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小柄な竜に恋をした、不器用な治癒術師 ~バルツクローゲン魔法学院、教師の職場恋愛物語~  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
本編

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第十二話 竜とお説教

 真夜中の冒険から帰宅した生徒達を待っていたのは、何故か半泣き状態のマルティナ。ぐずぐずと鼻をすすりながら、目を真っ赤にしつつ涙を堪えている。


「マルティナ少尉……? どうされました?」


 心配したマティアスが尋ねる。するとマルティナはマティアスの肩へと手を置き、大きく数回頷く。

 それだけでマティアスは察した。あの時、ヨランダとの会話を影から聞かれていた事に。


「……マルティナ少尉。貴方が見た物を軍事機密に指定したいのですが」


「承諾した。限られた者にしか開示しない事を約束する」


 ダメだ、言う気満々だ、と諦めるマティアス。恐らく明日には、オズマにクリス先生は確実に把握してしまっているだろう。

 するとポマさんが出迎えに現れた! 可愛いモフモフの尻尾を揺らしつつ、しかし違和感しかない腕組みポーズ。一応、怒っている、というアピールらしい。


「ふんふん、むんっ! こらきみたち、もうとっくに門限は過ぎてるわよ!」


 ポマさんの強烈な恫喝に、生徒達はニヤニヤが止まら……いや、怯えるので精一杯。皆、下唇を噛みしめながら必死ににやけるのを耐えている。


「ま、まってください、ポマさん! 私が誘ったんです! 夜のバルツクローゲンの街も見ておきたいと思って……!」


 ヨランダが生徒達を庇うようにポマさんの前へと立ちはだかる!

 しかしポマさんは容赦しない。大きく頬を膨らませながら、怒ってるのポーズを続ける。生徒達は自らの下唇を噛みちぎらんと必死になっている。もはやこれは何の拷問だと、いつかのホームルームを思い出しながら。


「ポマさん、ならば私に提案が」


 するとクソ真面目な軍人、マルティナが挙手。ポマさんは頬を膨らませたまま、コクリと提案を発言することを許可。


「ヨランダ教諭、私と二人きりで恋バナ……もとい、お説教を食らってもらいます。それでよろしいですね?」


「マルティナ少尉……」


 マティアスは諦めきった顔で大きく溜息を吐きつつも、マルティナに手を引かれて連れていかれるヨランダを見送る事しかできなかった。


「はいはい、お説教はおわりよ。もう私にあんまり心配かけさせないでね」


 ポマさんは怒ったポーズを解き、生徒達の下唇を解放した。その後、生徒達は謝りながらポマさんを囲み、モフモフしまくるのであった。




 ※




 マルティナの私室へと通されたヨランダ。そこはポマさんの魔法で……ではなく、正真正銘、バルツククローゲン魔法学院の寮のようだ。

 一言で言えば殺風景な部屋。机と、数冊の本、それにクローゼットに酒瓶が数本入った棚。本当に寝るだけの部屋のようだ。


「あの、マルティナさん……私はどのようなお説教を……」


 マルティナはブルブル震えながら、もう我慢出来ないとヨランダへと抱き着いた! 


「ぐおおおおおおん! ヨランダ先生! ヨランダ教諭! ヨランダ校長!」


「校長ではないですが! どうしたんですか?!」


「よくぞ……よくぞ、あのカタブツ……もとい、頑固物を口説き落としてくれました!」


 一体何のことだと首を傾げるヨランダ。しかしマルティナはお構いなし。


「あのセリフはしびれました……! 私だけは許します……って! なんなんですか、あれは! 私を悶絶死させるつもりですか!」


「も、悶絶死?」


「あぁ、それにしても……両想いだったなんて! 良かった、本当に良かった……」


「……両想い?」


 首を傾げ続けるヨランダ。しかしマルティナは止まらない。


「思えばこの数日間、気が気じゃなくて……。マティアスが人を好きになるなんて、天地がひっくり返っても有り得ない事だと思っていたので……。でも安心しました。奴も人の子なんですね……」


「あ、あのー……」


「大丈夫です! マティアスはあの通り少し捻くれた性格していますが、根はいい奴なんで!」


「は、はぁ……」


「でも本当に良かった……マティアスが一目惚れしたのがヨランダ先生で……。私もヨランダ先生なら大賛成です! 可愛いし、優しいし、可愛いし!」


「…………」


 みるみるうちにヨランダの顔が赤くなっていく。

 一目惚れ。マティアスが、ヨランダに一目ぼれ。その言葉が頭の中で反芻している。


 ヨランダは鈍感な方だが、恋愛の知識が皆無なわけでは無い。これまで恋愛小説の類は読み漁ってきたし、自分で経験はなくとも他人が他人に恋する所を見た事もある。ノチェと出会ったばかりの頃は、よく子守唄のように大昔の恋愛物語を聞かせて貰った程だ。


