第十四話 竜と思い出
少し考えれば分かる事だ。マルティナ少尉は俺とヨランダ先生をくっつけようとしている。わざわざ変身魔法で男になっているのも、俺を鼓舞するためだろう。
思えばバルツクローゲンに来たのは昔の上官、現在の校長に誘われたからだ。最初は授業で怪我をした生徒を診る人材が欲しいと言われ、ここに来た。だが蓋を開けてみれば、そこには尋常でない警備と、魔法使い達。
そしてその魔法使い達は、驚いた事に大半がアミストラの人間だった。さらに言えば、多くが十年前の戦争で前線に立った者達。あの悪魔と言われた聖女と共に。
そのメンツを揃えたのはレイチェル先生だという。そのレイチェル先生も元々はアミストラ出身で、現在は妖精。何がどうなってそうなったのかは分からないが、何故かレイチェル先生は俺に良くしてくれる。週一で共にお茶を飲むのは日課になっていた。
『体の調子はどうだ? ちゃんと飯は食っているか? 何か相談事があれば、まず私に言えよ』
勿論彼女とは、ここに来るまで会った事は無い。しかし何故かレイチェル先生は俺に対して、親友か何かのように接してきてくれる。別にそこに不満などあろうはずは無いが、何故そこまで俺を気にかけてくれるのか、ずっと聞けずにいた。
俺は前に進む必要がある。生き残った戦友は既にそれぞれの道を歩みだしていた。いつまでもここに留まっているのは俺だけだ。
だからここに来た。この……庭園の小屋に。
レイチェル先生はここを管理する庭園の魔女、ハイデマリーの師匠だ。見た目は幼女なのに、中身は既に五十代。ミステリアスな存在ではあるが、今の俺にとって頼りになる人物でもある。
バルツクローゲン魔法学院の片隅に、ひっそりと建つ小屋。その周りに野菜が栽培されている。不思議と、この庭園には木の怪物も他の魔法使いも寄り付かない。
小屋の扉の前で深呼吸を二つ。何を緊張しているのだろうか。
理由は……そうだ、あの名前だ。
『エルネという女性に心当たりはあるか?』
ノチェに言われた女性の名前。それ自体に聞き覚えなどない。初めて聞く名だ。しかし何故か、他人とは思えない感覚に襲われた。エルネ、その女性はもしかして自分に関わりのある人物かもしれない。そして何故か、レイチェル先生ならば知っていると思った。レイチェル先生は知り合う前から、俺の事を知っている節があったから。
扉をノックすると、中からレイチェル先生らしき声で返事が。そっと扉をあける。すると中にはレイチェル先生と……
「うーむ。やはり転生前よりムチムチしてるな、お前」
「ワフ」
ムチムチの子犬を天井から吊るしてモフモフしているレイチェル先生。なんだろう、何かの儀式か何かだろうか。とりあえず犬を下ろしてあげてほしい。
「なんだ、マティアスか。どうした?」
「いえ、何をしているんですか?」
「犬のドレスを作るから採寸しろとポマに言われてな。こいつはメスだし、可愛いのを着せてやりたいしな」
「そうですか……。とりあえず下ろしてあげてほしいのですが……」
「大丈夫だ、別に首吊らせてるわけじゃない。で、ほんとにどうした。お前から来るなんて珍しいな」
「……少し、相談したい事がありまして」
相談、という言葉を口から出すと、レイチェル先生の目が鋭くなる。不味い、なんだか逃げたくなってきた。別に悪い事をしているわけではないのだが。
「なんだ、相談って。あぁ、ちょっと待ってろ、お茶淹れる」
「ありがとうございます」
キッチンにある台へと乗りながら、お茶を入れてくれるレイチェル先生。
彼女は妖精だと言う。元々は人間だったが、ある事を切っ掛けに妖精の国へと迷い込み、そのまま妖精へと転生したんだとか。御伽噺の言い伝えでは、妖精の国に居続けると妖精になってしまうというが。
「ほい、なんかの葉っぱ」
「ありがとうございます」
なんかの葉っぱのお茶を一口。美味しいが……妙に甘いな。ヨランダ先生が喜びそうだ。アイスコーヒーに砂糖を沢山居れていたし。
「で、なんだ?」
「……実は、ある人の事を尋ねたいのです」
「ある人? なんだ、改まって。もしかして噂のお前の初恋の相手の事か?」
っぐ……そういえばマルティナ少尉はレイチェル先生にもばっちり伝えたと言っていた。もうこの人も知っているのか。
いや、それはさておき
「エルネ……という女性に心当たりはありますか?」
「……誰から聞いた?」
一瞬、表情を強張らせるレイチェル先生。しかしなにか諦めるかのように、小さく溜息を吐きながらお茶に口を付ける。
「ノチェ……ヨランダ先生が連れている白猫から……」
「あいつか……。気になるのか? その名前が」
「……なんというか、他人とは思えないというか。俺に聞き覚えはありません。しかし……なんといったらいいのか」
「他に何か言ってなかったか? 私とお前の仲だ、隠し事は無しだ。私も聞かれた事は全て答える」
「……俺の治癒魔法に古代魔法の形式が混ざっていると……」
すると大きく溜息を吐くレイチェル先生。
「そうか、バレたか……当然と言えば当然だが」
「一体、なんなのですか?」
「マティアス、もう一度確認するぞ、私はお前に対して隠し事はしない。嘘もつかない。私がこれから話す事は全て真実だ。いいか?」
「はい」
レイチェル先生はそれまで半身だったのを姿勢を正すように。俺も自然とそれに習うように背筋を伸ばす。
「三大聖女は知ってるな」
「……ええ。先の大戦で猛威を振るった魔女の事ですよね」
「そいつも確かに聖女だった。だがこの国には、二人、既に確認されている。一人は私の弟子、ハイデマリーだ」
二人……? あの魔女が……いや、聖女が二人確認されている?
