【攻略生活5日目】
針葉樹林の森で一夜を明かし、朝飯も食わずに走り始める。
ミッドガードの跡地から遠く離れていれば、魔物もそれほど強くない。もちろん植物は襲ってくるが、夜になると動きは鈍る。毒や種による攻撃だけ気を付けていれば、危険も少ないようだ。
走り始めてすぐにワイルドベアの亜種とアイスウィーズルが戦っているところに出くわした。こちらに気付かれることなく二頭を倒し、肉のブロックに。やはり魔力のキューブは便利だ。
フキの葉に包んで隊長へのお土産にする。魔石は交易小屋にいるエルフにでも渡しておこう。金に変わるような品があったほうが、交易も楽になるはずだ。
昼前には「ギョエェエエ」というインプの鳴き声が聞こえてきた。トレントがエメラルドモンキーに揶揄われているのも見える。
ほどなく沼に辿り着き、自宅である洞窟へ辿り着いた。肉をステーキにして早めの昼飯。ワイルドベアの脂が焚火にしたたり落ちて、ジュッと音を立てた。
「北に行けば行くほど、脂がのるのかな」
走っていただけなので特に疲れていない。昼寝もせずに、魔境の入り口である小川へと向かった。
小川からスライムが飛び掛かってきたので、遠くへ放り投げて遊んでやる。交易小屋にいたエルフたちが気付いて武器を手にこちらにやってきた。
「辺境伯! 帰ってきたんですか?」
エルフの2人は驚いたように武器を下ろした。
「いや、もう少しの間、北の方に拠点を移しているところだ」
「東海岸から魔族が来るというのは?」
「終わった。次は巨大魔獣が来るから避難しないといけなくて……」
俺はスライムを放り投げて、小川を渡り切った。
「魔族の次は魔獣ですか?」
「ああ、魔境の中で一番危険だ。お前たちも雨対策くらいはした方がいいかもしれないよ」
「わかりました」
エルフの2人は割と素直に、こちらの言うことを聞いてくれる。森での生活が慣れたのか、遠くで魔物の声が聞こえても多少気にするくらいで、過度に警戒しない。スイミン花や罠を仕掛けているから、近づいてこない限り危険はないと思っているのだろう。
「それで食料と日用品を買いたいんだけど、あるか?」
「いえ、それほど数はありません。大量に必要でしたら、訓練施設にまで行ったほうがいいかと」
「わかった。これ預けておくから、今後は自分たちの必要物資以外も保存食とか交換しておいてくれるか」
「え? これは……」
「ワイルドベアの亜種とアイスウィーズルの魔石だ。それなりに価値はあるはずだ」
「いくらくらいするものなんですか?」
「それは俺にもわからん。適当に釣り上げて、徐々に下げていってみてくれ。あんまり騙されないようにな」
俺はエルフたちに、魔石を渡して訓練施設へと向かった。
エルフたちが作ったのか、森の中に道もできてきている。落とし穴の罠も仕掛けているようだが、隠す気がないのかわかりやすい。狩り用というよりも、魔物が近づかない用の罠のようだ。
訓練施設の畑では収穫が終わり、レンゲソウの芽が出ている。来年の肥料だ。リストにはないが、交換しておいた方がいいかもしれない。
「こんにちはー。隊長いますか?」
畑に誰もいなかったので、正面門に回って門兵に声をかけた。
「どちらさんですか?」
「魔境の辺境伯です」
「失礼しました。どうぞ」
門を開けて建物の中に通してくれた。
「すぐに呼んできますので、しばしお待ちを」
広い玄関ホールで待っていると、隊長がサーシャと一緒にやってきた。
「お久しぶりです。辺境伯」
「サーシャはここの生活には慣れたのか?」
「ええ、もう匂いのする石鹸など持ち込んでいませんよ」
言われてみれば、化粧をしていないようだ。以前とは雰囲気が違う。
「エルフの管理人から、マキョーくんたちは東へ向かったと聞いていたが、終わったのかな?」
「ええ、魔境に関する情報収集とちょっとした交易が出来ました。魔族の国・メイジュ王国はこちらと戦争をするつもりはなさそうですよ」
「そうか。今日は食料の交換かい? 野菜なら、かなり収穫できたんだ」
「それは助かります。実はいろいろ頼みがあるんですが、いいですか?」
「もちろん、こちらで出来ることなら、いくらでも。それだけの借りがある」
「隊長、こちらも……」
サーシャが隊長に耳打ちしていた。
「ああ、そうだったな。とりあえず、奥に行こうか」
いつもは畑の近くにある小屋だが、今回は建物の奥にある応接間に案内された。
応接間には革のソファーが二つ向かい合わせであり、間にテーブルがある。後は窓際に花瓶が置かれ、花が生けられているくらい。壁には周辺の地図が貼ってあるが、魔境は灰色になっている。
俺はソファーに座って、肉をサーシャに渡した。
「朝に獲ってきたワイルドベアの亜種とアイスウィーズルの肉だ。ステーキにすると美味いよ。臭いがきつければ、煮込み料理に使うといい」
「ありがとうございます」