「マティアス先生が……私に、一目惚れ……?」


「……ヨランダ先生?」


 ヨランダはこれまでのマティアスの顔や仕草を思い出していた。

 無表情なマティアス、さらに無表情なマティアス、これでもかと無表情なマティアス。

 しかし時折見せる優しい笑顔、生徒を見守る暖かい視線、そして……つい先ほどの、涙。


「う、うあぁぁぁあぁぁああ!」


「ヨランダ先生?!」


 いきなりヨランダは床でゴロゴロ転がりだした! そう、ようやく気付いたのだ! マティアスの気持ちに!


「嘘……え? 一目惚れ? え、いつ? あのとき? 初めてあった……私がぶつかって……」


「え、あの、ヨランダ先生……まさか……」


「いやいやいやいやいやいやいやいやい! 無い、無いです! 絶対無いです! マティアス先生が私のことなんて絶対眼中にないです! だって、だって! マティアス先生、滅茶苦茶カッコいいもん!」


 さらにゴロゴロ転がりながら、自らを使って床掃除をするヨランダ! まあ、マルティナの部屋はポマさんが隅から隅まで掃除しているので、ホコリ一つ無いが。


「落ち着いてください! ヨランダ先生! っていうかごめんなさい! し、知らなかったんですね……」


 ピタ……と回転を止めるヨランダ。そのまま顔だけマルティナへと向けつつ、その場で蹲るように。


「ほ、本当……なんですか……いや、嘘ですよね、絶対無いですよ、だって、あのマティアス先生が私の事を……」


 マルティナは蹲るヨランダへと視線を合わせるようにしゃがみ込むように。顔を覗き込むようにすると、顔を真っ赤にしながら目を潤ませているヨランダの顔。今すぐ抱きしめて頭をなでなでしたい気持ちを抑えつつ、マルティナは懺悔するように


「ヨランダ先生、申し訳ありません……。しかしマティアスが貴方に一目ぼれしたと言うのは……真実です。奴ほど分かりやすい生き物はこの世に居ません。これで間違っていたら私は腹を斬ります」


「じゃあそうしてください……」


「そんなご無体な……」


 反省するマルティナ。ついつい興奮のあまり口が滑ってしまった。

 しかしヨランダはマティアスを意識しまくっている。これはこれで結果オーライなのかもしれない。

 

 だが、意識するあまり、ヨランダがマティアスを避けまくってしまったら?

 不味い、それは非常に不味い。マティアスは泣いてしまうかもしれない。


 そんな時、マルティナは新入生歓迎の舞踏会、その開催が迫っている事を思い出した。


「ヨランダ先生、マティアスから……その、舞踏会について何か言われましたか?」


「舞踏会……? いえ、何も……」


 あの馬鹿……! おたんこなす! と思い切り頭の中でマティアスをリンチするマルティナ。もう舞踏会の開催は二日後に迫っている。このままではヨランダは別の男に取られてしまうかもしれない。ならば……


「ヨランダ先生、舞踏会……どうか、私と一緒に踊ってくださいませんか?」


「……え? マルティナさんと?」


「ええ、こう見えて私は魔導士です。変身魔法も使えます。このように……」


 魔道士。人間を殺傷する魔法に特化した軍人。しかしマルティナはヨランダの目の前で、小声で詠唱するだけで美男子へと変身してみせた。その姿はどことなくマティアスに似ている。元のマルティナよりも身長は高め、金髪の長髪、そして女性と間違える程に綺麗な顔……というか、元は女性なのだが。


「如何ですか、ヨランダ先生」


「は、はひ、凄いですね……変身魔法を詠唱だけで……」


 変身魔法は中々に高難度な技術とされている。実際、ヨランダも、そしてその兄、ダフィネルも自在に使いこなせているわけでは無い。ダフィネルは幼年期の少年に。そしてヨランダもドラゴニアスが無ければまともに変身魔法が使えない。


「見直しましたか? ヨランダ先生」


「はい……はぅぅぅぅ、恋してしまいそう……」


 そう、それが狙いだ。元は女性だと分かっているなら、警戒心も薄くなるだろう。そしてマティアスに似せたのも、彼を意識させるため。マルティナの作戦はヨランダにクリティカルヒット。あとは、あのカタブツのヘタレに、ヨランダを誘わせるのみ。それが一番難しい気もするが。


「ではヨランダ先生。舞踏会の日、開けておいてくださいね」


「はぃぃぃぃ……」




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