【紡ぐ生活9日目】
翌日、俺は魔石鉱山のダンジョンで、チェルと一緒に記録について調べていた。植物園のダンジョンはまだ植物が育っている形跡があるが、魔石鉱山のダンジョンには魔石しかない。
そう思っていたら、鉱山労働者の死体が山ほど出てきた。ほとんど獣魔病患者で、崩落事故や地脈からの魔力噴出事故により死んでいて、霊体としてしっかり残っている。
久しぶりに背筋がゾクッとした。
俺はあまり話さなかったが、チェルは交渉して彼らの思いを聞いていた。石板などに記録して残しても仕方がないと思っているらしく、魔道具の研究や魔法施設などに魔石を使ってほしいという。
さらに鉱山労働者たちがダンジョンを育てたことは間違いないが、ダンジョンとしてほとんど死にかけていたが、地脈からずっと魔力を供給され続けているため、死ぬに死にきれず、かなり不安定なダンジョンだったらしい。そこから復活したきっかけは俺なのだそうで、俺の記憶も重要だと言われた。
「あ、そうなの? じゃあ、割と好きに使っていいってことなのかな?」
「マキョー次第ってことじゃないノ?」
「だとしたら、地脈と岩盤の位置関係や鉱山労働者たちが掘った通路状況なんかがわかるかな?」
「そんなことできるカ!?」
チェルはそう言ったが、ダンジョンはちゃんと模型まで作って説明してくれた。
「そうか。魔力の噴出事故があったから、どうにかして空間魔法で空間をズラして噴出孔を塞いでいるってことか。だとしたら、吸魔草と魔法陣でどうにかならないのかな」
「それは鉱山労働者たちも試していたらしいヨ。だからクリフガルーダの大穴では竜の進化系が噴出孔を塞いでいたんだって」
「ああ、そういうことか!」
確かに、大穴の底には竜がいて、穴を塞いでいた。
「古代ユグドラシールでは竜で魔力を封じるのはよくあることだったのか?」
「……ないって。むしろ鉱山労働者たちは反対していたらしいヨ」
「本来であれば、定期的に噴出させて、その魔力を使って技術を発展させるべきだと思うんだよ。実際、ユグドラシールではそうなっていたけれど、結局は使いきれず、獣魔病という病気がまん延した。……ということは、地脈の魔力を歴史上、誰も使いこなせていなかったってことか?」
「うん、その通りだネ」
このダンジョンさえあれば、魔力自体はなくならない。古くなった魔道具でも復活させることができるだろう。もちろん、砂漠の軍基地にある魔道兵器のようなものがあれば、周辺各国を滅ぼすことも可能なのかもしれない。
古代ユグドラシールは平和利用しようとした結果、空島を作り、ミッドガードを移送し、巨大魔獣に時の旅をさせ、魔境に変えていったのか。
「古代ですら、試していってたのに、俺たちが試さないとダメなんじゃないのか?」
「だからこそ、建築関係は作業用ゴーレムが頑張ってるんじゃないノ?」
「確かに、そうか。結局、魔境の魔力は俺たちが使って強くなるぐらいで、有効利用はできていないよな。だからと言って無理して使うとユグドラシールのようになると……」
「……ダンジョンとしては自分に使ってもらっても構わないといってるけどネ」
「それは、人がたくさん魔境に来てくれてからだろう。100階層くらいのダンジョンを作ってバカみたいに強い魔物を召喚していけばいい。植物学研究所から植物の種を貰ってさ。でも、それも結局冒険者が強くならないと無理だろう。成長に時間がかかる。ん~……、魔族はどうしてるんだ?」
「いや、魔道具に使ったりしているヨ。あとは、自分の魔力を高めたり?」
「魔族ほど、魔力の使い方が上手い種族はいないんじゃなかったか?」
「確かにそうだけど……」
「じゃあ、ちょっと行ってみるかな」
「え!? マキョーがメイジュ王国に行くのか?」
「ああ、行ったことないし、交易もしてくれているしさ。ダメか?」
「ダメだけど……、とっさにはダメな理由が出てこないな……」
チェルは真顔になってしまった。
「ちょっと待ってくれ」
チェルは古株たちに音光機で連絡を取り始めた。残念ながら、俺がメイジュ王国に行けない理由は誰からも出なかったらしい。
「ダンジョン! とりあえず魔封じの腕輪と指輪を作って。金や銀は使わなくていい。鉄でいいから!」
チェルが大慌てでダンジョンに指示を出し、魔封じの腕輪や指輪を作っていた。確か魔力量が10分の1ぐらいになる腕輪だったはずだ。その腕輪と指輪で100分の1になるのか。
俺が装着すると確かに魔力が抑えられている気がするが、身体の中で渦を巻き始めているような気がする。
「これはあんまりよくないんじゃないか? 感情と結びつくと……」
「何が? 大丈夫だろ?」
パキ!
