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小柄な竜に恋をした、不器用な治癒術師 ~バルツクローゲン魔法学院、教師の職場恋愛物語~  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
本編

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第十七話 舞踏会

 マティアスは未だに夢を見る。それが悪夢なのかすら分からない、大戦時の夢。

 赤黒く染まった空は、アミストラの魔法使いが作り出した巨大な異界空間。それがいつ国を亡ぼすのかと、怯えながらローレスカの住民は過ごしていた。


 だがある日突然、その空は消滅した。異界を作り出していた魔法使いが倒されたのだ。それからしばらくして、アミストラの主戦力である聖女が狙撃された事が国中に広まった。それは戦争が終結する事を意味していた。事実、ローレスカとアミストラは休戦協定を結び、それから友好条約になるまで大して時間は掛からなかった。


 十歳の歳で徴兵されたマティアスは、十六歳になっていた。六年という月日を戦場で過ごした。その場所が彼の日常、常識と化す程に。マティアスが聖女だと気付いていた人間は、この時点で二名。一人は校長、もう一人はローレスカの二人居る女王の内の一人。


 もしもマティアスの世界が戦場で常識化されてしまえば、再び同じことが起きる。すなわち、アミストラで兵器化された聖女のようになってしまうのではないか、と二人は考えた。その結果、半ば無理やりにマティアスをバルツクローゲン魔法学院の教師として迎えたのである。


 


 ※




 色とりどりの装飾品で着飾られた舞踏会会場。すでに舞踏会は始まっていた。舞踏会と言っても、新入生を歓迎するための催し。生徒達は緊張しながらも、それぞれドレスやタキシードに身を包みパートナーと楽しいひと時を過ごしていた。


「マティアス先生、踊りませんか?」


 ヨランダのクラスの優等生、アリデルがマティアスを誘ってきた。彼女は黄色いフリルドレス。普段しっかり者で通っているアリデルにしては可愛すぎるデザイン。だがそのギャップがたまらないらしく、男子達から飛び込みでパートナー申請が止まらない状況。

 しかしそんな時、壁際で寂しそうにドリンクに口を付けている副担任を見つければ、思わず避難してしまう事は誰にも責められないだろう。クラスの人間ならば皆知っている筈だ、マティアスとヨランダをくっつけようという空気に。


「……悪い、俺は踊った事は無いんだ」


「大丈夫ですよ、みんな、踊ってるように見せかけて適当に体ゆらしてるだけですからっ!」


 マティアスのドリンクを取り上げ、そのままアリデルは一気飲み。しかしマティアスの飲んでいたドリンクは……なんとアルコール度300%! めっちゃ強い酒!


「あ、あるぇ? 目が……」


「アリデル……!」


 フラフラと倒れ掛かったアリデルを、抱きとめるマティアス。二人は視線を合わせながら、そっとアリデルはマティアスの顔についた傷をなぞるように指を伸ばした。


「マティアスせんせい……もう、許してあげればいいのに……オウエフェ……!」


 喉が焼ける……! と嗚咽を漏らすアリデルをお姫様抱っこしつつ、マティアスは急ぎ舞踏会の会場から出て、ポマさんの居る控室へ。そこではポマさんが生徒達のドレスの着付けをしていた。しかし勿論、カーテンはあるのでご安心を。


「ポマさん、申し訳ありません、生徒に誤ってお酒を飲ませてしまい……」


「あらあら、大変。とりあえずお水飲ませてあげて。マティアス先生の魔法で治せる?」


「やってみます……」


 カーテンからヒョコっと顔を出すポマさんの指示に従い、とりあえずアリデルを椅子に座らせ水を飲ませる。あんなに強い酒を飲んでしまったのだ。きっとアリデルの体は悲鳴をあげているに違いない。

 マティアスは治癒魔法を彼女の体へと施した。しかしいつもとは勝手が違う。傷があるわけでは無いのだ。効果があるのか分からない。


「アリデル……大丈夫か?」


「マティアス先生が……五人……八人? ぁ、十五人でふ……なんでサングラスに肉まん付けてるんですかぁ?」


 ダメだコレ……治癒魔法が効いていない! 早々に諦めたマティアス。すると先ほどまで閉まっていたカーテンが開かれた。ポマさんが出てくると思っていたマティアスは、開かれたカーテンの方を見て目を奪われてしまう。


