裏・聖女と竜
竜と人間が共存していた時代、それは何千年も前の話だけど、それでも未だに存在し続ける街がある。
二つの異なる生き物が協力しあい、共通する言語を発明し、互いに互いを尊重しあった理想的な関係。でも神様はそんな竜と人間の関係が気に食わなかったらしい。ある日唐突に、その蜜月の時は壊れてしまった。
共通の言語も忘れ去られ、神様は人間に竜とは恐ろしい生き物だと刷り込んだ。そしてまた、竜にも人間とはこんなに残酷な生き物なんだと刷り込む。
しかしそんな神様でも、壊せない物があった。
竜と人が協力して作った街。
その街の名は、バルツクローゲン。
ここには、学校があった。もう廃校になってしまったけど、私達はまた、ここから始めるんだ。今はもう無くなってしまった、竜と人の関係を。
「最初の生徒はそいつか、豆粒みたいに小さいな」
「もう、何てこと言うの、ダフィネル。ほら、ご挨拶は? ハイデマリー」
私の腰に抱き着いている小さな子。目の前の竜を怖がっている。まあ当然か、いきなりダフィネルは怖すぎる。なんか翼に物騒な砲台みたいな物がたくさん付いてるし。
「ねえ、アンジェロとノチェは? ダフィネルは人相悪いからちょっと下がってて」
「酷い言われようだ。拗ねるからな」
「ごめんって」
その時、二匹の竜が飛んでくる。
小柄な、歯車で構成された翼を持つ竜。それとモッフモフな毛皮で覆われた白い竜も。
「待たせたな、シェバの奴が寸前で駄々をこねやがってな。海を渡るのが怖いとか言い出しおって……」
「仕方ないよ、シェバは飛べないもん」
小柄な銀色の翼を持つ竜は、大きな犬を抱きかかえていた。それをポイ、と地面に降ろすと、華麗に着地……するかと思いきや地面から頭に突っ込んでしまった。相変わらずドジなワンコだ。
「ちょっと! もっと優しく運んであげて、アンジェロ!」
「ごめんごめん、僕も早くその子に会いたくて……ねえ、早く紹介してよ、僕達の……最初の生徒!」
ダフィネルより一回り小さな竜、アンジェロは、地面からシェバを引き抜くと私の背後を覗き見る。ハイデマリーはそれから逃げるように、クルっと私の腰を掴んで回る。どうやらアンジェロでもダメみたいだ。まあ、小柄と言っても人間よりかなりデカイし仕方ない。
「少しずつ慣れていくしかないね。じゃあ……入学式しようか。私の国では、初めて学校に行った時はそれやるんだよ」
と言っても、竜達はピンと来てないらしい。
なら仕方ない。私が全部やってしまおう。
「ハイデマリー」
「……何?」
ハイデマリーを腰からひっぺ剥がして、真正面に。
「この学校で……何がしたい?」
ハイデマリーは可愛く悩みながら……首を傾げる。
「言い方が悪かったかな……何か、知りたい事とか……お勉強したい事、ある?」
「ある!」
元気よく手を上げるハイデマリー。
可愛いな、今すぐ抱きしめたい。
「それは……何?」
「お野菜つくりたい!」
それを聞いた竜の面々は爆笑しだした。唯一、真面目に聞いていたのは巨大なワンコのシェバ。
「新鮮な野菜は美味い。竜どもは雑草でも食ってろ」
「いや、すまんすまん。儂も賛成だ、まずは野菜だな。農業は知識の中心だ、何にでも使える。それこそ魔法にもな」
「魔法学校で、まずする事が野菜作りか。傑作だな、まずは土を耕さんとな」
「やる気マンマンじゃん、ダフィネル。じゃあ僕は道具を揃えるよ」
私達が始める魔法学校の方針が決まった。
まずは野菜作りから。
私はもう一度ハイデマリーを真正面から見つめる。その顔は竜達に怯えるのを忘れて、もう期待しかしてないといった表情。この顔が見たくて、私はこの子を引き取った。私のようにならないように。
「ようこそ、バルツクローゲン魔法学院へ! さあ、まずは野菜作りだ、ハイデマリー!」
「うん!」
竜と人が協力しあっていた時代は何千年も前だけど、そんなの関係ない。
私達は私達で、勝手に始めてしまおう。
ここから、始まるんだ。
聖女として生まれた自分の人生に復讐して、最後に残酷な神様に大声で言ってやろう。
私は幸せだった、ざまあみろって。




