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小柄な竜に恋をした、不器用な治癒術師 ~バルツクローゲン魔法学院、教師の職場恋愛物語~  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
本編

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第十話 竜と昔話

 大書庫。そこは壁一面に本棚が敷き詰められている。天井が見えない程に高い塔で、見上げても壁が見えない程の本、本、本。

 その大半は魔導書だ。一体ここにどれだけの本が保管されているのか、それは誰も知らない。管理している人間ですら、正確な数は把握していない。


 その理由は成長し続ける塔と、それに合わせて何処からか本が召喚され続けているからだ。その召喚術を作ったのは妖精だと言う。


 妖精は基本的に人間を餌程度にしか認識していない。しかし認められた人間には、これでもかと言うくらいに奉仕する。ちなみにポマさんはそのレベルではない。ポマさんは妖精王と同等の権利を分け与えられている。


 

 マティアスとヨランダは大書庫へと入り、テーブルの上へと本を。そのままヨランダへと椅子を勧めるマティアス。すると、どこからともなく……エプロン姿のパンダが現れた!


「いらっしゃーい。なんにします?」


「えっ、メニュー表? じゃあ、アイスコーヒー……」


「私も同じ物を」


「はいはーい」


 何故喫茶店のノリなのか。ヨランダは首を傾げる。するとマティアスがその疑問に答えた。


「ここは授業が行われている間、教師向けの休憩所としても使われているんです。あのパンダ……あの方は妖精王の側近、七大騎士の一人だという話です」


「めちゃくちゃ偉い人じゃないですか? そんな人にアイスコーヒー頼んじゃった……」


「接待が好きらしいので」


 ヨランダは辺りを見渡した。綺麗に本棚へと収められた、まさに本の壁。いや、本の津波がそこまで迫っていると感じた。見上げても見えない天井、そこまで本が敷き詰められている。崩れてきたら助かりそうにない。しかしヨランダが見る限り、本棚にも魔法が使われていた。拘束術のようだ。しかしこれだけの本を抑え込み、尚且つ常時発動させ続ける。間違いなく人間技ではない。


「ここの妖精は……随分と人間に対して寛容というか……協力的なんですね」


「全てポマさんのおかげです。彼女は妖精王に「一生かけても返せない恩が出来た」と言わしめる程の……何かがあったようで」


 妖精は当然ながら寿命など無い。あるとしたらこの星が亡ぶくらいの時だろう。そんな彼らが一生という単語を使う辺り、ポマさんはとんでもない恩を妖精に売った事になる。


「シチューが美味しいからじゃ無かったんですか?」


「どうやらポマさんは……妖精に対して何をしたのか覚えていないらしく……。また妖精王も無理に思い出させようとは考えていないようです。ですからシチューが美味しいから、週一で食わせろ、という仮の契約を持ち出したのだとか」


「ポマさん、一体何したんですか? 正直、妖精がそこまで人間に気を遣うなんて、これまで無かった事ですよ。たぶん歴史を振り返っても……せいぜいが泉から剣を出してプレゼントしたとか程度で……」


 するとパンダの妖精、七大騎士の一人がアイスコーヒーを二つ持ってきた!

 ちゃんと角砂糖とミルク付き。ヨランダには小さなケーキもくれる。マティアスには無い。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます……」


「ポマさんのお話してた? ポマさんについては私達も口止めされてるから言えないんだけど……彼女は間違いなく恩人よ。妖精王はポマさんの為なら何だってするわ」


「もしかして……ポマさんに恋したとか……?」


 アイスコーヒーに口を着けていたマティアスは思わず吹き出した。あらあら、とパンダはエプロンのポッケから出したハンカチを貸してくれる。マティアスは当然自分のハンカチを持っているが、素直に借り受ける事に。


「恋とは少し違うかも。でも惚れ込んだって意味では合ってるかもね。まあ、必要以上に探るのはお勧めしないわ。妖精王は恥ずかしがり屋さんだから」


「はあ、わかりました……」


 それだけ言ってパンダは奥へと引っ込んでいく。マティアスはアイスコーヒ―をブラックで半分程飲んでいた。ヨランダも置いていかれないように、角砂糖を二つ、ミルクもたっぷり。