「マティアス先生……アリデルちゃん大丈夫ですか?」


「…………」


 そこに居たのはヨランダ。真っ白なドレスに身を包み、普段は流している髪を編み込んでいる。レッサーパンダの髪飾りをワンポイントにしつつ、まるで花嫁衣裳かのような姿。


「マティアス先生?」


「ぁ、いえ……治癒魔法はかけたのですが……効果がないようで」


「マティアス先生の魔法は外傷に特化している節があるので……そうですね、私がやりましょう」


 マティアスは違和感を覚えた。今の姿のヨランダには、いつもあるものが欠けている。一つは……そうだ、ノチェだ。あの猫が首に巻き付いていない。しかしまあそれは理解出来る。ノチェとて、着替えているヨランダ先生の首に常に巻き付いているわけにもいかないだろう。

 そしてもう一つ……そう、あの巨大な本、ドラゴニアスが無い。


「ヨランダ先生、あの魔導書は……」


「あぁ、兄に一時預けました。元々、あの魔導書は兄の物なので」


「……兄?」


 なんと、ヨランダには兄が居たのか……と驚くマティアス。そして今の口ぶりからして、その兄はこの学院の中に居る? 何故か背筋が震えるマティアス。彼は本日、一大決心をしてこの場に居るのだ。すなわち、ヨランダを舞踏会のパートナーとするために。


 そのヨランダは、アリデルの頭とお腹辺りに手を当てて治癒魔法を行っていた。だんだんと、アリデルの真っ赤な顔色が収まっていく。マティアスは自分の修行不足を痛感した。逆立ちをしても今のアリデルには手の施しようがないと思っていたのに、ヨランダはいとも簡単に治してしまったのだ。


 やはり、ヨランダに自分は相応しくない。マティアスはそれを再確認してしまう。

 だがマティアスは成長していた。相応しくないのなら、成長すればいい。そして何もそれは一人でしなくてもいい、ヨランダが隣にいてくれれば、出来るような気がする。


 そうだ、自分はヨランダとなら頑張れる、そうマティアスは自分に言い聞かせつつ、甘え過ぎだと思いながらも……アリデルの治癒を終えたヨランダへと、決意の言葉を口にした。


「ヨランダ先生……俺と、パートナーになっていただけませんか?」


「あー、あとでいいです?」


 ……マティアスは石像になった。ジ・エンド。


「……? マティアス先生?」


「はっ……! す、すいません。えっと、あとで……というのは……」


「実は先客が居て……じゃあちょっと行ってきますね!」


 そのまま去ってしまうヨランダ。なんだかとてもウキウキしているように見えた。マティアスはその後ろ姿を見送る事しかできない。そしてその様子を見ていたポマさんは、必死に笑いを堪えている。


「……ポマさん、構わず罵って下さい……」


「あらあら、嫌だわぁ、大丈夫よぉ、ヨランダ先生、別にマティアス先生をフったわけじゃないと思うし。アリデルちゃんは私が見てるから、様子を見てきたら?」


「しかし……」


「いいから、アリデルちゃんも、もう少し休んだらまた踊れるわよ、舞踏会は始まったばかりなんだから」


 ほら、行った行った、と強引に追い出されるマティアス。しかし一大決心して言い放った言葉を、簡単に断られてしまった。いや、後でならいいと言われたのだから、まあ……と思いつつも動揺を隠せない。


 そのままパーティ会場に赴くも、先程よりも生徒の数が増えていた。皆、ドレスを着て本格的に参加し始めてきたのだ。すると目の端に見覚えのある人間……いや、妖精も一人。


「師匠! 踊ろう!」


「ちょ、振り回すなハイデマリー!」


 小さな子供のような妖精、レイチェルの両手を持って、クルクルと回るハイデマリー。二人とも普段とあまり変わらない服装。ハイデマリーは少し髪型を弄ってはいるが、レイチェルはそのままの姿だった。ちなみに二人とも、レッサーパンダのブローチや髪飾りを付けている。今流行っているのだろうか。


