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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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魔境異譚・魔女のミラジュ2話


「この学校では使わない魔法は教えない。基本的に不便だから魔法を使う。敵を倒すとか、魔物を討伐するとかいう魔法については一旦忘れてくれ」

 チェル先生は、そう言った。


「いや……、え? じゃあ、どういう魔法を? まさか皿を洗うとかですか?」

「ああ、最高だね。服を洗ったり、皿を洗ったりする魔法を覚えたほうが早い」

「早い? なぜです?」

「生活の中で使うからさ。その魔法で魔物を倒せるようになるから問題はない。いいかい? 威力を上げようとするんじゃない。威力は上がってしまうから、精度を上げる事を考えるんだ」

「はぁ……」

 私は生返事しかできなかった。


「魔境で最も魔法が上手い奴は、生活の観測粒度が高いんだ」

「か、観測粒度ですか?」

「ああ、解像度でも、なんでもいいんだけど、とにかく生活の中から魔法は生まれ、生活の延長線上に狩りもある。狩りをしたことは?」

「ダンジョンの魔物を倒したことはあります」

「ああ、ん~……、一旦それは忘れたほうがいいかも知れないな。いや、私の聞き方が悪かった。日常の中に狩りはあったかい?」

「いえ。あの、それは……、仕事であり、生死を分けた戦いでは?」

「そうだよな。そうだった……。ミラジュ、よくぞ来てくれた。非常に助かるよ」

「そうでしょうか」

「ああ、魔境にいると、いろんなことを忘れてしまうからね。そうか。どちらから学ぶ? 魔法か、それとも魔境の生活か」

「いや、魔法学校なので、魔法を」

「だったら、まずは得意な火の魔法を見せてもらえるか?」

「わかりました」


 私は、呪文を唱えて火の玉を手のひらの上に浮かばせた。


「おおっ……。それから?」

「え? これを魔物にぶつければ焼け死ぬと思うのですが」

「あ、魔境の魔物はそれくらいじゃ死なないんだ。そうか。そうだよね。とりあえず、火の刃にしてみようか?」

「刃ですか? どうやって。呪文を教えて下さい」

「呪文は、自分で考えていいよ。そんなことより、どうやったら刃状になるかを考えよう」

 そう言いながら、チェル先生は火魔法で槍の穂先を作り出していた。


「呪文を自ら作るということですか?」

「そう。呪文ぐらいなら自分で作ったほうがいい。ここには魔法自体を作る奴がいるんだから」

「わかりました……。杖を使っても?」

「ああ、もちろんだ。何を使ってもいい。炎の刃の魔法を作れたら第1段階はクリアだね」

 そう言われて、すぐにできるほどの天才ではない。


 そもそも杖を使って火の魔法を使っても別に炎上が膨らむわけでもない。どうすればいいのか、チェル先生は教えてくれない。というか、人それぞれでイメージが違うのだそうで、自分なりのやり方でやらないと納得できないから魔法の精度が脆くなるのだとか。

 魔境に来ないとわからないことがある。

 

「杖は自分にあっているものを使ってる?」

 私の練習を見ながら、チェル先生が聞いてきた。

「え? 自分に?」

「いや、ごめん。あんまり精度が上がっているようには見えないからさ」

「あの武器屋で売っていたものを使ってますけど」

「高価なもの?」

「一応、ホワイトオックスでは最上級だったはずです」

「ああ、高くて丈夫だから壊れにくいか……。ん~それは道具に使われるだけで、自分の工夫が足りなくなるからね。そもそも重いでしょ? もう少し筋肉つけてから振った方がいいかもよ」

「そうですかね。確かに重いんですけど、魔法使いは戦士ほど動かしませんから」

「ミラジュ。他人と比べていないか?」

「え? そうですかね」

「店で一番評価が高いとか、パーティーメンバーの中では動いていない方とか、そういう強さは魔境では意味がない。評価より、ちゃんと自分を観察したほうがいいよ」

「自分を観察ですか?」

「そう。自分の魔力の方向性やどれくらい魔法に魔力を込めるのかとか、そういう観察をしたほうがいい。というか、いちいち他人と比べているとやっていられなくなる。魔境はそういう場所だよ」

 言っている言葉はわかるのに、意味がよくわからない。


「よし。杖づくりから始めようか。そこら辺の枝を削って自分の杖を作ろう。その際、ナイフも使うから刃の形状をよく観察するように。それから自分の魔力は常時、どういう状態なのかを観察すること。忘れてもいいけど、気づいたときはすぐにやって」

「わかりました」

 チェル先生の教育法は独特だ。


 魔境の大森林には、トレントという魔物がいるらしい。この魔物の枝で作る杖は、魔力の伝導率が高く、魔法使いの杖にはぴったりなのだそうだ。ただ、それを討伐するのにもコツがいるらしく、今は何故かスコップ片手に杖に使えそうな枝を探している。


「なにかトレントを倒す方法があるんですか?」

「いや、別にないよ。殴って倒してもいい」

「な、殴って!?」

「いや、そんな事はできないか。あ、スコップは適当に落とし穴を掘ったり、マンドラゴラがいたら倒しちゃっていいからね」


 パンッ!


 破裂音とともに無数のトゲのようなものが飛んできた。咄嗟に支給されていたマントで防いだが、ものすごく痛い。


「あ、松ぼっくりね。痛いよね。マントなかったら死ぬから気をつけて」

「どういう森なんですか?」

「あ、コロシアムから直行してきたから知らないのか。まぁ、なんというか罠が多いんだ。あ、止まったほうがいいよ……」

「え?」


 リーン……。


 鈴の音のような音を耳ではなく頭で聞いたような気がしたと思ったら、意識を失った。


 次に起きたのは校舎の中にあるベッドだった。


「なにが起こったんですか?」

「いや、スイミン花に殺された。まずは一回死んだと思って。とにかく森では一歩踏み出すごとに罠が仕掛けられていると思ったほうがいい」

 こともなげにチェル先生は、苦いお茶を渡してきた。魔力を回復させる効果があるらしい。


「枝を拾うのに、死にかけるんですか?」

「そうだね。幻術の解き方を最初に教えたほうが良かったかな?」

「お願いします」


 私は幻術の解き方を教えてもらい、その日の内に5回ほど意識を失うことになる。つまり死だ。

 何度か死ぬ覚悟があるならと聞いてはいたが、まさか本当に死が傍らにある生活をするとは……。覚悟をしていても、死ぬときは死ぬ。

 地面に埋まっているマンドラゴラを倒して、今日の授業は終了。すっかり日が傾き、枝ばかりか樹の実も薬草も何も拾えなかった。


 自分のやってきたことはなんだったのかと自問自答を繰り返しながら、干し肉をかじっていたら、チェル先生が焚き火の向こうに座った。


「気持ちはわからなくはない。私も、魔境に来たときは同じ気持ちだった。私は魔族の中でも名門の家系でね……」


 その夜、チェル先生がいかに魔境に打ちのめされたかを聞いた。


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