魔境異譚・コボルトのクロード4話
薬草を探しはじめてすぐに、大型の魔物を見つけた。落とし穴を掘るくらいしか、やり過ごすことはできない。
「クロードは落とし穴を掘るのが上手いな? ちゃんと魔物に合わせて掘れるのか?」
「そりゃ、あれだけ大きな亀の魔物だから足のサイズに合わせて落とし穴を掘らないと意味ないだろ?」
「そうか。優秀だな」
「本当は落とし穴も魔法で掘れるといいんだけどね」
「それいいな! できないのか?」
「そんな魔法はあるかよ」
「なければ作ればいいじゃないか」
「簡単に言うな」
きっとこの冒険者は魔法の勉強をしたことがないのだろう。
「俺ができるのは、これくらいさ」
砂ぼこりを発生させて、ヘイズタートルという大きな亀の魔物を目眩まし。後は遠くへ逃げるだけ。
ドシンッ。
亀の魔物が落とし穴に片足を突っ込んで倒れ、そのまま甲羅にこもってしまった。ひっくり返っているからって、倒せるとは限らない。
「仕留めなくていいのか?」
「とりあえず、先へ進もう。道具もないし」
「そうか……」
俺たちは先へ急いだ。薬草の香りがする方へ向かおうとしているが、どこも似たような匂いだらけだ。
「匂いでわかるのか?」
「わからない。この森はどの植物も匂いが強い。泉の近くに群生しているって言ってたな?」
「ああ、向こうだ……。ちょっと歩くぞ」
「帰ってこられるならいいよ」
「なら、あそこに虎の魔物が隠れているから、先に目眩ましの魔法を使っておいてくれ。それから、インプがそこら中にいる。トレントが出てくると思うんだけど、相手にしなくていいから、動き出したら逃げよう」
「よくわかるな?」
「目だけはいいんだ」
俺は冒険者が言った場所に砂煙の魔法を放ちながら、進んだ。落とし穴を掘らなくてもこれほど進めるなら楽だ。
泉の周りにスイミン花と呼ばれる毒草と一緒に少しだけ薬草が群生していた。
「近づくと眠ってしまうから気をつけろ」
「じゃあ、どうやって……?」
「あの花は血を吸うから、血をばらまくといい」
「そんなこと言っても血なんて……」
「こんなこともあろうかと、さっきの亀から、血を抜いておいたんだ」
「用意がいいな」
「クロードよりちょっとだけ長く魔境にいるからな」
「頼れる先輩だ」
俺は冒険者から血が入った革袋を受け取って、血をばらまきながら薬草までの道を作った。薬草は1割残してすべて採取。これでも樽にして5つも作れないだろう。
「これだけじゃ、足りないよな?」
「大丈夫だよ。他にも採取してくる業者がいるから」
「そうなのか?」
「必需品はちゃんと業者がいるよ。それに乾燥させないといけないから、今日の成果としては十分のはずだよ」
「なるほど、日暮れまで探し回るかと思っていた」
「とりあえず、また砂煙の魔法を使いながら冒険者ギルドに戻ろう」
「わかった。明日も一緒に頼めるか? 依頼を出しておかないと」
「薬草採取は冒険者ギルドで常設だったはず。もし、人手がいないときはいつでも声をかけてくれ」
それからゆっくり冒険者ギルドまで帰り、ギルドの正面玄関で冒険者と分かれた。
「そういえば、名前を聞いてなかったな……。まぁ、いいか」
魔境からそうそう出られるはずもない。
「おっ、本当に薬草を採取してきたのかい!?」
ヘリーさんが驚いていた。
「寝ていた冒険者に協力してもらいました」
「……あ、そうかい。じゃあ、とりあえず、裏に干しておいて。回復薬作りを教えてあげるよ」
「ありがとうございます!」
冒険者と仲のいいギルド職員がいないのか。酷い職場なのかな。
裏手に行き、本を5冊ほどドサッと机の上において、ヘリーさんが「大抵これに書いてある!」と言った。
「読めと?」
「いや、どうせ読まないだろ? とりあえず弱火を覚えてくれ。魔力の調節はできるか?」
「わかりません。それほど魔力自体多くないと思います」
俺は砂煙の魔法くらいしか使えないことを説明すると、ヘリーさんは「ちょうどいいね」と言っていた。
「この魔道具は鍋敷の温度を調節できるんだ。鍋を上において、薬草を入れてごらん」
「水は入れなくて良いんですか?」
「少しづつ注いで。焦げると極端に効能が下がるからね。ちょうどいい水の割合があるんだ。それを見極めること。本には薬草の乾燥具合と匂いと書いてある。匂いが変わった瞬間がわかるなら、それでもいい」
とりあえずバケツ一杯分の水を用意してから、鍋に乾燥した薬草を入れて、ゆっくり焼けていくのを見守り、フラスコに入れておいた水を匂いが変わると同時に少しづつ入れていく。
「本当に手先が器用なんだね。それなら十分いいかもしれない。匂いが変わらなくなったら、水を鍋の半分くらいまで入れて、とろみが出るまで混ぜてごらん」
ヘリーさんは意外と手取り足取り教えてくれる。
「魔力の調節と、水の配分が完璧だともっと濃度が上がって、きれいに透明になっていくから」
「わかりました」
若干白く濁っている回復薬だが、これ以上やると焦げ付きそうだった。
「何度か練習させてください」
「いいよ」
別に失敗しても怒られないらしい。
どんどん試していたら、魔力切れを起こしそうになる。ただ、鍋敷きが発する熱の調節はうまくいきそうだ。
「魔力切れかい?」
「そうですね。ちょっと休みます」
「だったら、これを飲んでから休みな。回復薬作りは休憩明けでいいから」
ヘリーさんは水筒に入ったお茶を渡してくれた。
「苦いからゆっくり飲んで身体になじませていくといい」
「親切ですね」
「ああ、限界までやったほうが確かに魔力量は伸びるんだけどね。性質変化を先に学んだほうが精度は高くなる。それに魔力量が多いとどうしても魔法学校に行きたがる職員が増えちゃってね。仲間がいることはいいことなんだけど、魔法だけじゃ魔境じゃやっていけない」
「なるほど……」
妙に納得してしまった。
「ちなみに魔境で一番魔法を作っているのは冒険者だよ」
「え? そうなんですか?」
「ああ、間違いない」
「へぇ、そんなすごい冒険者なら会ってみたいですね」
薬草採取を手伝ってくれた冒険者とは別の冒険者がいるのだろう。
「軍の兵士が冒険者になっているというケースもあると聞いたんですが……」
「ああ、兵士には冒険者が多いね。魔境には独自のコインがあって、それを稼ぐのには冒険者がもってこいなんだ」
「へぇ、そうなんですね」
お茶を飲みながら話しているうちに、沸々と身体の奥から魔力が湧いてきた。
「このお茶すごいですね!」
「あ、やっぱり効果があるよな?」
「え? はい!」
もしかして効果もわからず飲まされていたのか。
「今回はなるべく薄くしたんだけど、それが良かったみたいだ。魔境にいる連中は全然効果がないただの苦茶だと言うし、自信を喪失しそうだった」
「そう……なんですね?」
「まぁ、これからもいろいろ持ってくるから、試食を頼むよ。もしかしたら冒険者に売れる商品を見つけられるかもしれないから」
「わかりました」
俺はなるべく苦茶を飲まないように調節しながら、日が暮れるまで回復薬を作っていた。作業を止めたら何を食べさせられるかわからない。