「マティアス先生、ところで相談って?」


 ヨランダはアイスコーヒーを一口。マティアスも残りを一気飲みし、呼吸を整えるように深呼吸しつつ


「実は前々から考えていたのですが……ここの教師を辞めようかと……」


「あぶっ!」


 今度はヨランダがコーヒーを吹き出した。マティアスは今度は自身のハンカチをヨランダへと。


「あ、ありがとうございます……って、ダメ! 絶対ダメです!」


「……ありがとうございます、そう言って頂けると嬉しい限りですが……」


 ヨランダは机へと乗り出して訴えていた。気づけばマティアスの顔の前まで。思わず顔を真っ赤にして顔を逸らすマティアス。


「マティアス先生、絶対ダメですからねっ、教師をやめるなんて……神が許そうものなら私の兄さまに噛み砕いてもらいます!」


「そ、それは……大事ですね……」


 マティアスが辞めるなどありえない、と思っているヨランダ。何せ聖女なのだ、ここから出て自由にしてしまったら、本格的にいつ暴走するか分からない。せめて自身の目の届く範囲内に居て欲しい。


「……なんで、やめようなんて……」


 席に座り直すヨランダ。マティアスは空になったアイスコーヒーへと手をかけ、氷を口の中に。そのままボリボリ噛み砕きながら心を落ち着かせる。


 マティアスが辞めようとしている理由。それはヨランダだ。ヨランダに初恋をしてしまったマティアス。しかし想いを伝える事など出来ない。拒否されようがされまいが、マティアス自身、そんな資格は自分にないと感じていた。戦場で多くの人命を奪った自分に、人並みの幸せなどいらないと。

 だがそれを馬鹿正直に言えるわけもなく、マティアスは嘘にならないように本当に悩んでいる事を打ち明ける事に。


「……まあ、教師に向いていないと感じてまして。ヨランダ先生も呆れたでしょう。私に出来る事と言えば、体力を付けさせる事くらいです」


「いいじゃないですか。そんな事出来るの、マティアス先生くらいですよ。ここの魔法使いがどんな授業してるか、まだ私は見てませんけど……見るからに体力無さそうだし、三メートル走ったら息切れするくらいの人達ばかりでしょうし」


「ここは魔法学校です、走り込みの授業など……必要ないでしょうに」


 ヨランダはアイスコーヒーをストローで飲みつつ、どうすればマティアスを説得出来るものかと思考する。要するにマティアスは自身にコンプレックスを抱いているのだ、と考えるヨランダ。あの治癒魔法は見事だったが、古代魔法を模した物など生徒に教えれる筈がない。マティアス自身もほぼ才能で行使している。理屈など理解していないだろう。

 つまりはマティアスは生徒に教えれる魔法が無い、と悩んでいるのだ。


(これは……チャンスなのでは? マティアス先生には間違いなく才能がある。聖女云々を抜きにしても、独学で治癒魔法をあそこまで高めれるのなら……)


 マティアスの年齢で魔法を制御出来ない聖女は漏れなく殺さなければならない。魔法を制御する術を学んだとしても遅すぎるからだ。しかしマティアスには才能がある。治癒魔法限定だが、古代魔法を駆使している事は間違いないのだから。


「なら、私が教えます」


「……はい?」


「私が、マティアス先生に魔法を教えます。私の専門は古代魔法ですけど……マティアス先生には合ってると思います」


「古代魔法……いえ、私はそんな……」


「マティアス先生、他言無用でお願いしたいんですけど……さっきの治癒魔法、実は古代魔法の形式が混ざってました」


「……? それは一体……私は古代魔法など学んだ事は……」


「独学で、と仰ってましたよね。実は稀に、そういった天才が居るんです。ノチェに言わせれば、ただの畸形だってなじると思いますけど、それはそれで凄い事だと思うんですよ」


「よんだか?」


 テーブルの上に、タン、と乗る白猫! ノチェが現れた!


