【紡ぐ生活21日目】
「おかしい! 聞いていたのと違う!」
「なにが?」
シルビアが朝から怒っていた。
「女はもっと痛くて恥ずかしいものだと聞いていた」
「ああ、うん」
昨夜のセックスの話だろう。
「全然、そのぅ……、痛みなど初めの一瞬だし、ただ気持ちいいだけじゃないか」
「そりゃ、そうだろ」
「この程度であれば、耐えられるというか、もっと早くすればよかったじゃないか……」
「ああ? まぁ、初めてだし、そんなに変なことはしなかったからな。いや、そもそも俺はそんなアブノーマルな性癖は持ち合わせていないし、シルビアが特に自分の性癖を追求したいとかがないならよかったよ」
「こ、こんなものなのか? なんというか日常じゃないか?」
「日常だよ。え? もっと特別な行為だと思っていたか?」
「だって、子を作る営みだろう?」
「考えてもみろよ。魔境じゃ、いつでもどこでも魔物たちがやっている営みだろ? 何度も見てきただろ?」
「魔物の営みは見てきたけど……」
「肉体的に特別な関係になれると思ったか? 実際、婚約したから特別な関係ではあるよ」
「え? もっとこう結びつきが強くなるというか……、関係性が深くなるというか……」
「なってない?」
「いや、気持ち的にはちょっと違う視線を向けてはいるのだが……」
シルビアはだいぶ混乱しているようだ。初めてだったのか。
「シルビアよ。俺のことをどう思ってもいい。自分の男だと思うのも勝手だ。昨日決まったように婚約しているんだからな。ただ事実として、俺は交易村にいる姐さんたち全員と営みはしているからな」
「あ! そうか! そうなんだよな」
理解はしていたとは思うが、自分に置き換えられていなかったとしたら、これからが大変かもしれない。
「魔境のルールを確認しておくか……」
一度、音光機で集まれる人たちだけを集めて、ホームへと戻った。
リパ以外は古参の女性陣は全員いたし、ダンジョンの民や騎竜隊の奥さんたちも来てくれた。女性が多い。
「恥ずかしい個人的な話なんだけど、結構魔境のルールとしては重要なことだから、一応説明させてほしい」
「どうしました?」
「どうかしたのか?」
「シルビアが凄かったって話カ?」
古参たちはふざけているが、おそらく真面目な話になる。
「昨日、シルビアと営みをしたのだけれど、結構衝撃的だったらしくて、それが俺にとっては衝撃的というか考えさせられちゃったんだけど……」
「え!? したのか!?」
ヘリーの質問に、シルビアは頷いていた。
「どうやってですか!?」
ジェニファーは目を丸くして迫ってきた。
「どうやってというのは婚約者としただけなんだから置いといていいか。世の中にはいろんな性癖があると思う。貴族がどういう行為をしてきたのかは知らないけれど、嫌がっている者に対して無理やり性行為をしたり、勝手な勘違いをして首を絞めれば気持ちいいとか技術もないのに縛り付けてどうにかする行為は、魔境では犯罪とみなします」
「ん? そりゃあ、そうなんじゃないの?」
チェルは不思議そうな顔で俺を見てきた。
「いや、案外それがわかっていない者が時々いるんだ。それを俺は交易村の姐さんたちと見てきた。だから、好きな人が出来るのは素晴らしいことだし、相手と営みをすることは他の誰かが止めるようなことではない。営みは二人でするものだ。一人だけの考えで勝手に性の追求すると事故が起きかねないから、ちゃんと相手と話し合ってから行為に至ってくれ。で、当然のように浮気や不倫も今後発生してくると思うが、本人たちで決めたらいいと思う。子どもができた場合の親権をどうするかに関しては、浮気した方には決めさせないように。これだけ覚えておいてくれ」
「なんだ、そんな話か……」
ヘリーはちょっと呆れていた。
