【紡ぐ生活7日目】
夜中、のそのそと夜型人間たちと起き上がり、開いている居酒屋でこってりとした食事をとって、塔へと向かう。
昨日とは別の塔だが、扉は魔法で閉められている。
ギーッ。
ただ、魔力を吸収してしまえば、あっさりと開いた。
「もう、あれだな。マキョーは次々と魔法を作るけど、アンチ魔法も作るんだよな」
あまりに簡単に開ける俺に、ヘリーは半笑いで呆れている。
「二人もできるよ」
「最近になってようやく魔力を回転させる感覚っていうのを覚えたばかりだ」
「私はまだ身体に流れる魔力を感じ取って、武器や防具に流せるんだということを実感しているところ。そんなに切り替えができない」
「それはたぶん俺にこだわりがないんだと思う」
「どういうこと?」
「とりあえず、塔の中に入ろう」
塔の内装はほとんど変わらないが、ただ、昨日の塔より生活感がなかった。 相変わらず『技術を伝え、思いを伝えろ』という文字が大きく書かれ、看板として天井付近の壁に掲げられていた。
魔法の研究をしていた形跡はあるものの、わかりやすい属性魔法ではないようだ。
「属性魔法じゃないならマキョーの得意分野じゃない?」
「いや、別に得意不得意はあんまりないんだよな。こだわりがないことにもつながると思うんだけど、魔法って小さい頃に才能が見つかった人が使うもんだと思ってたんだ。そもそも魔法自体、得意だと思ってないから何でも試してるだけだよ」
「でも、他人と比較すると上手いじゃないか。マキョー的な言い方をすると魔力でできることが多いだろ?」
シルビアは俺に聞きながら、木箱を開けまくっていた。
「チェルが魔法の先生だったからね。魔族だから魔力の使い方が上手かったんだよ」
「でも、大人になってから急に才能が開花するって言うのは本当に今まで何をやっていたんだという気になるね」
「今までの生活では必要なかったんだよ……。親も兄弟もほとんど使ってなかったし」
「でも異世界から来たら、魔法を使ってみたいとは思わなかったのか? 前の世界では魔法がなかったんだろ?」
「使ってみたい気持ちはあったけど、早々に才能がないって言われたからね。そういうもんかと受け入れてた。二人は小さい頃から周りに魔法を使う大人がいて、練習するとできるってことがわかる環境があったんじゃないか?俺にはなかったから、やらなかったんだ。でも、魔境に来ると使わざるを得ないというか……」
「確かに、最初の頃は私も魔力を無理やり使ってた気がする」
「い、今だから言うけど、初めに私たちが来た頃はかなり大変だったよね?」
「そうね。私は呪いもしっかりかかってたし、シルビアは吸血鬼の思い込みが激しかったし、仕事をして家賃を払わないといけないんだっていうプレッシャーもあった上に、魔物と植物の対応をしないといけなかったから、マキョーがおかしいと気づくまでは頭が整理付かなかったんだよ」
「それはある。常識が全く通用しない上に、領主の真似をしてもダメって言われると、目指す先がわからなくなった」
「はっきりと魔境をこうしようとは目指してなかったからね。畑を作りたかったから土地を買っただけで……。なんでこうなったかなぁ。おかしいなぁ」
「それで、結局のところ、この塔は空間魔法の研究所ってことでいいね?」
一通り見て回ったが、木枠や箱が多く、設計図も図形が多かった。ダンジョンを再び作ろうとしていたのだろうか。
「ダンジョンの崩壊を引きずっていたのかな」
「それはありそうだな」
「次に行ってみるか」
隣の塔を調べてみると、すぐにスライムの研究をしていたことがわかった。
すでにスライムはいないものの、魔物の育て方や合成獣の作り方なども研究していたらしい。ただスライム自体はすでに干からびて何も残されていない。
「マキョー以外にもスライムの研究なんかする者がいるとは!」
「スライムってことはやっぱりダンジョンを作ろうとしてたのかな」
「そもそもスライムってどうやって作られるんだ? 魔力量の多い水辺で、都合よく魔石が落ちてるのか」