鉄の指輪がねじれながら割れた。
「ほらぁ」
「鉄だよ! なんで捻じり切っちゃうかなぁ……!」
チェルは本当に可哀そうな人間のように俺を見てきた。
「仕方がないだろ? 俺は魔力量が多いんだから。とりあえずなるべく捨てていくか?」
「そうしてくれ」
ひとまずダンジョンを出て、東海岸に行くと古参の皆が待っていた。ミッドガードの外にいるはずのカリューとリパまでいる。
「カヒマンに頼んできた。マキョーが魔族に取り込まれるということは心配していない。ただなぁ……」
カリューは、すでに土くれとは思えない姿で、人間にしか見えない。ゴーレムのはずだが……。
「外交問題があると思うんですよ。マキョーさんはこれまでクリフガルーダにも来ましたし、エルフの国にも行きました。でも、それは特定の場所に行っていただけで……」
「そう! その通り、魔族の魔力の使い方を見て回るって結構広い範囲を旅することになるんじゃないか?」
「まぁ、そのつもりだけど? 何が悪いって言うんだよ」
「チェ、チェルも行くのだろう?」
「行くよ。行かなきゃ誰にも止められなくなるだろ」
「で、で、でも! マキョーがいなくなって魔境は大丈夫なのか?」
「大丈夫だろう。爵位を貰いに行った時だっていなかったし」
「それはそうだけど、なにかを決定する時には必要だぞ」
「別に何か決めることなんてあるか? だいたい、計画通りに進んでいるよな? よほどのことがあれば音光機で連絡して来ればいいじゃないか」
サッケツもいて作業は計画通りに進んでいると言いながら、不安そうな顔をしている。
「なんだ? ジェニファー、また誰かイジめたりしてないだろうな!?」
「してませんよ! そんな暇はありませんし、目的がありませんから! あ、チェルさん、マキョーさんが魔族の娼婦の方々を買わないように十分に注意してくださいよ。ただでさえ魔力量が多いんですから、メイジュ王国で獣魔病が流行ってしまうことだってあるんですからね!」
「わかってるよ!」
「ジェニファー、俺を種馬みたいに言うなよ……」
「マキョーさんが種馬ぐらい性欲があればわかりやすいんですけどね!」
どうやらジェニファーにとって俺は種馬以下らしい。
「酷い言われようだ。俺は魔族がどうやって魔力を使っているのか視察しに行くだけだというのに。娼館に関しては念入りに調べようと思う」
「たぶん、行けないと思うヨ」
「なんで?」
「そりゃ、魔境の領主だからだ! 言っとくけど、最悪戦争になりかねないんだぞ! だから皆心配して海岸まで来てるんじゃないか!?」
「そうなの?」
全員頷いていた。
「なんで? 別に俺は怒らないよ」
「マキョーが怒らなくても、相手は交易相手だ。マキョーをぞんざいに扱ったら、ある程度こちらも制裁をしないといけない。国に関わるというのはそういうことだ。実際、エルフの国は密貿易しかできていないだろ?」
「確かに……。面子か。大変だなぁ。お忍びってことにはならないかな?」
「その魔力でどうやって忍ぶんだよ」
「バレるかな」
「少なくとも私の親戚の一族には確実にバレるネ」
そうは言っても、魔力の使い方は視察しに行かないといけない気はする。
「じゃあ、まぁ、なるべく暴れないように気を付けるよ。で、どうする? 走っていく? それとも空を飛んでく?」
「ああ、交易船は帰しちゃったのカ……。飛んでいこう。どうせ、夜には着いているだろうから」
「それじゃ、まぁ、皆、元気で魔境を守っていてくれ。訓練兵が来たら中に入れてやってくれよ」
「わかってる!」
「早く行って、とっとと帰ってきてくれ」
皆に見送られながら、俺とチェルは東の海へと飛んだ。暴風が吹こうが雷が落ちようがそれほど関係はない。
ただ、カタンに弁当を作ってもらうんだったという後悔だけがあった。