サーシャは肉を持って、応接間を出ていった。
「いつも悪いね」
「いえ。サーシャが戻ってくる前に、竜人族について話しても?」
隊長は竜の血を引く一族の一人だ。家系の話なので、なるべく二人だけで話した方がいいだろう。
「頼む!」
隊長の目が変わり、身を乗り出してきた。
「魔法国・ユグドラシールは竜人族の国だったようです。隊長や王族は正統な子孫でしょう」
「魔族の、いやメイジュ王国から得た情報かい?」
「ええ、1000年前の魔王に聞いてきたそうですから、確かです。それから、ミッドガードという都市ですが、様々な理由でダンジョンに移送され、今は巨大魔獣の中にあるそうです」
「では、魔境をいくら探しても見つからないのか?」
「ミッドガードの跡地は魔力がほとんどないような場所でした。巨大魔獣は3か月に一度現れるので、タイミングが合わなければ、いくら探しても見つけることはできないでしょう」
「時空魔法が必要な理由はそれか……」
「あと、10日ほどで巨大魔獣が現れる時期に入ります。ちょっと乗り込んでみようかと」
「……っ!!」
隊長は丸い目を大きく広げて、俺を見てきた。
「ミッドガードまで行けるかどうかわかりませんが、ダンジョンがどうなっているのかくらいは見てこようと思ってます。竜人族が生きているかもしれませんが、食糧難になっている可能性があります。これが魔境の総務が考えた支援物資のリストです」
俺はジェニファーが書いたリストを渡した。隊長はリストを受け取って目を通し、何度か頷いた。
「わかった。いや、正直なところ、ほとんどわかっていないが、とにかくマキョーくんは困窮している可能性がある我が一族の者に支援物資を届けようとしてくれているのだろう?」
「そうです。いつか連絡が取り合えるようになれば、と思っています」
「それだけ聞ければ十分! たとえ一縷の望みでも挑戦してくれ。頼む! 我が一族の悲願だ」
隊長はテーブルに頭をつけて頼んできた。手が震えている。本当は自分たちの一族で挑戦したかっただろう。
「もし会えたら、竜の血を引く一族がエスティニア王国にいることを伝えておきます」
「こんな日が本当に来るとは……」
隊長はそれからずっと笑っていた。
サーシャが戻ってくると、隊長はリストを持って応接間から出ていった。
「すべて抜かりなく用意しておくよ。サーシャ、説明をしておいてくれ」
「わかりました……」
バタン。
ドアが閉じると、サーシャはソファに座って身を乗り出してきた。
「なにを話してたんですか?」
「プライベートなことだ。いつか隊長が話してくれるさ」
「そうですか……。あ、調理場の料理人からくれぐれもお礼を言っておいてくれと頼まれました」
「そうか。喜んでもらえたならよかった」
「魔境の魔物はやはり美味しいんですか?」
「いや、俺は毎日食べてるからわからない。ただ、王都までの道中の宿で食べた煮込み料理とかは美味しかったよ」
「そうですか」
「それで? 俺になにか用があるのか?」
サーシャはちゃんとソファに腰を掛けてから、説明を始めた。
「隊長の部隊の他にもいくつか部隊があって、魔物使いの特殊部隊もいるんですよ」
「へぇ~、そんなの聞いたことないけど」
「前からあったらしいのですが、イーストケニアで見たエルフの国の魔物使いが優秀だったらしく隊員を増やしているところでして。先の魔境侵攻の際には辺境伯も魔物を使って追い返したとか?」
「いや、魔物を使役したわけじゃないぞ。できる奴は魔境にもいるけど、強制的な力だからな。魔物使いとはまた違うかもしれない」
「そうですか。魔境の魔物で訓練できないかと考えたのですが……」
「じゃあ、魔境に来ればいいんじゃないの? 死なないでくれたら、勝手に入っていいよ」
「それはかなり難しいですね……」
サーシャが困ったように頬に手を当てた。
「生きたまま魔境から魔物を連れてくるか、俺が兵を死なせないように魔境ツアーをすればいいのか?」
「ええ、とても助かります!」
「魔境ツアーが訓練になるのかどうかわからないけどな」
「ああ、そうですね」
サーシャたちが、この訓練施設で何をしたいのかよくわからない。
「結局はどういう訓練をしたいか、じゃないのか?」
「例えば、突如町の中に強力な魔物が複数現れたらと、想定したときに対処できなくて……」
「対魔物の市街戦か。敵に魔物使いがいれば、地下道を通ってそういうことも起こりえるということか」
「辺境伯はどうやって魔物に対処してるんですか?」
「えっと、ほとんど殴ってる。あと蹴ったり」
「それは常人には無理なんですけど……。ちょっと見せてもらえないですか?」
「ああ、隊長の準備ができるまでなら、構わないけど」
そう言うと、施設内の闘技場というところに連れていかれた。
