【籠り生活36日目】
砂漠の軍基地から連絡があり、俺はダンジョン部長・グッセンバッハに会いに行った。
軍基地の外に船が4艘止まっている。いつか見た砂地を走る船が出来上がったのか。
「砂地を走る船ができました。風を受けて進もうとしたんですが、マキョーさんたちなら魔法陣の方がいいのではないかと思いながらも、結局船体にはどうしても鉄を使わないとすぐに壊れてしまうのではないかと苦心し、作るのに長い時間かかってしまいました」
グッセンバッハの説明の後、整備士のゴーレムたちは「生きていた頃に作ったことがある物なら簡単に作れるんですが、新しい物はなかなか手に馴染まないので苦労するんですよ」と言っていた。
「もっと頼っていいからな? グリースだってジェニファーに頼んでいいし、木材だって魔境産のならあるんだから。ダンジョンで乾かした方が安全なんだから」
「ジェニファーさんにはいろいろと世話になりっぱなしで」
魔境の総務はちゃんと仕事をしていたらしい。
「試乗してみませんか?」
「わかった」
俺は釣りの漁船ほど大きな船に乗り込む。いろんな魔法陣や機械などがあり、帆船としても使えるようにはなっているが今はマストが刺さっていない。
操舵する舵輪が船の後方にあり、魔力を込めると操作することができるらしい。一つ一つ丁寧に説明してくれる。出来上がったことがよほどうれしかったのだろう。
「俺が魔力を込めるから、ちょっと動かしてみてくれ」
「いいんですか?」
「もちろんさ。作ったゴーレムたちも乗り込んでくれよ」
俺は鎧から自分のダンジョンを取り出して、ゴーレムたちを船の甲板にあげてやった。
「では、マキョーさん、ここにゆっくりでいいので魔力を込めてもらえますか?」
「よし、わかった」
言われた通りに、舵輪の背後にあった魔法陣に魔力を込めると青白い光が浮かび上がる。周囲に無色透明の防御魔法が張られていく。砂嵐対策だろう。
「すげぇ!」
「何秒だった?」
「魔力供給が一瞬か!」
船を作ったゴーレムたちは魔力を込めただけで興奮している。
「ダンジョンの中だったら時間がかかってたのか?」
「そうです。魔石も結構用意していたんですけど必要なかったですね」
確かに、グッセンバッハが魔石が入った樽を用意していた。北西の魔石鉱山から貰って来たという。舵輪を掴んでいたゴーレムが「ダンジョンだと少なくとも半日はかかります」と説明してくれた。
「実験するときは、暇そうな古参のメンバーに声をかけてくれ。これくらいなら、皆すぐに手伝ってくれるから」
「チェルさんが魔人になった時に、魔石をたくさんいただいて結構研究が進んだんですけど、他にも整備するスパイダーゴーレムが多くてこんなに遅くなってしまいました」
俺も砂地の走る船は完全に忘れていた。
「あのくらいの樽に入った魔石なら、いくらでも魔石鉱山にあるから今後は騎竜隊に言って運んでもらってくれよ。それくらいならやるはずだから」
「わかりました。助かります」
すべての魔法陣と機械に魔力が供給されたのを確認し、船が出発する。
「しゅっぱーつ!」
ズズ……。
砂の上を船が動き始める。冬の晴れた日なので、それほど風はない。徐々にスピードを上げていった。サンドワームやポイズンスコーピオンなども見かけるが、船の方が速い。
空にはデザートイーグルが見え、防御魔法もあるので砂も飛んでこない。これなら、日差しさえ気をつけていれば十分に運用できるだろう。
「速いな」
「これが全速力です。輸送で使えますかね?」
「これだけ大きいからな。一気に流通も変わるだろう。砂漠の流通が変わるとクリフガルーダとも交易しやすくなる。リパに言って、領事館を崖付近にしてもらうよ」
「そうか。崖があるんですよね? 下ろさないといけないんですよね?」
「クレーンみたいなものがあればいいんだけど、結局魔物に襲われちゃうんだけどね」
