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小柄な竜に恋をした、不器用な治癒術師 ~バルツクローゲン魔法学院、教師の職場恋愛物語~  作者: F式 大熊猫改 (Lika)


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裏・聖女と竜 2

 聖女になんて、望んで産まれてきたわけじゃない。これが運命だと言うなら、私は神様にどれだけ嫌われているのだろうか。きっと神様は……私にさっさと死ねと思っているに違いない。でも聖女は死んでも終わらない。また別の人生でも聖女として産まれる事が確定されている。それは聖女を研究しつくした魔法使い達が出した答え。

 数多もの、夥しい聖女が彼らの犠牲になった。体を引き裂かれ、骨の髄までしゃぶりつくされて。


 私の首には鎖が繋がれている。地下の暗くて狭い部屋で、今日も始まるんだ。あの拷問が。

 何人もの魔法使いに囲まれて、どれだけ泣き叫んでも許されず、体中に虫が這いずり回る感覚を味わう。


 もう、嫌だ。もう……死にたい。

 次の人生では、もっとまともな……人生を……。





 ※






「エルネ、エルネってば、おーきーてー」


 土まみれで木陰で眠っていた私を、ハイデマリーが起こしてくる。どうやら眠ってしまったようだ。あまりいい夢を見ていた気がしないけど、ハイデマリーの顔を見れば、そんな物は吹き飛んでしまった。


「ほら! おいも!」


 まんまるの芋を翳してくるハイデマリー。どうやら畑から収穫したらしい。


「立派に育ってるね。ハイデマリーが頑張って勉強して育てたかいがあったね」


 頭を撫でてやると、可愛く笑顔を見せてくれるハイデマリー。私もあんまりサボっていると、怒られてしまう。あの竜達に。


 しかし畑の方へと目を向けるが、あの巨体の竜が見当たらない。アンジェロとノチェは働いているが、あの赤い物騒な竜は何処だ。


「ハイデマリー、ダフィネルは?」


「ん」


 私の背後を指さすハイデマリー。するとそこには、腹を空に向けて眠りこける竜が。

 こいつ……皆が働いているのに! いや、私も同罪すぎて叱るに叱れない!


「ハイデマリー、ダフィネルの鼻の穴に……その芋を入れてきて」


「え? ばっちいよ」


「そうね、食べれなくなっちゃうわね……じゃあ……」


 私とハイデマリーは忍び足でダフィネルのお腹へと。腹の上に乗っても全く起きる気配が無い。大きな鼾をかき続けている。こんな鼾の傍で私はよく眠れた物だ。


「よし、ハイデマリー、いっせーのーで……」


 合図を送りつつ、私とハイデマリーは……同時にダフィネルの腹をくすぐり始めた!


「んごふぁ……! な、なんだ!」


 びっくりするダフィネルのお腹から退避する私達。私はハイデマリーを抱きかかえつつ、木の陰へと隠れるが意味は無かった。


「お前らぁ! 隠れても無駄だ! 竜の嗅覚舐めんな!」


「バレバレだったか……ちょっとダフィネル、サボってないでさっさと働きなさい!」


「なさいー」


 私とハイデマリーはビシィ! とダフィネルを叱りつける。私は完全に自分を棚上げしながら。


「先に寝てたのはお前だろうが、エルネ」


「だろうがー」


 今度はダフィネル側へとつくハイデマリー。最初はあんなに怖がっていたのに、今では一番、ダフィネルに懐いている。


「っぐ……ハイデマリー……じゃあ、あんたも……こちょこちょの刑だー!」


「きゃー」


 逃げるハイデマリーを追いかけながら畑へと戻る私達。ノチェとアンジェロは「やっと戻ってきた」とあきれた顔をしていた。

 畑は既にたくさんの農作物でいっぱい。ハイデマリーが学びたかった野菜の作り方、その授業は順調である。私とダフィネルはサボリ気味だけど。


「ちょっとエルネ、また寝てたでしょ。鼾がここまで聞こえてきたよ」


「それはダフィネルのでしょ? アンジェロ。っていうか、聞こえてたなら起こせばいいじゃない」


 すると白い毛皮に覆われた竜、ノチェは小さく溜息。


「あまりダフィネルから離れてやるな、エルネ。奴は今でも恐れてるんだ、またお前が攫われたらどうしようってな」


「大丈夫よ、竜星の騎士団が二人も居るんだから。ね、アンジェロ」


「シェバもね。あれ? っていうか、そういえばシェバはどこに……」


 その場に巨大なワンコ、シェバの姿は無い。あの犬め、まさかサボって眠りこけているのでは?