 そしてよく見れば、見知った教師陣がそれぞれパートナーと過ごしている姿が目に入ってくる。オズマはクリス先生と酒を飲み比べしており、校長は教頭と挨拶回り。そして魔法使いの中で得に変人扱いされている上級生のクラス担任、ロスタリカも狐耳の魔法使いと優雅に踊っていた。しかしロスタリカの表情はどこか渋い。


「…………」


 視線を巡らせるマティアス。無意識にヨランダを探してしまう。そしてチラリと白いドレスが見えた。彼の足はまるで誘われるかのように、そちらへと。


 ヨランダの姿を確認する。確かに男と共に過ごしていた。しかしその男は……マルティナが男に変身した姿。そのマルティナと目があったマティアスは、何故か恐ろしい殺気を勘じる。


(そういう……ことか……)


 ヨランダの言う先客とは、マルティナの事。そしてマルティナ自身は、マティアスのためにヨランダを確保していたのだ。その思惑が見事に外れてマルティナの前に姿を現した。なのでマティアスに対して


『お前は一体何をやっとるんじゃゴルァ!』


 という殺気を向けられても致し方ない状況。だがヨランダは楽しそうだった。楽しそうに、マルティナへと何やら質問攻めしている。


「さあマルティナさん! 約束は守りましたよ! その靴底の秘密、教えてください!」


「ア―ッ! ヨランダ先生、まさかそのために……申し訳ありません、急な腹痛に襲われたのでこれで失礼します……」


「えっ? マルティナさん?」


 ヨランダから離れるマルティナ。そしてマティアスの横を通り過ぎる際、思い切り足を踏んずけて行く。


「ごふっ!」


「しっかりしろよ、お前」


 腹痛を訴えているわりには、ズンズンとしっかりした足取りで去っていくマルティナ。その背中を残念そうに見送るヨランダは、傍で足を踏みぬかれて悶絶しているマティアスを見つける。


「マティアス先生? 大丈夫ですか?」


「……あ、あぁ、大丈夫です……ヨランダ先生……」


 幸い、骨には異常はないようだと足ふみする。そして再び真正面からヨランダを目にした。

 素直に綺麗だと思ってしまった。ヨランダが恋しい、それはもう疑いようのない自分の感情。


 自分が相応しいか、相応しくないか。そんな事はもうどうでもいい。今はとにかく、ヨランダの手を取りたい。そのまま何処か遠くまで行ってしまいたい、そんな衝動に駆られる。


「ヨランダ先生……」


「はい?」


「……綺麗です」




 ※




 マティアスは大真面目な顔で、ヨランダに向けて綺麗です、と言い放ってくる。ヨランダは……その時思い出してしまった、マティアスに対して抱いていた感情を!


 そう、ヨランダはマルティナの靴底の秘密に夢中になるあまり、マティアスへの感情を忘れてしまっていた! 


 マティアスはヨランダに一目惚れした。それをマルティナから聞かされた時、素直に本当に嬉しかった。人に好かれると言う事が、こんなにも嬉しい事なんだとヨランダは痛感し、そのままマティアスに対する感情が溢れてきた。


 それに加えて、マティアスからの「綺麗です」というセリフ。ヨランダの心臓はもう跳ね上がりっぱなしである。


「……ありがとう……ございます、マティアス先生……」


「……はい」


 ヨランダは動けない。マティアスの顔を直視する事すら出来ずに、ひたすら俯いてしまっている。するとそんなヨランダの視界に、マティアスの手が。


「一緒に……踊ってくれませんか? 俺は……踊った事ありませんが……」


「私も……無いです……」


 マティアスの手を取るヨランダ。ノチェの尻尾を焼いてしまったように、今の自分の体温はヤバいかもしれない、そんな事を思いながら。しかしマティアスの大きな手の中にすっぽりと入ってしまう程の……小さな手。マティアスは優しく包み込んでくれる。


 すると会場の雰囲気が変わった。それまで明るく豪華さを強調していた会場の証明が少し抑えられ、天井に星空が映し出された。それは異界生成だと理解するヨランダ。きっとロスタリカの魔法だろうとも。