「いや、真面目な話、それで心に傷を負う者たちもいるんだよ。それが治るのには結構時間がかかるから、意識した方がいいと思うんだ。魔境だと一瞬の判断ミスとか迷いとかがあると死ぬだろ? 急に身体的に強くなることは難しいかもしれないけれど、メンタル面は日常的に意識していかないと情緒が不安定になる。そんなことで死なれると領主としてはやりきれないので、それぞれで自分の性欲というか自分への理解をしていった方がいいと思ってる。俺は魔境に来る前に随分そんなことをしてきたから、特に思うのかもしれないけどね」
「でも、そんなに魔境には相手がいないだロ?」
「そうか? でも、騎竜隊もエルフの難民も家族で来てくれているじゃないか。子どもに説明できないことはしたくはないというかさ。どちらにせよ魔境にいたら魔物の営みは見るわけだろ? で、今まではそんなことを考えている暇なんてなかったよな。生きていくだけで精一杯で。でも、俺とシルビアが婚約してそういう営みも日常になる。シルビアはこんな日常の中にあることなのかっていう衝撃があったみたいなんだよ」
「い、いや! 私としては聞いていた話ではロマンチックに痛みを伴う行為があると思っていたのだが……。普通に砂漠の真ん中で、流れるようにいつの間にか日常に溶け込んでいたというか……。大して痛くもないし……」
「思っていたものと違ったというだけじゃないですか!?」
「どうせマキョーのことだからロマンチックなんか考えてなかったんダロ!?」
「いや、砂漠の夜は寒いし、身を寄せ合うしかなかったんだよ。ロマンチックさは考えてなかった。すまん、シルビア」
「い、いや、私も初めてのことだから、よくわからなかったから、別にいいんだけど。さっきマキョーが言ってた自己理解みたいな話は結構重要だと思う。ダンジョンの民もそうだけど、身体が違うから無理して男に合わせたりしない方がいい」
「それは私たちも思っていたし、ダンジョンの所長からも結構言われてきたことなんですよ。異種間の交配って物理的に難しいところもあるけど、恋愛とかは関係ないからダンジョンの歴史でもたびたび問題になってきたことなんですよね。で、実際に騎竜隊の奥さんたちに聞きたいんですけど、どうすればいいんですかね?」
アラクネの一人が騎竜隊の奥さんに聞いていた。
「私たちも獣魔病患者の子孫だから異種間の難しさは理解できるわ。骨格も違うし、単純な筋力も男女だから違うとかじゃなくて、全然女性の方が強い場合はいくらでもあるのね。だからって力が強いから、性でもリードできるかと言えばそうでもないのよ。そんなに急ぐ必要はないし、納まるところに納まっていけばいいから、お互いにそれを理解して解していくことが肝要だって言われているわ。これも当たり前だけど、相手への優しさもないのに付き合ったり結婚しちゃダメよ。それはどんな体をしていようとね」
「ああ、それは本当にそうですね」
「シルビアさんに関しては、たぶん自分の優しさを出す前に終わってしまって、マキョーさんに隙がなかったというだけでは? ただ、気持ちよかったなというだけで……」
「そう! よくわかるな! 奥さん!」
「単純にマキョーさんが上手かったんですよ。それは。旦那に教えてやってほしいくらいですけどね」
「いや、上手いとかはない。旦那の擁護をするわけじゃないけど、疲れてれば雑になることもあるでしょ。でも、もっと交易村の姐さんたちの話を聞いた方がいいかもしれない」
「なんか魔境でこんな話をするのは珍しくないですか? 皆さん、ちゃんと自分を俯瞰して見ているんですね」
ジェニファーは感心していた。
「いや、この間の隊長の一件があって、私たちも考えないといけないと思ってたんですよ」
ダンジョンの民であるラミアが口を開いた。
隊長は、ダンジョンの民に惚れていたので思うところがあるのだろう。
「そんなつもりはなかったんですけど、好きと言われるとそういう可能性に気づかされたというか」
