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小柄な竜に恋をした、不器用な治癒術師 ~バルツクローゲン魔法学院、教師の職場恋愛物語~  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
本編

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第十六話 竜と兄

 ドレス作りの基本、それはブラッシングである。


「ほわあああぁぁあ……!」


 もふもふな妖精達のブラッシングをして、採取した毛を紡いでいくのだ。ヨランダは犬を。ポマさんはパンダをそれぞれブラッシング。


「ローゼリッタさん……なんてサラサラな毛並み……柔らかくてフワフワ、モフモフン……」


「ありがとう。でもヨランダ先生、モフモフならいつも首に巻いてたじゃない。あの白猫でモフモフン満足度は常にマックス状態だと思っていたのだけれど」


「いやぁ~、ノチェとはまた違ったモフモフンなので、私の満足度ゲージは容量どんどん増えていくので心配しないでください!」


 巨大なワンコの妖精、ローゼリッタ。どのくらい大きいのかといえば、軍用の大型トレーラーと同じくらい。ゼルガルドなどを運搬する際に使用する車両だ。ちょうど、現在バルツクローゲン魔法学院の敷地内に場違いなトレーラーが駐車されているがそれはさておき


「もう結構な量が取れたわね。また毛が増えてきたら頼むわ、ヨランダ先生」


「あぁ……もう至福の時間が……」


 名残惜しそうにブラシを置くヨランダ。しかし既にシートの上には大量の毛が。ヨランダよりも大きな山となって積まれている。


 その毛へと、ポマさんが棒を突っ込みクルクル。そのまま専用の機械に巻き込むと、器用に糸を紡ぎだした!


「ポマさん、魔法使わないんですね。その機械……なんですか?」


「ふふ、実は私、昔紡績やってたの。この機械はお土産に貰ったものよ。魔法を使ってもいいけれど、ヨランダ先生のドレスだもの、出来れば手作りがいいわ」


 そのポマの言葉にムっとするローゼリッタ。妖精にとって魔法で道具を作るのは当たり前だ。しかしそれは手作りではないと言われたような気がして……いや、まさにそう言ったのだが、ポマに大して抗議しだした!


「ポマ、魔法は手作りではない根拠は? 今だってポマは機械を使ってるじゃない。それって……真の手作りと言えるのかしら」


「あら、いつになく挑戦的ね、ローゼリッタさん。そう言われみればそうね。じゃあ折角だから……真の手作り勝負といきましょうか」


「のぞむところよ」


 なんか急に謎の勝負が始まったと、ヨランダは立ち尽くすしかない。しかしそんなヨランダへと、お茶を入れてくれるパンダ。


「気にしないで、いつもの事なのよ」


「あ、どうも……いつも、何かしらの勝負を?」


「そうそう。二人とも職人肌なのね。自分のやり方を貫き通したいのかしら」


 自分のやり方を貫き通す。ヨランダは何故かマティアスの事を思い浮かべてしまった。マティアスが生徒達へ厳しく指導するのも、また職人肌の面があるからだろうか。思わず怒ってしまったが、マティアスにとってすればヨランダのやり方は甘いのかもしれない。


 しかし、だからと言ってマティアスのように生徒に厳しく接するなど到底無理な話。ヨランダは飴を与える事しかできない。それはいつか生徒達を傷つける事になるかもしれない。ヨランダ自身、兄に厳しく育てられてきたからこそ、今の自分があると実感出来ていた。


「パンダさんは……どちらのやり方がいいと思います?」


「んー、私も妖精だから、どちらかと言えば魔法でやっちゃうタイプね。でもポマさんの手作りも好きよ。というか、妖精は鉄にあんまり触りたくないから、出来ないっていうのもあるんだけどね」


 いつしか、ポマさんが糸を紡ぎ、それを織って布にしていくローゼリッタ、という分担作業が確立していた。勝負はどこへ? と疑問に思う暇もない。あっというまにブラッシングで採取した毛は美しい布へと。


「ふー、こんなもんかしら」


「なかなかの出来栄えね」


 ガシィ! と前足で熱い握手を交わすレッサーパンダと犬。肉球同士が衝突し、未知なるパワーが生まれた気がした。


「さて……じゃあヨランダ先生、採寸しましょ。服全部脱いで脱いで」


「ぁ、はい、じゃあ……よっこいせ」


 ドラゴニアスを床へと置くヨランダ。しかし少し不安になる。ヨランダはドラゴニアスの魔法を常時発動させながら変身魔法を駆使し、現在の姿を確立していた。ドラゴニアス無しで変身魔法を使うと、何故かもっと小さな子供になってしまうのだ。ちょうどマルティンのように。


「どうしたの? ヨランダ先生」


「あ、いえ……私、この魔導書を手放すと……竜の姿に戻っちゃうという特殊能力がありまして……」


「特殊能力というより、明らかな修行不足だ、ヨランダ」


 するといつのまにかその場にマルティンが!偉そうに腕を組みながらふんぞり返っている!


