第十三話 竜と軍人
マルティナにとってマティアスは弟分のような物。
年齢的にはマティアスの方が上だ。しかし士官学校を出て上官となったマルティナは、事あるごとにマティアスにちょっかいを掛けている。
最初に言っておくが、それは恋しているわけではない。マルティナにとってマティアスは放っておけない子犬のような物。いつかの戦場で泣きそうな顔で小さな竜を治療するのを、マルティナは見守っていた。
泣きたければ泣けばいい。そう思いつつも、言葉には出せない。
マルティナは思った。マティアスは心を殺している。意図的に、精一杯自分の心の扉を閉ざしているのだ。それを無理やりこじ開けるのは意味のない行為。どうせすぐに閉められてしまう。マティアス自身が開けようとしない限り、無駄なのだ。
バルツクローゲン魔法学院へ来た後も、マティアスは相変わらずだった。自慢の治癒魔法で顔の傷を治せばいいのに、わざわざ生徒に見せつけてビビらせているのは、他人と距離をとりたいからだろう。
まだ奴は扉の奥に引っ込んでいる。マルティナは心底呆れていた。マティアスは大戦の英雄と言われたレイバール隊の衛生兵。唯一戦死者を出さなかったという伝説は真実だ、何故ならマティアスが一人残らず治癒してしまったのだから。
彼はそれを悔いているという。自分が治癒したことで、レイバール隊の誰かを戦わせ続ける結果になってしまったと。
マルティナは心を大にして言いたかった。マティアスへと、もうこれでもかと大声で叫びたかった。
『ブワァァァァァカ!!!!! あの隊に、そんなまともな人間が居るわけねえだろうがぁぁぁぁ!!!』
かつてオズマが所属していた隊。そのオズマよりも、その隊には変人が揃っていた。奴らにそんな気遣いなど、するだけ無駄だと往復ビンタを食らわせながら叫びたかった。
しかしそれはもう、しなくても済みそうだと少しマルティナは寂しそう。世話のかかる弟は、少しずつ心の扉をあけようとしているのだから。
★☆★
舞踏会に残り一日と迫った日。マティアスを焚きつけて、なんとしてもヨランダを舞踏会に誘わせなければならない。しかしあの男をどうすれば動かす事が出来るのか。ヨランダに気があるのは誰の目から見ても明らかなのだから、比較的簡単だと思われる。しかしマティアスは女性経験どころか、これが初恋なのだ、きっと体のいい言い訳を自分にしながら、舞踏会の日は部屋に閉じこもる可能性大。
そこでマルティナが考えたのは、他の男がヨランダに言い寄ってきたら、流石に焦りだすのでは? と変身魔法で男になり、ヨランダとイチャコラする事に。それをマティアスに見せつけるのだ。もうこれでもかと言うくらいに。
早速と、マルティナは男に変身し、昼食時の職員室へと潜入。そしてヨランダを食事に誘おうと……
(って! ヨランダ先生何処?! 居ねえ!)
職員室で挙動不審に首を左右に振ってヨランダを探すマルティナ。するとそこに教頭先生が現れた!
「マルティナ少尉。何をしているのですか?」
「はぅ! レイス大尉!」
「もう私は軍人ではありません。ここは教員職以外は立ち入り禁止の筈。というかその姿は何です? 貴方は男装趣味があったのですか?」
「いや、違うのです! なんというかその……これはその……というか、何故私だとバレたのでありますか! 今は完全に男なのに!」
「知らない顔の軍人が、いきなり職員室に居たら警戒するのは当然でしょう。よくよく観察すれば、細かい所作などで貴方がマルティナ少尉だという事は明白。さあ、白状なさい、何を企んでいるのですか?」
教頭はかつての戦場で素手で戦車を叩きつぶした化物。強化人間でも、魔道士でもない、ただの人間。にも拘らず、その鍛え抜かれた肉体で鉄の塊をただのガラクタへと変えてしまう。ぶっちゃけ、現役の軍人が束になったところで敵わないだろう。オズマですら教頭の前では一歩引くくらいなのに。
そんな教頭に恫喝され、マルティナは素直にペッラペラ白状していまう。マティアスから軍事機密にしてくれと言われた内容も全て、余す所なく。
「……なんと破廉恥な」
「はぅうぅっぅ、そんなご無体な……。しかしレイス大尉……じゃない、教頭! マティアスの危機なのです! どうかお見逃しを!」
「生徒達へ異性交遊を禁じている教職員が、自ら積極的に職場恋愛することを許可しろと? あり得ません。どうしてもというのならば、私を薙ぎ倒していきなさい」