「エルネだけには言われたくないだろうね」


「人の心を勝手に読まないで、アンジェロ。まあ、昼ご飯には現れるでしょ。そろそろ用意を……」


 するとドスドスと足音が。噂をすれば何とやら……シェバだ。何やら急いでこちらに向かってくる。

 フフ、急いだって無駄なのよ、あんたがサボってる事はお見通しなんだから。


「エルネ……」


「うるさいうるさい、私だって土まみれになるまで働いてたんだから」


 私達の前へと駆け寄ってくるシェバ。しかしなんだか様子がおかしい。何か……咥えている。


「シェバ、それ何?」


 ペっ、と吐き出すシェバ。すると……それは人だ。なんか汚い男。おっさん。剣を持っている。


「何この人……ベトベトしてる」


「それは俺の唾液だ。落ちてたんで拾ってきた」


「あんた、その辺に落ちてるもの拾ってくる癖、やめなさいって言ったでしょ。戻してきて」


「クゥーン」


 可愛く唸ってもダメだ。っていうか、全然可愛くない。すっごいわざとらしい「くぅーん」だ。


「ま、待ってくれ……」


 するとオッサンが喋った。ハイデマリーは相変わらずの人見知りを発揮して私の後ろへと隠れる。そして私もアンジェロの影へと。


「お、俺は……女王直属の……騎士だった男……」


 それだけ言ってガクっと再び気を失うオッサン。いや、死んだか?

 ツンツン、と鼻でつつくシェバ。すると、盛大に腹の音が。


 よし、ここはひとつ……


「シェバ、トドメ刺して」


「くぅーん……こんな汚いオッサン……食いたくない」




 ※




 魔法学院、その中庭にテーブルを設置して私達はお昼ごはん。本日のメニューは野菜たっぷりのシチュー。しかし私達はスプーンを持ったまま静止していた。目の前で凄い勢いでシチューを吸い込んでいくオッサンを見ながら。


「美味い、美味い、こんな美味い飯は千年ぶりだ……!」


「貴方……何歳? っていうか、女王直属の騎士なんでしょ? なんでそんな汚い風体で……」


「ふぉんふぁふぉふぉふぁ」


「口に入れた物飲み込んで」


 ゴックン、と言われた通り飲み込みつつ、少し落ち着いたのかスプーンを置くオッサン。


「餓死寸前だった……ありがとう、命の恩人達よ。俺の名はハインリヒ。歳は四十だ」


「ハインリヒね。なんで餓死寸前だったの?」


「ちょっと女王に……その、恋の言葉を呟いたらボコボコにされて追い出されて……」


「アンジェロ、その男、ボコボコにして捨ててきて」


「えー、捨てるの勿体ないよ、畑の養分にした方が……」


 ズザァァァァァ! と土下座しながら器用に後方へスライディングするハインリヒ! ふむ。反省しているようだ。


「すまない、今のは冗談だ。とにかく、俺は騎士をクビになってな……行く当てもなく……」


「女王直属の騎士がクビになるなんて聞いた事ないわよ。魂まで清廉潔白じゃないと騎士になれないんじゃなかった?」


「そんな男が居るか! 男は基本、馬鹿ばかりだ!」


「ちなみにここに居る私と、この小さな女の子以外は男だけど?」


 ギロリ、とハインリヒを睨みつける竜達。そのまま再び土下座を繰り返すオッサン。四十歳とは思えない軽薄さだ。


「ねえねえ、のちぇー」


「ん?」


 するとハイデマリーがノチェへと何やら質問があるようだ。ここぞとノチェ先生はキリリとした顔に。


「じょうおうって、誰?」


「いい質問だ、ハイデマリー。この国、ローレスカには二人の女王が居る。まあ姉妹なんだが……事実上の実権を握っているのは姉の方だ。そこの男は、その姉の配下というわけだな」


