デート中の食事と言ったらあれだよな。あれ。
「じゃ、何か買うか。麗華は何食べるんだ?」
「そうね……。私はうどんにするわ」
二人はショッピングモールに着いて、まずはフードコートに昼食を食べに来ていた。結構な広さのフードコートで、様々な店が大手から地方展開のお店まで、何でも食べられるラインナップになっている。
「おっ。いいな。じゃあ俺もそこで買うよ」
二人でうどん屋へ行き、それぞれ違ううどんを注文し、呼び出しベルを貰って、二人で席を取りに行った。
「あそこ空いてるな。あそこにするか」
お昼時だからか、フードコート内は混んでおり、二人は数分探して、やっと二人席を確保できた。
「翔太君。本当に良かったのかしら?」
「何がだ?」
「お会計。私の分も一緒にしたじゃない」
「いいんだ。いつも麗華にはお世話になってるからな。うどんくらいじゃ返しきれないくらい美味しい物食べてる」
二人でうどん屋に並んでいたが、先に並んでいた麗華が注文を言い、お会計になった瞬間。翔太が被せるように、「自分のと一緒で」と言い、無理やり麗華の分も支払った。
「そう……。わかったわ。じゃあ、ここは翔太君に甘えることにするわ」
「それはよかった。てか、一応デートなんだから、格好つけさせてくれ」
「ふふ。普段から十分かっこいいわよ」
ビー、ビー、ビー。
「おっ。俺取ってくるよ。ここで待っててくれ」
話をしていると、二人の手元にあった呼び出しベルが振動しながら鳴った。
翔太が一人で二人分のうどんを両手に持って席まで戻ると、麗華はスマホで何かをしていた。
「お待たせ。はい」
麗華の前にきつねうどんを置き、自分の前には肉うどんを置いた。麗華は翔太に気づくとすぐにスマホをしまい、目の前のうどんに視線を向けた。
「ありがとう。そういえば、こうして二人でしっかりと外食するのは初めてよね」
「あー。そういえば確かにそうだな。オフ会の時はとりあえずで入ってパフェ食べただけだし、あの日の夕飯は麗華が作ってくれたからな」
「「いただきます」」
二人は無言でうどんをすすっていた。麗華の料理だといつもどんな感情よりも美味しいが先に来る翔太だが、良くも悪くも普通のうどんには、感想よりも先に、食べている途中に喋ったら汚いということが先に来ていた。
「美味しいわね」
「へえ。麗華って普通にそーゆーこと言うんだな」
「ええ。美味しいもの。翔太君は美味しいと思わないの?」
「うーん……。俺、最近舌が肥えてきたみたいでさ。どうしても麗華の料理の方が美味しいって、思っちゃうんだよ。このうどんも美味しいけどさ」
どうやら翔太の胃袋は、既に麗華にガッチリと掴まれて、離れないらしい。どんなお店の料理よりも、今では麗華の料理の方が美味しいと本心で言える自信が翔太にはあった。
「嬉しいことを言ってくれるわね。それじゃあ今度、うどんを作ろうかしら」
「それは楽しみだ」
「別に、うどんは茹でるだけなのだから変わらないわよ」
「いやいや。麗華が作れば絶対美味しくなるって」
「なら作るわ。明日にでも作ろうかしら」
「おっ、いいな」
二人はうどんを食べ終わると、一緒にお盆をカウンターに返しに行き、そのままフードコートから出て、映画館に向かっていた。
「楽しみだな、映画」
「ええ。そういえば翔太君はあの監督の作品、見ていたわよね。どうだったのかしら?」
「一言で言うなら、ヤバかったな。あれは常人が作れる作品じゃないと思ったよ。ああいうのを芸術だって言うんだなって、そう思った」
今日までの数日間。翔太は毎日今日見る映画の監督の過去作を見た。最初は一番有名な物を見て、次に有名な物という順番で見ていたが、どの作品も面白く、翔太はこの数日ですっかりファンになっていた。
「麗華は映画館でポップコーン食べる派か?」
「うーん……。私、あまり映画館には来ないから気にしたことが無いのよね」
「そうなのか?」
「ええ。前に桃花と来たことがあるのだけど、その時は二人で半分ずつして丁度良かったくらいだわ」
映画館に着くと、二人は予約していたチケットの引換に行った。
引換を済ませて、それぞれ飲み物だけ買うと、もう開いていた会場内に入った。
そしてチケットに書いてある席の前に来ると、麗華の動きが止まった。
「翔太君。これって……」
二人がこれから座る席には、本来あるはずの席と席の間のドリンクホルダーが無く、その代わり席同士が密着している、ペアシートだった。
「悪いな。この時間で取れたのはペアシートだけだったんだ」
「べ、別にいいけれど……。逆に集中できなさそうだわ」
「大丈夫だろ。普通の席と少し離れてる分。こっちの方が集中できるんじゃないか?」
二人でペアシートに座ると、それ以上会話をすることはなく、静かに上映の時を待った。
しばらくして上映が始まると、翔太は集中して、画面から目を外すことなく映画の世界に入り込んだ。
◇◇◇
そして一時間半後。画面が暗転し、照明が点いて館内が一気に騒がしくなった。
「思わず見入ってしまったわ」
「俺もだ。ずっと画面を見てたよ。家で見るのものんびりできていいけど、映画館のこの迫力もまたいいな」
「そうね。映画館までわざわざ来て見る理由が分かった気がするわ」
映画館から出た二人は、ショッピングモールから一度出て、近くにある喫茶店に入った。
「ここなら静かだから、ゆっくりと話ができるな」