その内の一人がハイデマリー……成程、誰もこの庭園に近づきたがらないわけだ。この国の人間ならば、聖女なんていう存在には二度と関わりたくないだろう。
「そしてもう一人。お前だ、マティアス」
「……はい?」
「そして聖女は転生し、必ず世界に三人存在する仕組みになってる。んで、お前の前世の名前がエルネという女性だ。以上、納得したか?」
「申し訳ありません……話が突飛すぎて正直……」
「だろうなぁ……」
レイチェル先生がそう言うのだ、それは真実なのだろう……いや、全然俺は納得も自覚も、正直まだ話が半分も頭の中に入っていないが……
いや、しかし……俺が聖女だと言うのなら……
「待ってください、俺は……暴走するのですか?」
ヨランダ先生が言っていた。聖女は古代魔法の知識を潜在的に持つ存在。だからまともな魔法使いは、聖女を見つけ次第殺してしまうと。
「なんだ、結構勉強してるな。大丈夫だ、安心しろ。暴走の兆候が見えたら私が抑えてやるよ」
「そんな事が……いや、しかし魔法使いは聖女を殺すと……」
「その辺の奴なら殺すしかないだろうな。だが私はハイデマリーの暴走を抑え込んだ経験がある。コツは掴んだから心配ない」
「ハイデマリーが……暴走?」
なんだ、いつのまにそんな危険な事に……
「あの子が暴走したのは大戦時だ。ここにアミストラの魔法使いが攻め込んできた時にな。幸い、私には古代魔法の知識があったし、その上、妖精だったんだ。妖精はいいぞ、魔法使いたい放題だからな」
「……レイチェル先生は、もしかして私の前世を知っているのですか?」
「あぁ。この不愛想な私が、珍しく友人になれるかもしれないと思った、数少ない人間の一人だ。他でもない、私が殺してしまったような物だが」
「だから……俺に良くしてくれたのですか? その……罪悪感が……」
こんな言い方はレイチェル先生に失礼かもしれない。しかし聞かずにはいられない。
「まあ、最初はそうだったよ。罪滅ぼし……というか、もう一度会いたいと思って、お前を血眼で探そうと思ってた。でもひょっこり……校長があっさり連れてきたからな。これは運命だと思うだろ」
「運命……ですか」
「ドキっとしたか?」
「ええ、心臓が破裂するかと……。それで、最初は、という事は今は違うのですか?」
「嘘が下手糞すぎだろ……。まあ、そうだな、今は違うよ。今は……マティアスという、私以上に不愛想な奴とお茶を楽しみたいと思ってる。さっきも言った通り、私はお前に対して嘘はつかない」
それは真実なのだろうか。
まだ俺の中に、エルネなる人物を見ているのでは……。
いや、だからどうした、別にいいじゃないか。俺はエルネという自分の前世に嫉妬しているのか?
「で? その不愛想な男は恋を享受出来るのか?」
「……ヨランダ先生は……なんというか、その……」
「可愛らしい人だしな。おまけに優秀だ。この短期間でお前が聖女だと見破ったんだからな」
「やはり、ヨランダ先生は優秀な方ですよね……俺とはくらべものにならないくらい……」
「お前も十分優秀だよ。聖女と言っても、誰も彼もが治癒魔法をあの高みで仕えるわけじゃない。エルネもお前も、人間の体の構造を見て学んだんだ。エルネは自分の体を生きながら解剖され……お前はお前で戦場でいくつもの死体を見て学んだといった所か」
「……俺の前世は……一体、どんな目にあっていたんですか」
「聖女の宿命さ。どこぞのアホが、聖女の体の構造は普通の人間と違うとか思ったんだろ。そんなわけないのにな。聖女なんて古代魔法の知識だけもった、ただの人間だ。違いはそれだけだ。くらだん。人間は誰しもが違う生き物だ、エルネを解剖した奴は、この星の人間全てを解剖しないと答えに辿り着けない事に気づいていたのかね」
なんだろう、矛盾している気がするのに、妙に納得してしまうような気がする。
「エルネは……どんな人物だったのですか?」
「聞きたいか? 長くなるぞ?」
構わない、と頷く俺に、レイチェル先生は語ってくれた。
エルネという……人物について。そのまま次の日の朝になるまで、たっぷりと……。