ゴーレムたちはすぐに考え始めてくれていた。
「ちょっと一旦、空島の鎖で軍基地に戻りましょう」
船ができて興奮しているかと思ったら、次の課題が見えて作りたくなっているらしい。使うより作る方が楽しいのか。
軍基地に戻り、ゆっくり停車。船に乗っていたゴーレムたちはすぐに「クレーンだ」「魔物に襲われないクレーンが必要だぞ」と声を掛け合っている。
「魔物除けの薬品を使うか?」
「魔法陣でいいんじゃないか」
「だとしたら、逆に崖下のクッションを作って、どうやって引っ張り上げるかと考えた方がいいんじゃないかな」
「でも、ハーピーたちの荷重量を上げる補助器具でも行けそうだと思うんだよな」
「そっちもありかぁ」
ゴーレムたちのアイディアは止まらないようだ。
「実験は何回でもやっていいから。とにかく必要なものは遠慮せずに掲示板か何かにまとめておいてくれ。自分たちでできないことは俺たちを呼んでくれればいいから」
「わかりました」
「一艘、東海岸の方まで運んで行っていいか。鉄鉱石の輸送に使うだろうから」
「お願いします」
空の道以外にも砂漠に航路ができる。荷物と一緒に住民たちの移動も始まるといい。
なんとなく操舵の仕方を教えてもらい、自分で砂の上を走ってみる。
「なるほどこれは面白いな。もしかして、これって海も走れるか?」
「もちろんです」
教えてくれたゴーレムが胸を張った。自慢の船なのだろう。
「だとしたら、空も行けるな?」
「え?」
浮遊魔法で船を浮かせてみた。あとは防御魔法を切って風魔法で道を作り、一気に東海岸まで運んでしまう。
ゴーレムは目の前の海と後ろの砂漠を何度も振り返って確認していた。
「これがたぶん、今のところ魔境最速だ。船体を鉄製にしてくれてよかったよ」
ゆっくりと砂の上に船を下ろす。
「体験できてよかったです。このレベルなんだ……。思考の壁がいくつか崩壊しました。クリフガルーダの崖から荷物を下ろす装置ですが、崖に穴を開けてトンネルを作った方が速いかもしれません。マキョーさんが手伝ってくれるなら、そっちの方が工事は早いと思います」
「わかった。設計図とか測量とかができないから、そういうのは頼むな」
「もちろんです」
倉庫にいたダンジョンの民に砂漠の船を見せ、ゴーレムが操舵の仕方などを教えていた。
そこで北西で魔法学校を作っているチェルから連絡があった。人手が足りないらしい。
「悪い。一人で帰れるか?」
操舵をラミアに教えているゴーレムに聞いた。
「大丈夫です。掘り出した鉄鉱石と一緒に帰るので」
「皆も船があるから軍基地と移動が楽になったからな。遊びに行って仕事を手伝ってあげてくれ」
ダンジョンの民に言っておいた。
「わかりました。やっぱり冬は魔物が少なくていいですね」
「本当だな」
単純に過ごしやすいし、物が壊れにくい。
手を振ってゴーレムとダンジョンの民と別れ、俺は北西に飛んだ。
「どうすればいい? セメントがくっつかないヨ」
アーチ型の入り口を作りたいのにチェルはできないらしい。
「乾くのを待て。あと、これはちゃんと測ってやってるのか?」
「バカを言うな。魔法学校だぞ。歪こそ正義じゃないカ!」
「ヘリー! シルビア!」
近くで木材に細工をしていたヘリーとシルビアを呼んだ。
「すまん、いつ気づくか賭けてたんだ。意外に建って行くものだからつい……」
「ほら、マキョーが来たら結局直すことになるんだから」
「でも、この柱のカーブは生かしたいんだヨー」
「柱を曲げるなよ。せめて梁にした方がいいんじゃないか」
「ああ、そうか!」
「とりあえず、ヘリーは魔法陣をペンキで描いていってくれ。彫るのは後でやるから」
「わかった。おい、茶を飲んでんじゃねぇ! なんにもできてないんだから仕事しろよな!」
俺を呼んで一安心しているチェルの尻を蹴りながら、建築作業を進める。