「のちぇええええええええ!!!!!」


「ぎゃああああああ!!!」


「会いたかったよぉぉぉぉ! 首が寒くて寒くて……! うおぉぉぉぉん!」


「分かった、分かったから! 熱烈な頬ずりをするな!」


 ヨランダの首へと、いつものように巻き付いてやるノチェ。ヨランダはようやく収まる所に収まった、と言いたげにノチェの温もりを堪能する。


「ふふふ、おかえりノチェ。そういえばマルティン君は?」


「まだ話し中だ。長くなりそうなんて抜けてきた」


 誰と? と尋ねるヨランダに、ノチェは「旧友だ」とだけ伝える。その視線は上に向いていた。この天井が見えない大書庫の上に、誰かいるのだろうか。そういえば管理している人間がいると聞いていたが、まだ妖精のパンダしか見ていない。


「で、お前達は何の相談をしていたんだ? 古代魔法がどうとか、物騒な単語が出てきたようだが」


「あぁ、ちょうどいいや……実は……ゴニョ・ゴニョ・モフフン」


「成程。生徒に教えれる魔法が無いと。しかしマティアス先生の治癒魔法は古代魔法を模していて……って、ええぇぇえええええ?!」


 珍しくノチェがビックリし過ぎて目が飛び出ている。ヨランダはそんなノチェの気持ちは凄い分かると思いつつ、落ち着かせるように背中をナデナデ。


 そのままヨランダの耳元へと耳打ちするノチェ。


(ちょっと待て! 古代魔法の治癒って……聖女でしかありえないだろ!)


(そうなんだよ、びっくりだよね……)


(……まさか)


「マティアス先生、つかぬ事をお伺いするが……」


 突然畏まってマティアスへと何か聞きたそうなノチェ。


「はい、なんでしょう」


「確かヨランダと同い年だったな。誕生日は?」


「申し訳ありません、私は孤児ですので……しかし私は赤子の頃、冬に教会のシスターに拾われたと聞きました」


「冬……」


 ノチェが冷や汗をかいている。ちなみに猫は肉球から汗のような分泌液を出して体温を調整する。


「どうしたの、ノチェ。肉球がしめっぽいよ?」


「うるさい、ちょっと黙ってろ」


「クゥーン……」


「マティアス先生、エルネ……という女性に心辺りはあるか?」


 突然のノチェの質問にマティアスは顎に手を置き考える。どこかで聞き覚えがあるような無いような、不思議な感覚に襲われた。しかし明確には思い出せない。


「……いえ、初めて聞く名です」


 そのマティアスの反応に、ノチェはほぼ確信した。

 マティアスは……あの聖女の生まれ変わりだ、と。


「なんということだ……運命など信じていなかったのに……こんな事が起こりえるのか……」


「どうしたの、ノチェ」


 そして再びヨランダの耳元で呟くノチェ。


(ヨランダ、このことはダフィネルには言うな、ワシから話す)


(え? う、うん)


 そのまま可愛くコホン、と咳払いするノチェ。そのまま、キリリとした顔付きでマティアスへと顔を向ける。


「で、魔法を学びたいとの事だが……マティアス先生なら数日あれば並みの魔法使いくらいには使えるようになるだろう」


「え、本当?!」


 マティアスよりヨランダの方が反応がいい。勿論、マティアスも内心驚いているが。


「ほぼ感覚で扱っているのだろう。基礎的な知識を叩きこむより、ガンガン魔法を行使した方がいい。試しに……その空のグラスに水を満たしてみせるのだ。ヨランダ、手本を見せてやれ」


「え? うん」


 するとヨランダはノチェの尻尾を軽く、つまむようにして持つ。そして呪文とともにノチェの尻尾を杖代わりに!


「もふもふ、もふりん、もふりんりん」


「ワシの尻尾を杖代わりにするな」


 すると、グラスへ満たされる……アイスコーヒー。パンダの妖精がおかわりを注いでくれた!


「はい、猫ちゃんにはミルクね」


「ぁ、どうも……」


 そのまま去っていくパンダ。三人ともに苦しそうに眼を合わせながら、思わず笑ってしまった。

 

 これはある意味、大成功の魔法だ、と。



 

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