「魔力量が多ければ魔石は落ちてるんじゃないか。ギュって握って魔力を込めると、意外と魔石はできるよな」
そういうと、二人とも動きを止めて、俺を見ていた。
「あれ? 言ったことなかった?」
「マキョー、あんまりそれを人に言うなよ」
「漏らしちゃいけないことだったか……。でも、そうじゃないとしたらどうやってスライムが生まれる?」
「そりゃ、魔力が集まっていくんじゃないの? それこそ、魔力の流れができてぐるぐると回り始めれば……」
「中心にコアができる?」
「い、いや、出来てないみたいだ……」
シルビアが過去の実験結果を見せてきた。スクロールには、魔力の流れを回転させてもスライムにはならない行程がはっきりと図を用いて書かれている。
「魔力の濃度の問題なのか?」
「やっぱり、これじゃないか。『技術を伝え、思いを伝えろ』ってことなんじゃないか」
相変わらず塔の一階には看板が掲げられている。
「技術はあっても思いがないと潰れるってこと?」
「逆かもよ。思いや計画があるから、技術が洗練されていくんじゃない?」
「無駄が省けるってことか。それはあるだろうな」
「思いの源泉が記憶だとすれば、記憶を忘れたことを後悔しているのも納得だね」
「つまり、記憶を忘れたからダンジョンは作ることができなくなったってこと?」
「いや、もっと吸魔一族は後悔している気がする。記憶を忘れたからダンジョンが潰れたんじゃない?」
「ああ、そういうことかぁ……。でも、なんの? ダンジョンの記憶がなくなったってこと?」
「確かに、ダンジョンは俺と一緒に行動してずっと経験を記憶し続けているよな」
「なんかさっき見たぞ……!」
ヘリーが記録されている羊皮紙のスクロールを漁り始めた。
「あった! これだ! スライムの魔石は層になっていて、記憶を定着させているものと考えられる……」
「え? つまり、スライムのコアは記憶装置ってこと? だとすれば記憶の一部が欠損すると、ダンジョンは崩壊するの?」
「魔石は丸いから包んでいくように経験を記憶しているけど、忘れたり歪むと壊れるのは当然か……。でも、なんでダンジョンは忘れるんだ?」
俺たちは再び看板を見上げた。
「「「思いが伝わらなくなるから?」」」
「でも、思いなんて今生きてる人間にも伝わることなんて稀じゃないか。親子でも理解できないなんてエルフの国ではよくあることだ」
「歴史書も基本的には事実のみを書くし、恋愛小説はすれ違うことで読者の思いを盛り上げているけど……、あれは普遍的な思いだしなぁ」
「だから技術を伝えてるのか……。技術や研究の中に思いがどうしても入る。それを塔に残したんじゃないか?」
「後世の私たちは、吸魔一族の後悔の念を受け取っているけど、それでいいのか?」
「とりあえず、ダンジョンは記憶を失うと崩壊するってわかっただけでもいいんじゃない」
「ダンジョン周辺に住むなら、記憶を大事にしろってこと?」
「言われてみれば、封魔一族のダンジョンは博物館みたいになっていたな」
「ということは魔境のダンジョンは結構危ないんじゃないか?」
「そうかな?」
「遺伝子学研究所や砂漠の軍基地はずっと住んでいる人がいたけれど、休眠状態から最近掘り起こしたダンジョンだってあるだろ?」
「確かに新しく上書きしているとはいえ、奥底の記憶が消えるとダンジョンが崩壊しかねないよ」
「魔石鉱山と植物園のダンジョンか……。チェルとジェニファーの管理だったよな?」
「一応、植物園の方はリパも管理しているはずだけど、今はミッドガードに掛かり切り……」
「あれ? チェルとジェニファーの管理ってちょっと不安なの俺だけ?」
「いや、大丈夫だろ?」
「ダンジョンの管理は大丈夫だけど、記憶の管理は……」
3人とも、チェルとジェニファーがダンジョンコアの容量が足りなくなったら、平気で古い記憶を消しそうだと思ってしまった。
「早めに帰るか」
「一旦、それに関しては共有しておこう」
実際、帰ってチェルとジェニファーに報告すると、二人ともダンジョンコアが大きすぎるから削ろうとしていたことがわかり慌てて止めた。