「……! お兄様! あ、いや、マルティン君!」


「ヨランダ、ドラゴニアスを使って変身魔法を使うなら、誰の為に何になりたいのかを思い続けろ。ドラゴニアスは何よりも心のありようを顕現させる魔導書だ」


 突然始まった兄による魔法講義。何故ここに? と言う間もなく、マルティンはヨランダの置いたドラゴニアスへと手を触れる。


「望めば望む程に魔導書は力を貸してくれる。あとは足元をすくわれないように修行を積むのみ」


「……え? お兄様……?」


 みるみるうちにマルティンの姿が子供から青年へと変貌していく。あどけない顔だったマルティンが、一気にマティアス程の年齢までに成長する。


 そしてドラゴニアスから手を放すマルティン。ヨランダは兄の変身魔法が完璧だと嫌でも分かった。自分のように常に発動させているわけではない。


「お兄様……ど、どうされたんですか、いきなりそんなお姿に」


「フェオドラと婚約する事に決めた」


「へー……って、ええええぇぇぇ! ちょ、フェオドラちゃんは私の生徒なんですが!?」


「何か問題が?」


「問題しか無いわ! 教え子が自身の兄と婚約すると聞いて黙ってる教師がいると思ってんですか!」


「許せ。フェオドラは俺の嫁にする。文句があるなら……かかってこい」


「くぅ……お兄様……! 怖いけど……フェオドラちゃんを取り戻すためならば、私はその決闘、受けて起ちましょう!」




 ※




 いきなり勃発した兄妹喧嘩。場所は学院の中庭の広場。マティアスが生徒達と走り込みをした辺りだ。


「お兄様……ルールは?」


「お前は何をしてもいい。俺は魔法は一切使わない。勝敗は……そうだな、俺の髪を一本でも焦がしたら勝ちにしてやる」


 その言葉にヨランダは覚醒した! 兄とはいえ、ここまで舐められては黙っているわけにはいかぬ! と。ヨランダはドラゴニアスを掲げ、そのまま巨大な魔導書を開いた。


「お兄様、私、手加減はしません」


「そうか。じゃあ俺は思い切りしてやる。人差し指以外は使わん」


 ええ加減にせえ! とヨランダは古代魔法の詠唱を始めた!


『私は愚者の奇跡、その一端に触れる者。己の理想のために突き進む。貪欲な我が王よ、貴方なら理解してくれると信じていたのに』


 ヨランダの手の平にマッチ程の炎が宿る。観戦していた魔法使い達は戦慄した。その炎は古に人間へと与えられたと言われている天使の炎。

 ヨランダは兄を心から尊敬し、信頼している。だからこそ全力で、魔法を叩きつける事が出来る。


 その炎は創造を目的とした力。だが使い方次第では当然破壊も出来る。しかしヨランダは教師として、生徒達に正しき道を示さねばならない。魔法は破壊と殺戮を目的として編み出された秘術ではあるが、人間はそれを創造に転換し続けてきた。ここで破壊に戻ることなどあってはならない、教師として。


「いでよ……最強の我がしもべ! ほわほわデブにゃんこ!」


「……なん……だと」


 驚愕する兄。炎は炸裂すると同時に激しい光を放った。そして光の中から現れたのは……ヨランダに抱っこされる巨大なでぶにゃんこ!


「意味が分からん……」


 きっと読者も分からない。そんなメタ発言はさておき、召喚されたほわほわ・デブにゃんこは真っ白な毛をモフモフさせながらヨランダへと甘えてくる。もっと強く抱っこをしろ、我が身を包みこむように抱擁するのだと言わんばかりに!


「ふふ、どうですか兄さま」


「一応聞いておこう。何がだ、ヨランダ」


「余裕ぶっちゃって……。羨ましいんでしょう? さあ、負けを認めてこっちに来れば、抱っこさせて……」


 

 その様子を見ていたギャラリーの中。

 レイチェルは、弟子であるハイデマリーへと一言。


「ハイデマリー、防壁を張ってやれ。全員死ぬぞ」


「あ、はい」


 ハイデマリーは懐から花の種を出すと、それを数粒、中庭の地面に落とすように。するとみるみるうちに種は成長し、ヨランダ達とギャラリーの間に壁を作るように。

 まるでそれを待っていたかのように、マルティンは……いや、ダフィネルは咆哮する。


「ヨランダ……兄を舐め腐った事、後悔するがいい!」


「え? あ、いや、兄さま、人差し指しか使わないって……」


「あれは冗談だ!」


「なんてやつだ!」



 ダフィネルは変身魔法を解き、ヨランダに向かって思い切り魔法を放とうとしていた。しかし、ハイデマリーの防壁の隙間を縫って、ヨランダとダフィネルの間に入る人物が。


 そう……フェオドラである。


「え? フェオドラちゃん、危ないから戻って!」


「フェオドラ……」


 その姿を確認したダフィネルは一気に怒りを鎮めた。フェオドラが泣きそうな顔をしつつも、しっかりとダフィネルと目を合わせて、何かを訴えるようにしていたからだ。


「マルティン君……ヨランダ先生を虐めちゃだめ……たしかに、ちょっとムカついたかもしれないけど……」


「ちょ、フェオドラちゃん?!」


「でも、ヨランダ先生はとてもやさしい先生なの、だから許してあげて、マルティン君……!」


 フェオドラの言葉にダフィネルはあっさりと退いた。先程まで露骨に出していた殺気を沈め、青年の姿でフェオドラへと近づくとお姫様抱っこ。


「フェオドラ、俺の髪を一本抜け」


「……うん」


 言われた通りに髪の毛を一本抜くフェオドラ。するとダフィネルは爽やかな笑顔と共に「俺の負けだ」と呟いた。


「そういうわけだ、ヨランダ。俺はフェオドラに完敗した。なのでフェオドラの指示に従おうと思う」


「え、ちょ、意味わからんのですが、お兄さま! フェオドラちゃんの指示って……」


 フェオドラはダフィネルの首へと思い切り抱き着きながら、満面の笑みで言い放つ。

 


「私、マルティン君と……結婚します」



 


 後日、ヨランダは語る。


 自分は兄に負けたのではない、フェオドラの笑顔に敗北したのだ……と。

 

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