 二人の女王……。この国が今、少しややこしい事になってるのは完全に、その女王の勢力が二分されているせいだ。


「姉の方は歴史を重んじるタイプでな。魔法使いなどに積極的に支援しているが……これも時代なのか、あまり国民には良く思われていない」


 むむ、それって……


「それって、今さら魔法なんて古いって事?」


「文明開化という奴だな。今更、普段から松明を掲げて歩く人間なんぞ珍しいだろう。ランプを使えばいい。実際、我々も火を起こすのにいちいち魔法なんぞ使ってない。マッチを擦ればいい話だ。まあ、魔法が廃れるのは当然と言えば当然だな」


 ここは魔法学校。未だ生徒はハイデマリーだけだけど、普段からそこまで魔法を使っていない。理由は……ハイデマリーの興味を一方に絞るためだ。今は野菜作りに専念している。ノチェの教育方針に皆従っている。


「しかし、そこで土下座を続けている男の言っている事が本当ならば、なかなか優秀な人材だ。騎士になる為には、魔法を弾く体質の人間である必要があるからな」


「魔法を弾く……?」


「試しに、その男に治癒魔法をかけてみろ。お前の魔法でも通じない筈だ」


 言われた通りに土下座男へと近づく私。体中に……なにやら鋭い突起物で付けられたような傷が。一体……何があったらこんな傷が……。


「ぁ、これシェバの噛み跡? 歯ブラシ替わりにされたのね、貴方」


「はむはむされたんだ……」


 そっと治癒魔法をかけてやる。しかしノチェの言った通り、傷は一向に塞がらない。私の治癒魔法なら、千切れた腕でも治せるのに。


「何これ……なんでこんな体質が騎士に必要なわけ?」


 再びノチェ先生へと質問。

 するとノチェ先生は男へと近づきながら


「騎士の役目は女王の護衛という当たり前の物とは別に……汚れ仕事も請け負っている。先ほど魔法使いを女王は支援していると言ったが、要は管理したいと言う事だ。危険な研究をしている魔法使いは始末する必要がある」


 ビクっと男が震える。そんなオッサンの目の前へとやってくるノチェ。


「さて、ここで一つの可能性の話だが……。この男、儂らを始末するために送り込まれたという線も捨てきれん。今は無様な姿を晒し続けているが……これは巧妙な作戦かも……」


「ち、ちが、違いますぅぅぅぅ! ほんとに女王をナンパしてボッコボコにされたあげく、放り出されたんですぅぅぅ!」


「……儂らに危害を加えに来たわけでは無いと?」


「当然ですぅぅ!」


「それを証明出来るか? 出来なければ……今すぐ立ち去れ。でなければ畑の養分になるか、そこの犬の胃袋に収まるか、どちらかだ」


 なんだか流石に可哀想になってきた。ノチェはたぶん……私のために言ってくれている。いや、私だけじゃない。ハイデマリーも、ここでの暮らしが出来なくなれば……


「おじさん、いいひとだよ?」


 すると予想外な所から予想外な言葉が。

 ハイデマリーがシチューを食べながら、そう言い放ったのだ。様子を見ていたアンジェロとダフィネルも意外そうにハイデマリーを見つめる。


「だって、ご飯のこさず食べたもん」


 ハイデマリーの言葉に唖然とする面々。しかし、そう言われてしまっては……頷くしかない。


「……ハインリヒ、聞け」


 しかしノチェは、そのオッサンに小声で話しかける。ハイデマリーには聞こえないように。


「あの子がお前の生命線だ。あの子の目から一粒の涙でも零れてみろ。その時はお前を犬の口に放り込む」


「……承知した……」


 普段温厚なノチェがここまで言うのは……珍しい。

 それだけ女王の所からやってきた……というこの男を警戒しているんだろう。

 まあ、しかしこれで、この男も愉快な仲間達の一員か。ハイデマリーを泣かすような事をしなければ……


「うぅ……辛いのが入ってたぁ」


 あぁ! ハイデマリーが唐辛子をまるごと!

 その目には……涙が!


「約束は違えられた……残念だ、騎士よ」


「え? いや、あれは違うでしょ!」


「なむさん!」


「ぎゃあああぁぁぁああ!」


 

 その体質に余程興味があったのか、ノチェは男に対して魔法を連発。それを見ていたハイデマリーは拍手喝采。他の面々もいつもより楽しそうなノチェを見て珍しい物を見るように眺めている。


 しかし、体質か。

 私の聖女としての力も……生まれ持った物。

 こんなものさえ無ければ……と幾度も思った。でも、今の私には必要な力だ。


 何よりも、ここの生活を守る為に。




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