【籠り生活34日目】
交易村でドアと蝶番を受け取ったので、今日から本格的に魔境で建物を作っていく。
北東にある鉄鉱山からだ。北西の魔石鉱山ではまだ騎竜隊の訓練が行われていて、邪魔になる。砂漠は遠い。
練習も兼ねて、あまり住民から文句もなさそうな場所が鉄鉱山だった。
地面を隆起させて、魔力のキューブで穴を開けていく。
「まさかこんな大きな窯を作るんですか?」
サッケツが家を見上げていた。
「いや、鍛冶屋の家だよ。魔物からの襲撃を考えると、こういう自然な曲線の方が魔物も通り過ぎてくれるからいいんだよね。守るのも簡単だし、作るのも時間かからないし。ここから柱と梁を作っていけばいいだけだろ?」
「こんな家を作れるのがマキョーさんしかいないから、修理する方は難しいんじゃないですか?」
「そうかなぁ。とりあえず、柱と梁を付けてみよう」
木材は植物園のダンジョンにあった精霊樹だ。魔力もよく通るし、丈夫だ。
「魔力が豊富なところはこういう木材の方がいいんだろうな」
「魔境でしか使えないんじゃないですか」
「そうなのかなぁ。エルフの国から密輸する?」
「本当に戦争になりますよ」
「そうだよね。植物園で育てて、剪定する時にまた貰いに行こう」
「そう言えば、ミッドガードの古代人はいつ頃来るんですか?」
「まだ連絡はない。食糧があるうちは話し合いでもしているんじゃないか。カリューとリパが待機しているけど、ずっと『渡り』の魔物たちと戦っているよ」
「あのお二人は強くなりますねぇ」
「十分強いさ。あとは自分がどうなりたいか、なんじゃないかな」
「そうなんですか。でも、マキョーさんは……」
「俺はこうなりたいというよりも魔境の環境に対処していただけだから」
特に立派な理想があるわけではない。魔境の方針は立てたが、別に路線変更はどんどん受け入れる。魔境の民が住みやすい方がいいだろう。
「それだけ柔軟ということですね」
「いいように言ってくれるね。でも、やらないといけないことはまだまだ溜まってるんだ。地下探索とかさ」
「ああ、ミッドガードから北部への地下水路ですね」
「ヌシと戦うか、共存できるか。今のところ共存できているように見えるけど、見つけちゃったらわからないだろ? 黒ムカデみたいな虫もいるしさ」
「地中ならゴーレムたちも協力できると思うんですけどね」
「それは助かるんだけど、ゴーレムの強さって難しいよな」
成長するにはパーツを付け替える必要がある。
「そうなんですよ。しかも砂漠の基地でいろいろ試していて、鉄のドラゴンとか作ったりしてたみたいなんですよ」
「それ、強いのか?」
「弱いんですよ。しかも修理しにくくて」
「最悪じゃないか」
「他の魔物の形もたくさん試していたみたいで……」
「いいのあったか?」
「それが下半身が安定しないことにはどうにもならないようで今の蜘蛛型と人型に落ち着いているようです」
「せっかく道を作ったんだから車輪とかはどうだ?」
「あ、今は車輪の素材を試しているところです。植物園のダンジョンの協力を得て、樹脂など使って実験しているところです。いやぁ、ダンジョン同士の抗争があった頃は考えられないとゴーレムたちが喜んでましたよ」
「素材でだいぶ変わるだろうからな」
順調に発展していっているようだ。
「煙突の穴とゴミ回収ボックスか。あとはドアを付ければいいんじゃないか。トイレは外でいいな」
「大丈夫です。ゴーレムたちはしないので」
午後から砂漠のゴーレムたちもやってきた。砂漠はハーピーたちに運んでもらい、東海岸からダンジョンの民のアラクネたちに案内されてきたらしい。
「ちゃんと道を使ってくれてるんだな」
「いや、森の中は危険なので」
そう言えば、そうなのかもしれない。
「住居も作ったけど、家具とか自分たちの使いやすいように使ってくれ」
板や柱をサッケツに渡した。ゴーレムが魔境コインを渡してこようとしたので断った。
「公共物だからな」
俺は全然使ってなかったが、砂漠のゴーレムやダンジョンの民は魔境コインを結構使ってくれているらしい。住民の間で流通していればそれでいい。
東海岸で遅めの昼飯を頂き、邪魔になっているという海獣の魔物を討伐。肉は臭みがあるが、ダンジョンの民には人気だという。
「この辺りでも家がいるか?」
「倉庫が狭くなってきているから、できればほしいです」
「書類を置く場所だけでも別のところにした方がいいかもしれない。食べ物が来ると紙が汚れるし、倉庫は水気が多いでしょう」
