オフ会相手との第一声は無難なのにしておけ
そして日曜日。前日に早めにゲームをやめて寝た翔太は、休日だというのに、平日よりも早い時間に起きていた。
前日の内に準備は全て終わらせてある。荷物も用意したし、着ていく服はハンガーにかけて出してある。
「遂に今日か……」
向こうから会いたいと言ってきたことで、翔太の中にあったネカマなんじゃないかという不安はなくなった。もし自分から会いたいと言ってきてネカマだったら、翔太はこれから一生全ての人を信じられなくなるだろう。
だが、リアルのレインがどんな人なのか。もし会って想像と違う人が来たらどうしようかと、当日になって翔太の心に少し不安が生まれていた。
◇◇◇
『おはよう。今日はよろしく』
早めに家を出た翔太は、駅に向かって歩いている間、レインと連絡をしながら、今日一日のプランを見直していた。
と言っても、高校生の翔太にできることは限られてくるから、何か特別なことをするわけじゃない。
だが翔太なりに、レインに喜んでもらえるように計画は練ってきた。
『よろしく!楽しみすぎて早起きしちゃったよ!』
『俺もだ』
『早く会いたいなー。ショーは?』
『俺も早く会いたいよ。楽しい一日にしよう』
『うん!』
「着いたな。集合場所はあの時計塔か」
集合時間の一時間前に、翔太は集合場所の駅に着いた。流石に早すぎると翔太自身も思っているが、レインに会えると思うと、家でじっとしていられなかった。
「って。これじゃわかんねえな」
集合場所の時計塔には、大勢の待ち合わせ中と思われる男女がいて、この中から初対面の相手を探すのは、流石に無理だろう。
『先に俺の服装教えとくね。黒のシャツにグレーのパーカー。黒のチノパンね。目立たないから見つけにくいかも』
『私は白のブラウスに茶色のスカートね。黒髪ロングだよー』
もう服装を決めてあるのか、もう移動中なのか、返信はすぐに返ってきた。
『おっけー。じゃあ着いたら教えて』
『もう着いてるよー。時計塔の近くは人多いから横にあるコンビニにいるよー』
「なっ……マジか」
翔太は集合時間までの一時間。のんびりと待つ時間を楽しもうかと思っていたが、自分よりも先にレインが来ていることに、レインも楽しみにしてくれていたのかと翔太は嬉しい気持ちになった。
『わかった。俺ももういるから今から行く』
翔太の心拍音は、周りの環境音をかき消せるほどに大きくなっていた。遂にレインと会う。顔どころか、声すら聞いたこともないが、ゲーム内で結婚している相手。
『わかりやすいようにコンビニの看板の前に立ってるねー』
レインからの連絡を確認して、翔太はコンビニに向かった。コンビニの前にある看板には、確かに黒髪ロングの女性が、看板に書いてある広告を眺めていた。
看板の方を向いているから顔は見えないが、背は翔太よりも少し低いくらいだろう。
他に看板の前にいる人はいない。
あれがレインだと分かった瞬間。ただでさえうるさかった心拍音は、爆発するんじゃないかという程に大きくなった。
(まずい。一言目どうしよう……)
最初の一言目。格好つけたら寒いし、失敗して噛んだら恥ずかしい。普通に挨拶しようにも、初対面なのに結婚している相手に対する挨拶なんて知らない。
翔太がレインの前に着くまであと数歩。それまでに、一言目の挨拶を考えないといけない。
「よ、よおレイン……初めまして……」
結局、たどたどしくも普通の挨拶になった。
翔太の挨拶に、レインは勢いよく振り返った。
「初めましてショー!…………え?」
「れ、レイン……なのか……?」
振り返ったレインの顔を見て、翔太は固まってしまった。その顔は見覚えのある顔で、自分が絶対に関わることはないだろうと思っていた相手だったからだ。
「桜麗華だよな……?同じクラスの」
「確か……。小野……翔太君だったかしら?美化委員よね」
翔太のネ友であり、結婚相手でもあるレインは、同じ学校で氷のアイドルと呼ばれているの桜麗華だった。