「そうね。ショッピングモールの中の喫茶店は、どこも外から見て分かるほどに混んでいたものね」
「ああ。ああいうところだと絶対に映画見た後の人がいるだろ?自分たちが話してるときに他の人の同じような話題ってあんまり聞きたくないんだ。いらない情報が入ってくるのは嫌だからな」
二人は普通のブラックコーヒーを頼み、映画の感想を、絶えず話し合い、それは数時間続いた。翔太がここまで同じ話題を話し続けたのは、ワイX以外では初めてだった。
「だいぶ話し込んじゃったな。もう外が暗くなってる」
「本当ね。一度お店を出ましょうか。コーヒー一杯なのに、だいぶ長いしてしまったわね」
翔太がお会計をしてから店を出ると、外はもう真っ暗になっており、夜風が少し寒いくらいだった。
「じゃあ、最後に夕飯食べに行くか。麗華はお腹空いてるか?」
「うーん……。それなりかしら」
「ここから少し離れたところにあるレストランに行こうと思ってるんだが、いいか?」
「ええ。それじゃあ案内してもらおうかしら」
スマホのマップを頼りにしながら、翔太は喫茶店から十分ほど歩いた場所にあるレストランに着いた。
個人経営の店で、雰囲気は派手というよりかは落ち着いていて、おしゃれなレストランといった感じだ。
「いい雰囲気のお店ね」
「ああ。ちょっと遠かったが、マップを見てて見つけられたときは運が良かったと思ったよ」
二人でお店に入ると、すぐに奥から店員が出て来て、空いていた席に案内した。
店内には数組の客がいて、皆このお店の雰囲気と調和するように静かに、食事を楽しんでいた。
「何にしようか……」
「私はこのグラタンにするわ。グラタンって自分で作ろうとすると少し手間なのよね」
二人でメニュー表を見ながら、何を食べようかと考えている。メニュー表は裏表の一枚で、写真はなく、字だけになっているところが、個人経営っぽさがあり、いい味を出している。
「視点が料理人だな……。じゃあ俺はこのパスタにしようかな。飲み物は何か頼もうか?」
「私は水でいいわ」
「分かった。じゃあ頼むか」
テーブルの上にあったベルを押すと、大きな音でチーンと鳴り、店の奥の方から店員が出てきた。
「失礼します。ご注文お伺いします」
「このトマトクリームパスタと、エビグラタンでお願いします」
「はい。ご注文繰り返します。トマトクリームパスタとエビグラタンですね」
注文を聞いた店員が厨房の方へ入って行くと、中から料理をする音が聞こえてきた。
「いいな。この雰囲気」
「そうね。何だか落ち着くわ」
「こういう部屋って憧れるんだよな。絶対にこんなにきれいにできないから無理だけど」
「確かに、維持は大変そうだけど、こんな部屋に住んでいたら、部屋で座っているだけでも楽しいでしょうね」
店内はモダンな雰囲気で、掃除の行き届いた小物類に、観葉植物や、レトロなテーブルとイス。クラシックのような音楽と、少し暗めの照明は、まるで中世のような雰囲気を出している。
「観葉植物。俺も置いてみようかな」
「あら。興味あるの?」
「ああ。ちっちゃいのなら維持簡単そうだし、そういうのが一つあるだけでも、結構変わるんじゃないか?」
二人が座っているテーブル席の近くの窓際に置いてある観葉植物を見ながら、今度、部屋のレイアウトを変える時にはいい感じの観葉植物を買うことにした。
「お待たせしました。トマトクリームパスタのお客様」
「はい。ありがとうございます」
「エビグラタン。すぐにお持ちしますね」
「ありがとうございます」
その後すぐに麗華の頼んだエビグラタンも来て、二人の頼んだものが揃った。
「おー。写真が無いから不安だったけど、すっげえ美味そうだな」
「そうね。この手作り感が美味しそうな見た目をさらに引き立たせているわよね」
どちらの料理も、チェーン店では見られないような、手作り感が出ていて、食欲をそそる見た目をしていた。
「それじゃ。食べるか。いただきます」
「いただきます」
フォークでパスタを巻いて一口食べると、その瞬間口の中にトマトとクリームが調和された味が広がった。
「美味しい!」
「こっちも美味しいわ。どう、一口食べてみる?」
「お、いいな。じゃあ一口ずつ交換……麗華?」
麗華は自分の使っているスプーンでグラタンをすくって、翔太に差し出した。
「はい、あーん」
「……ここで……するのか……?」
「早くしないと冷めるわよ。それとも、他人の目が気になるのかしら?」
「い、いただきます……」
麗華の差し出したスプーンの上のグラタンを、翔太はパクっと食べた。
「う、うん……。美味しいな。凄く」
と言っているが、正直翔太には味が分からなかった。そんなことよりも、麗華とあーんをして、間接キスをしたという事実の方が大きく、翔太は何も考えられなくなった。
「ん。どうぞ。翔太君」
翔太が何も考えられないでいると、麗華がテーブルの上に身を乗り出して、翔太の前に顔を出した。自分にもしろということだろう。翔太は自分の使っているフォークで具を絡めながら、巻き終わると、麗華の前に出した。
「あ、あーん…………」
「あむっ……。うん。美味しいわね」
麗華が食べた後のフォークを、翔太はじっと見つめていた。翔太はなるべく気にしない風を装って、そのフォークを使って食事を再開した。
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