽だと嘆くオズマ。
確かに理不尽だ。木の股から生まれたというこの男が生き残って、子持ちの、家族が待っているであろう人間が死んでしまうのは。
でもだからって、オズマが死んだら死んだで、残された人間は思うだろう。理不尽だと。
私はオズマの包帯を巻きなおしつつ、治癒魔法をかけていく。煙草が吸えなくてイライラしているのか、それとも子犬のように答えを求めているのか。オズマは今にも立ち上がって、また戦いに行きそうな勢い。
「貴方、神様信じてるのね。信心深いようには見えないけど」
「……なんだ、神様は居ないのか?」
「とんでもない。彼女は確かに存在するわ。でも、あまりに私達が彼女の教えを守らないから、嫌いになっちゃったのかもね」
この大陸に広く浸透する女神シェルスの物語。誇り高い騎士として民のために戦い続けた彼女の物語は、誰でも知る有名な昔話だ。それはまさに人々の理想のような姿を描かれており、最後には自分の役目を終えて天に召されたとされているが、彼女の人生の最後は……仲間に裏切られ殺されるという、語られる物語とは真逆の人生。
「オズマ、理不尽な事は全て神様のせいって思えばいいわ」
「あんた本当に聖職者か」
「人は何かを信じるべきよ」
「無視か」
「オズマ、これから貴方にしか出来ない事がきっとある。戦友が亡くなって理不尽だと思える貴方にしか出来ない事が。そんな時に思い出して。神様のせいにした分、その何かを必ずやり遂げてみせるって」
「…………」
治療が終わった。さて、次……
「エルネさん、あいつの墓、まだ無いけど……祈ってやってくれ」
「勿論。その方の名前は?」
「生憎、今日会ったばかりで……でもいい奴だったんだ」
「そう。……煙草、返すけど吸い過ぎないように」
ポイ、とオズマのお腹辺りに煙草を放る。その煙草を見つめながら、オズマは渋々頷いた。
※
『……確認した。聖女だ。レイチェル、軍より先に生け捕りにしたい、出来るか』
『そのために私を呼んだんだろ? 任せな』