 静かな、弦楽器の曲も流れ始める。特設されたステージで、楽器演奏が得意な魔法使い達が独特の旋律を奏で始めた。


「これは……いい曲ですね」


 マティアスはこの曲は何て曲だろうと、耳を傾け始めた。


「……これ、魔曲ですね……たぶんこのまま聞いてたら意識を失って操り人形に……」


「…………」


 魔曲だと気付いた軍人達が、ステージの上を制圧するまでにそう時間は掛からなかった。その騒ぎすらも余興だと生徒達は思っているが、それに乗じてヨランダとマティアスはバルコニーへと逃げ出した。


「あははっ! もう滅茶苦茶ですねっ、まさか伝説の魔曲を聞けるなんて……」


「そ、そんなに凄い物だったんですか?」


 息を切らしながらバルコニーへと逃げて来た二人。冷たい風が、今はどこか心地いい。


「今は失われた……古代魔法程では無いですが、もう弾ける人は居ないって言われてるくらいですから。でも研究してる魔法使いは居たようですね……」


「軍人の中にも魔曲が分かる人間が居たとは……制圧したのはクリス先生ですか」


「あの人なら知ってそうですね。なんだか雰囲気が凄いですから」


 なんだその理由は……とマティアスは思いつつも納得してしまう。クリス先生にはミステリアスな部分が多すぎる。オズマと仲がいい事も含めて。


「きっと披露したくて堪らなかったんでしょうね。悪気はないと思いますよ」


「まあ、貴重な物を聞けたのは……感謝しなくては」


 バルコニーから、舞踏会会場の空気を伺うマティアス。得に問題なく進行しているようだ。まあ、ここの教師陣の魔法使いが変人扱いされているのはいつもの事なのだから。


「マティアス先生、このまま……少し涼んでいきましょうか」


「そうですね……」


 そこはバルツクローゲン魔法学院の寮の一部。普段生徒達が寝泊まりしている部屋の、さらに上の階。そのフロアを全て使い切っての舞踏会会場。バルコニーからは、バルツクローゲンの街の灯り、そして星空が同時に見て取れた。


 ヨランダはマティアスを横目でチラ見する。自分に一目惚れした男を。

 そんなマティアスに、ヨランダは全てを打ち明けたくなった。自分は人間ではなく竜であるという事を。


 もしかしたら嫌われてしまうかもしれない。その恐怖は勿論ある。しかしそれ以上に、マティアスには全て明け渡してしまいたい、そんな風にまで思うようになっていた。

 

「ヨランダ先生」


 そんなヨランダへと、声をかけるマティアス。ついヨランダは、裏声で返事を。


「な、なんでしょう?」


「この間、俺の事を許してくれると……そういってくれましたよね」


 あの時の事だ。生徒達が街へ行ってみたいと言い出し、それに同伴した時。マティアスが戦争で戦い、手にかけた人間の話をされた時。ヨランダは確かにマティアスを許すと言った。


 今にして思えば、よくあんな偉そうな事が言えた物だとヨランダは反省している。しかし今更撤回する事など出来ない。いや、したいと思っているわけでは無い。ただ分かった風に言ってしまった事を、少し気に病んでいる。マティアスは戦争で深い傷を負っているのだから。


「ありがとうございます……ただ、それが言いたくて……」


「い、いえ……私も偉そうなこと言って……すみません……」


「……あの時の竜も、許してくれるでしょうか」


 ……竜? とヨランダは首を傾げる。


「戦場で……子供の竜を助けたんです。治癒魔法で……。あの時の竜がまだ生きていたら……いや、こんな話は……」


 ヨランダの目に涙が溜まる。


 探していた。ずっと探していたのに、いつのまにか頭の片隅に置くくらいになっていた。


 自分を助けてくれた人間。その人が切っ掛けで、自分は魔法を学び始めたのだ。一匹の猫の元で。


「……マティアス先生が……あの時の……?」


「……?」


 涙が止まらないヨランダ。そんなヨランダを、マティアスはそっと抱きしめた。


「どうしたんですか、ヨランダ先生……」


 声にならない。返事が出来ないくらいにヨランダは感情が溢れてくる。

 

 そんなヨランダを力強く抱きしめるマティアス。

 そして……内に秘めたヨランダへの思いを口にした。


「ヨランダ先生……好きです」


 いつかの別れの誓いが、約束が、今果たされたのだ。





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