「そうそう。今までは全く考えてなかったけれど、私たちが訓練兵と恋愛をする可能性があると意識しちゃったんですよね……」
「魔境では恋愛も結婚も推奨しているよ。でも、決まった相手がいる場合は揉めるから話し合おうということね」
「一夫多妻でもいいんですか? 一妻多夫でもあり?」
「ああ、エスティニア王国の法律でどうなっているかは俺も知らないけど、本人たちが合意しているなら勝手にそうなっていくからな。魔境の領主としては、別に推奨はしないかな。単純に生活を守れるのかっていう話でね」
「なるほど。ちなみに、ダンジョンの民が娼館を作るのはありですか?」
「難しいことを言うね。人間の身体に対する扱いがわかっているなら、自由恋愛業というのは成り立つのかもしれないけど……。作りたいのか?」
「隊長への解答としては、娼館を作るのがいいんじゃないかっていうのを話していたんですよね。第二夫人とかでエスティニア中を回るのは、奇異な目で見られるのはわかっているし、一緒に生活をしたいというほど魔境で頼りになるわけではないし、おそらく向こうも性欲さえ解消できれば納得するんじゃないかっていうことを考えていたんです」
「エスティニア王家の空気を読んで、ということか?」
ヘリーがアラクネに聞いていた。
「それもあるんですけど……、自分がこんな体をしているからか、なにか疑似的でも男を誑かしていることに興奮するんじゃないかという確認をしたい気持ちが強いです。このままだと、私たちは適齢期になればダンジョンの民の誰かと結婚することになるので、マキョーさんが常日頃言ってる恋愛の自由とは矛盾するんじゃないかという気持ちを抱えているので」
「それはちょっと私たちにもあるな……」
ハーピーたちも話していた。
「やっぱり大事な話になったな。一旦、皆それぞれの仕事もあるだろうから、婚姻関係の法に関しての話し合いはまたしよう。交易村の姐さんたちから話を聞いたり、夫婦間で話し合ったり、同種族と話し合ったりすると、また変わってくるかもしれないから。一旦保留。でも、同意のない行為だけはしないように。よろしく頼みます」
とりあえず、解散となった。
「じゃあ、自分の性欲については正直になっていいということか?」
ヘリーが聞いてきた。
「ああ、いいんじゃない」
「ってことはシルビアの許可が出れば、私の寝床にマキョーを呼んでも差し支えないということだな?」
「ぶふっ!」
聞いていたチェルがカム実ジュースを噴出していた。
「いや、ダメだろ?」
「シルビア、いいよね?」
「私は構わないよ。ずっとヘリーは愛情はないけれど、性的にはタイプだって言ってたし」
「おい、シルビアよ。もうちょっと俺を愛してくれよ」
「愛してるよ。でも、愛と束縛は違うだろ?」
「だからって友達の寝床に、婚約者を斡旋するってどういう倫理観?」
「ダメか?」
「ダメだろ」
「でも、それで皆すごい悩んでいるんだから、領主の務めとして一回相手をしてあげたらいいのだ。これか、と思えるから」
「こう言っちゃなんだけど、マキョーは領主でありながら、私たちの共有財産的な思いがある」
「どういうことだ!?」
「ジェニファーはどう思う?」
「私は、まぁ、同意があるならいいってことなので、別に減るもんじゃないし……」
「チェルは?」
「いや、メイジュ王国にはないすごい価値観だなとは思うヨ。でも、まぁ、それで悩む必要がなくなるなら、それはそれでいいんじゃないかと思うけど、逆に悩みが深まる場合もあるんじゃない?」
「よし、一旦保留にしておいてくれ。俺は今のところ同意できないから」
「ええっ!? そんな……!?」
「シルビア、ヘリーみたいなエルフに騙されるんじゃない」
「騙されてないと思うんだけど……」
「悪い虫を追い払うのも婚約者としての務めだ。とっとと龍脈を作りに行こう!」
「思ったよりガードが堅いな」
俺とチェルは視線が合い、「どういう価値観?」とお互いに言っていた。