「と、ととととりあえずここにいるのもなんだし、どこか移動しないか?」
予想外の事態に、翔太は自分で考えていた今日一日のプランを、頭の中で思い出せなくなってしまった。そしてそれは、レイン……麗華の方も同じようで。
「そ、そうね。少し落ち着きたいわ。そこのファミレスにでも入りましょうか」
◇◇◇
「……で、桜さん。ファミレスに来たのはいいんだが、どうして隣なんだ?普通向かいか、四人席なら対角に座るんじゃないか?」
近くにあったファミレスに二人で入り、お好きな席へと言われた二人は四人席に座った。だが、翔太が先に座ると、その横に麗華がさも当然のように座った。
普通は向かいに座るだろう。夫婦やカップルでも、隣に座るのは相当熱々な人たちくらいだ。
「私たちは結婚してるのよ。初対面でもこれくらいは普通でしょう?」
「いやいや。えぇ…………」
レインが麗華だということすらまだ呑み込めていないのに、初対面で当たり前のように横に座ってきた。混乱しきった頭のせいで、翔太はもう事前に考えていたことを全て忘れていた。
「と、とりあえず向かいに座ってくれないか?あの桜麗華が隣に座ってたら緊張する」
「……そう。わかったわ」
少し残念そうにしながら麗華は移動した。そして翔太の向かいに座ると、メニュー表を開いてテーブルの上に置いた。
「本当にレインなのか……。あの桜麗華が?」
「ええ。ショーの嫁のレインよ。本当にすごい偶然よね。まさか私のショーが同じクラスだったなんて」
「なんだ私のショーって……。でも本当にレインなんだな……。ゲームのイメージとは違ったけど」
ゲームの中のふわふわのんびりと、明るく楽しいキャラと、現実でのクールな、氷のアイドルとまで呼ばれている麗華が同一人物というのは、にわかには信じがたい。
「そういうショーはゲームの中とあまり変わらないわね。あと、私のことは麗華って呼んで。現実でその名前を呼び合うのも変でしょう?」
「確かにそうだな。じゃあ俺のことも翔太って呼んでくれ」
「わかったわ…………翔太君」
「ッ!……」
自分の名前を呼ばれただけで、翔太の心の中は言い表せないほどの幸福感で満たされた。
あのレインがリアルで、自分の名前を呼んでくれた。たったそれだけだが、それが翔太にとってはこの上なく嬉しく、幸せなことだった。
「これからもよろしくな。麗華」
「ッ!……!え、ええ。よろしくお願いするわ」
それだけ言うと、麗華は頬を赤らめて俯いてしまった。
そして、翔太も自分が言ったことが恥ずかしくなってしまい、二人の間には気まずい沈黙が流れた。
「せ、せっかく入ったんだし何か食べるか。確かスイーツは好きだったよな?」
「ええ……でもどうしてそれを?」
「昔雑談してる時にちょろっと言ってた気がしてな。合っててよかった」
「……そ、そう。ありがとう」
二人はそれぞれ違うパフェを注文し、パフェが来るまでの間、ぎこちないながらも会話を広げていた。ただ、お互いまだ会ったばかりだからか、出てくる話題はゲームに関することばかりだった。
「そういえば、麗華の家って……」
翔太はこの前、隣の部屋から麗華が出てきたのを思い出した。
その時は相手がただのクラスメイトだったからそこまで気に留めなかったが、相手がレインとなれば話は別だ。
「翔太君の部屋の隣ね。なのにこれまで気づかなかったなんて……」
「ほんとだな。毎日のように一緒にゲームしてたし、多分朝家出る時間も帰ってくる時間もほんの数分くらいしか変わんないだろ?それで気づかなかったって……」
二人はつい先日までお互い隣だと知らなかった。
なのに、二人の家を出る時間から着く時間までほとんど同じ。これで気づかないというのは、二人があまり他人に興味を示さないからだろう。それにしても不自然すぎるほどの確率だが。
「そうよね。翔太くんはいつからあそこに?」
「一年前だな。高校入学と同時にな」
「私も同じくらいね。本当に何から何までって感じね」