それこそ不可能だ、とマルティナはドン引き。しかしそこで疑問に思う事があった。そもそも舞踏会は男女ペアが原則。それは校長が決めた事だという。異性交遊など破廉恥だと断言するような教頭が、何故舞踏会の男女ペアを認めているのか。
「そういえば……教頭は誰とペアを?」
「……誰でもいいでしょう、貴方には……関係ないですことよ」
いきなり口調がおかしくなる教頭。マルティナは、まさか……とかまをかける事に。
「そういえば、校長はレイチェル先生がお気に入りのようですね。ダンスにも誘っていましたよ?」
「……うっ……」
すると教頭が膝から崩れ落ちた! なんということだ、完全に嘘なのに、とマルティナは即座に発言を撤回。レイチェル先生を冗談半分に校長が誘っていたのは事実だが。即フラれていた。
「まさか教頭……校長先生の事を? まだ貴方、四十代にもなってないじゃないですか、何故あんなお爺ちゃんを……」
「黙れ小娘!」
「ひぃ!」
「年齢など関係ありません! 私の愛は……この乙女心は……そんなもの、簡単に超えてしまうのです!」
おおう……と教頭に対するイメージが崩れていくマルティナ。鉄の女から、乙女に変わった瞬間だった。
「では……マティアスの事も理解くらいは出来るのでは? 奴はチャイルドソルジャーとして徴兵されたせいで、まともな青春を送れなかったのです、その責任は当時……バリバリ現役だったあなた方にもあるのでは?」
「そこまで言うのなら……仕方ありません」
瞬時にキリリとした態度に戻る教頭。クイっと眼鏡を直しつつ、先程床についた膝は少し赤くなってしまっている。
「マティアス先生に関しては……不問としましょう。しかしヨランダ先生は貴重な存在です。まともに話が出来る魔法使いなど、そうそう居ませんからね。くれぐれも慎重に、逃がさないように」
「了解しました……」
※
なんとか教頭の許可は得た。あとはヨランダが何処に居るか。昼食なのだから職員室で食事しているのだろうと思っていたが、本日は快晴。外で気持ちよくピクニックでもしているのかもしれない。
「しかしこの学校の中庭……馬鹿広いし……なんか木とか襲ってくるし……」
襲ってきた木を薙ぎ倒して、庭師に叱られた事があるマルティナ。襲ってきたのだから仕方ないと主張したものの、ただジャレついてきただけだと庭師は言われた。なにはともあれ、それ以来あまり中庭には近づいていない。
「というか、マティアスに見せつけないと意味が無いし、ヨランダ先生だけを見つけた所で……」
「私に何か御用でも?」
すると突然背後から声を掛けられた! その人物はマティアス本人。マルティナは警戒しつつ数歩下がる。今は男の姿だ、教頭には見破られたが、マティアスにはそう易々と見破られるわけにはいかない。
「あー、ンッン゛……。君がマティアスか」
「……はい? まあ、そうですが」
「ヨランダ先生を狙っているそうだな」
首を傾げるマティアス。マルティナは作戦変更だと、直接マティアスに挑戦状を叩きつける事に!
「舞踏会に……私はヨランダ先生を誘おうと思っている。貴様などには渡さん!」
「はあ」
反応うっす! とマルティナは思うが、今更後には引けない!
「余裕ぶっこいてても無駄だ、すぐに言うからな、今すぐにだ。早くしないと私とヨランダ先生で楽しく舞踏会を過ごしてしまうぞ」
「そうですか」
ええい、なんだこの男は! とマルティナは怒り心頭! しかしすぐに冷静を取り戻す所は軍人だ。コホン、と咳払いしつつ、捨てセリフを。
「ではな。せいぜい、さっさとヨランダ先生を誘う事だ。でなければ、私が奪ってしまうぞ、フハハハハ!」
そのまま去るマルティナ。最後までマティアスの反応は薄かったが、これだけ言えば流石に朴念仁でも焦りだすだろうと。
しかし当のマティアスは……
「……マルティナ少尉……」
ばっちりその正体に気づいていた。
★☆★
そしてマルティナが探し求めるヨランダは何処に居るのかと言えば……ポマさんと一緒に、またしてもお芋を食べていた! 焼いているのは勿論アミュ。
「まったく……なんでまた俺が……」
「アミュちゃんの焼くお芋が一番美味しいからぁ」
ポマさんの言葉にまんざらでもないアミュは、頬を赤くしつつツンデレ気味に、おかわりを差し出していた。
舞踏会まで残り一日。果たしてマティアスはヨランダを無事に誘えるのか。