すり鉢状の円形闘技場に狼の魔物であるフィンリルと剣を持った鉄の鎧の兵士が戦っていた。兵士の方は鉄の鎧のせいか動けず、フィンリルの動きに翻弄されている。フィンリルの後ろにいる魔物使いは、細長い棒で指示を出していた。
訓練生と思われる兵士たちは観客席から、戦いを見守っているだけ。なんの訓練をしているのかはわからない。鎧の耐久テストかな。
「辺境伯が直々に訓練をしてくださる! 心して見るように」
サーシャが大声で言ってしまったので、とりあえず俺は跳んでフィンリルの前に立った。
鉄の鎧の彼はぜいぜいと息をして苦しそう。
「鎧を脱いで、休んだ方がいいよ。魔物相手に無理するもんじゃない」
兵士は頭を下げて、観客席に向かっていった。
「よろしいのですか?」
魔物使いが聞いてきた。
「あ、いつでもいいよ。不意打ちでもいいから」
俺はフィンリルに背中を見せて、観客席に座っている兵士たちの方を向いた。
「冒険者ギルドでも教えているようなことしか教えられないと思うけど、4ヵ月くらい俺が魔境で生活してやってきたことを説明します」
フィンリルが横から俺に噛みついてきたので、首を掴んで地面にねじ伏せる。それでも前足を使ってひっかいてくるが、腹を思いっきり撫でると舌を出して荒い息をするだけになってしまった。
「あんまり強くない魔物への対処はこれでいいんだけど、魔境の魔物にはほとんど通用しない。基本的には観察して、判断して、倒すが流れです。まずは武器がどこなのかを観察」
俺はフィンリルの頭を持って、口を広げた。
「こういう毛の生えた魔物の武器は牙と爪だ。それさえ気を付けていれば、だいたいどういう攻撃が来るのかがわかる。噛みつきか、ひっかきかのどちらか。魔法を使ってくるようなのには、尻尾を警戒したほうがいいかもしれないですね」
「そのフィンリルは魔法を使えないです」
魔物使いが説明してくれた。
「そうか。普通はそうだよなぁ。アイスウィーズルなんかは氷魔法を使ってくるから、魔物によって対応を変えたほうがいいんです。だから、観察は大事で、何日もかけてもいいと思います」
「それはわかるのですが、その後が……?」
手を上げたサーシャが聞いてきた。
「だいたいどういう攻撃が来るのかがわかったら、弱点を探っていけばいいんだよ。まぁ、攻撃が当たる部位でもいいです。フィンリルの場合は、鼻と舌を抑えちゃえば、問題ないんじゃないか」
フィンリルを一度放して、飛び掛かってきてもらった。
俺は地面の砂を掴んで、フィンリルの顔面に向けて投げつける。
キャンッ!
フィンリルは子犬のような叫び声を上げて、フンッと鼻に入った砂を吐き出していた。
「こうなると、あとはやりたい放題でしょ」
俺はフィンリルの全身をくまなく撫でてやった。
「魔物の固い毛に阻まれたりしませんか?」
兵士の一人が手を上げて聞いてきた。
「それは魔力でどうにかなると思うよ。俺もあんまり魔法は使えないんだけど、魔力は使えるんだよね。ああ、わかんないか。えーっと、その鎧、使ってもいい?」
先ほど耐えていた兵士の鉄の鎧を指して聞いたら、「どうぞ」と渡してくれた。
「サーシャ、新しいのを用意してあげてね」
「へ? あ、はい」
「鉄の鎧を普通に殴っても、全然効かないけど……」
コンコンと鉄の鎧を拳で軽く叩きながら説明する。
「魔力を拳に込めると……」
ベコッ!
鉄の鎧がひしゃげた。
「だいたいこれで対処できる。剣とかでも変わらないと思うけど、どうなんだろうね。最近は魔物を討伐するのに、武器は使わないからわからない」
「詠唱も唱えずにどうやったんですか?」
黒いローブ姿の兵士が聞いてきた。魔法使いの部隊かな。
「逆に俺はこれの詠唱を知らない。でも、魔力って誰の身体にも流れてるから、呪いでもない限りできると思うよ。で、これを足に流すとこういうこともできる」
俺は足に魔力を込めて、軽く闘技場を走った。端から端まで一歩で跳ぶこともできるのを見せると、兵士たちは唖然として声も出せないようだった。フィンリルすら怯え始めている。
「やりすぎた?」
「辺境伯、やりすぎです」
サーシャが答えた。
「でも、一番魔境に近い訓練施設の兵士たちが、これくらいで驚いていてはちょっと困ると思うけど」
パンッ!
俺は鎧に魔力のキューブで四角い穴を空けた。
「ほぅらね。時魔法とかで防がない限り、これでだいたい対処できる。これは別に特別なことじゃなくて単なる一つの技術でしかないんです。世の中には霊媒術とか魔力を吸収する呪いとか、いろんな能力があるので、自分に合うものを探してみるといいと思います」
「それは誰でもできることではないのでは……?」
俺は自分の鎧の中から、冒険者カードを取り出して見せた。
「4か月前まで、俺は最低ランクの冒険者でした。今は辺境伯。肩書以上にできることは変わりました。誰でも変われます。変わる方向次第じゃないですか」
ちょうどタイミングよく隊長が呼びに来てくれたので、俺は闘技場を後にした。