ラミアとアラクネに言われて、俺は浜の近くに一軒家を建てることにした。
地面の隆起する力に魔力で干渉。魔力のキューブで、くり抜き柱や梁を作って強化。柔らかい土なので、壁と天井をセメントで固めていった。横に長い見晴らし小屋のようなものになってしまったが、魔物の身体の住民たちでも入りやすいだろう。大きめのドアをつけてやった。
「港の本部みたいでいいね」
「ストーブを持ち込んでもいいかもよ」
「酸欠にならないように、空気穴だけ開けておけよ」
「はーい」
「ほどほどに仕事してくれ。また忙しくなる時が来るから」
「了解です」
日が傾き始めていて、俺はホームの西の洞窟へ戻る。
シルビアがコートを作ってくれたらしく、試着してみろと持ってきていた。
サイズはぴったりで特に動きにくさもない。
「ミッドガードの住人が出てきたら、エスティニアを案内するんだろ?」
「そうなるな。どうやって移動するかな? まさかフィンリルの姿では移動しないだろ?」
「ドラゴンに運ばせるか」
「竜の血を引く家系だもんな。それもいいかもしれない」
「いや、さすがにそんな無茶はしないだろう? 適当にこの辺を歩き回ればいいんじゃないか?」
ヘリーは貴族の扱いをよく理解しているようだ。空島に使う石の魔法陣をハーピーたちに教えながら、こちらの話も聞いているのだから器用な奴だ。
「それで王都から来た王家と引き合わせるんだよな? 魔境だと入ってこれないぞ」
「じゃあ、交易村か? まだ立派な建物は出来てないんだけど……」
「そうなるとイーストケニアになってくる」
「軍施設まで来れないかな?」
「どうかな……」
兵に守られてくるとは思うが、正直どれくらい王都の兵が強いのかわからない。
夕飯を食べに来たジェニファーに聞いてみると、笑いながら「無理です」と言っていた。
「演習に来ている兵士たちがこの国の精鋭なんですよ。少なくとも彼らよりは弱いんですから」
「でも、もう訓練兵たちはダンジョンの民に馴染んでいるじゃないか。というか彼らにミッドガードの住人を案内してもらうのが一番いいんじゃないか」
「本人たちに聞いてみてくださいよ。嫌がると思いますよ」
「そうかなぁ」
遺伝子学研究所のダンジョンまで行って本人たちに聞いてみたら、すごい嫌な顔をしていた。
「面倒くさいか?」
「ああ、ええ、はい。そうですね。いろいろと……」
「一応、エスティニア王家の先祖に当たる人たちだからさ。精鋭に案内してもらうのがいいと思ったんだけど……」
「マキョーさん、俺たちは軍の中でも鼻つまみ者ですよ」
「見返すチャンスなんじゃないか」
「ん~、確かにそうなんですけど。どうだ?」
「いや、私は別に見返したいとはもう思ってないかな。他の領地に行って、同じ兵と訓練とかやっていられないと思うし」
「魔境の外に出ると緊張感が薄くなっちゃうんだよな」
訓練兵たちは全然乗り気じゃないようだ。
「ドラゴンと一緒に行くならどうだ?」
「暴れてくれるんですか? だったら行きますよ」
「でも、魔力が少なすぎてドラゴンも弱りますよ。かわいそうじゃないですか」
「確かにそうだな」
「マキョーさんが行くのがいいんじゃないですかね」
「だったら私たちも行きますよ。後ろで笑ってるだけでいいので」
「そうですよ。各領地で現実を見せつけていってください。それなら俺たちも行きます」
「お前らな。俺はただでさえ新人貴族なんだぞ。いじめられちゃうよ」
訓練兵たちがいじめられた俺を想像して爆笑していた。
「大丈夫。俺たちが絶対守りますから」
「そうです。マキョーさんがいじめられたら、私たちが仕返ししますんで」
「いや、守ってくれるのはありがたいんだけど、ミッドガードの住人が関係なくなってないか?」
「そうですけど、時の難民ですからね。どこの領主でも引き取りたくはないですよ」
「魔境か王都くらいしか行き場所はないんじゃないかと……」
「そう聞くと、なんだかかわいそうになってきたな」
どうにかこの時代まで辿り着いたのに、まともな生活はできないのか。
「どうなるのかはわかりませんが、一度魔境でサバイバル演習をした方が生き残れる可能性は上がると思いますよ」
「それはそうだな。数日、滞在してもらうか。その後、一緒にエスティニアを回って、王家に合わせる感じになるだろうな。悪いけど、出てきたら手伝ってくれよ」
「わかってますよ」
「それなら手伝います」
ただ、未だミッドガードの住人たちからの連絡はない。