「ああ。ほんと運命だよな。ここまで来ると」
「どうせ隣なら、結婚しているのだしいっその事同棲なんてのもいいかもしれないわね」
「なっ!?……ゴホッゴホッ」
突然麗華の口から同棲なんて言葉が出て来て、翔太は思わず食べている途中のパフェを吐きかけてしまった。
「ふふっ。冗談よ。まだそれは早いわよね」
「まだって……」
いつかはするつもりなのだろうか。確かに二人はゲーム内で結婚しているが、それで同棲というのは距離が近すぎるんじゃないだろうか。
「でも、隣に住んでいるのなら、これから色々とお世話になりそうね」
「色々って?悪いが俺は家事に自信はないぞ」
「まずは一緒に登下校かしら?隣同士で結婚しているのに、一緒に行かない方が不自然でしょう?」
「ま、まあ。それはそうかも……?」
麗華がさも当然のように結婚という言葉を使ってくることにも、翔太は慣れて来ていた。
「あとは……ご飯も当然一緒よね」
「ああ……え?待て。今なんて?」
「結婚しているんだもの。当然でしょう?」
「え……?いや……」
麗華がそれが世界の常識かのように言ってくるせいで、翔太は一瞬自分がおかしいんじゃないかとすら思ってしまった。だが、すぐに正気を取り戻した。
「いやいや。確かにゲームでは結婚してるし、昔からの仲だけど、こっちじゃ出会って数日だ。まだそれは……」
「そうかしら?私は三年間毎日のように何時間も遊んできた相手となら、それくらい当然だと思うのだけど。流石に一緒に寝るのはまだ恥ずかしいけれどね」
ここまで麗華と話してきて、翔太の中に小さな違和感が生まれていた。どこか麗華と価値観にズレがあるような、決定的な何かが違うような気がしていた。
「ま、まあでも。ご飯くらいなら……。いいのか?俺は切る焼くしかできないぞ」
「安心してちょうだい」
「麗華は料理できるのか?」
「当然よ。翔太君のために、一生懸命練習してきたもの」
自分のために練習してきたと言われ、翔太の心の中では嬉しさよりもギリギリ怖さが勝った。
ゲーム内で結婚したのはつい最近だし、今日まで声すら聴いたことが無かった。そんな相手のために、料理を練習することができるだろうか。しかも、それを言う麗華の表情は、嘘偽りを一切感じさせない、純粋すぎる目をしていた。
「そ、そうなのか……。それは楽しみだな」
「ええ。明日にでも作るわね」
「そ、そうか……ありがとう」
ゆっくりと食べながら話をしたおかげで、翔太の心はだいぶ落ち着き、今の状況も完全にではないが飲み込むことができた。
「そろそろ出ようか」
「そうね。予想以上に長居してしまったわね」
一時間近くファミレスにいたせいで、翔太の考えていた計画は、完全に機能しなくなってしまった。
「これからどうする?観光でもしようかと思ったんだが、住んでるところ一緒だし、もしつまらなさそうだったら他のことにするが」
「そんな……。私のためにどこに行こうか考えて来てくれたのかしら?」
「ああ。その……。レインにがっかりされたくなかったからな。それに、は、ははは、初デートみたいな……もんだし」
恥ずかしがりながらもそう言うと、翔太はすぐに熱くなった体を冷やすために残っていた水を全部飲んだ。
「…………うう……」
「ど、どうしたんだ!?」
店を出るために立ち上がっていた麗華が、突然元の席に座って、持っていたハンカチで流れてくる涙をぬぐい始めた。何の心当たりもなく、突然泣き出した麗華に対して、翔太は全く状況が分からずに、おどおどとすることしかできなかった。
「ご、ごめんなさい……。つい、感極まってしまって……」
「そ、そうか。落ち着いたら言ってくれ。俺もちょっと喉乾いた」
結局、二人がお店から出られたのはそれから三十分後だった。
今回の話題は、実体験みたいなものです。格好つけて話しかけに行くと、後で笑いのネタにされたりします。それはそれで面白いけど。
☆が★になるとハッ〇ルダンスします。




