【攻略生活3日目】
「マキョーには向かない土地だな」
ヘリーは植物も魔物の姿も見えない岩石地帯を見ながら言った。
「食べ物がないからか?」
「いや、そうじゃなくて……。見えていないのか?」
もしかしてヘリーには幽霊でも見えているのだろうか。
「嫌なこと言うなよ」
「見えてないならいいか。古井戸に行こう」
朝飯を食べてからテントを片付け、西へと向かう。
森を抜けて植物も背が低いものしか生えていない。効果がわからないものが多く、そこかしこに魔物の骨が散らばっていたりする。古井戸と地底湖を探るために地中に魔力を放つと、周囲の岩や石のような多肉植物が一斉に小さな花を開かせて甘い匂いを漂わせていた。
「この匂い吸わない方がいい」
「ああ、先を急ごう」
魔境の植物が無意味に甘い臭いなど発するわけがないので、とっとと多肉植物の群生地から離れる。遠くから見ればわかるが、群生地は白っぽく骨が大量に落ちていた。
魔物もほとんど周囲の岩に溶け込んでいて、ぱっと見にはわからない。
「あれは本物の岩なのでは……?」
ジェニファーが見つけたのは大きな蜥蜴の岩だった。ラーミアにでも石化されたのか、飛びつこうとしたままの状態で固まっている。口の中で小さなネズミが巣を作っていた。
周囲には岩と区別がつかないカメや、わずかな泥の中に潜むハイギョなんかもいる。また、ワイバーンやデスコンドルの巣も多いのか、空を飛ぶ魔物も多い。
「注意して見ないとわかりませんね」
「どこに行っても魔境だヨ」
日も高く昇ったので昼休憩。その間にワイバーンから荷を下ろして解放する。疲れたのか解放したワイバーンが地面をゆっくり歩いていたら、すぐに灰色の狼に追いかけられて飛んで逃げていた。
「ここからは自分たちで運ぼう」
「わ、わかった。ジャ、ジャ、ジャングルと違って好戦的な魔物はいないかと思ったけど、そんなことない」
昼飯は干し魚にパン、それからメイジュ王国産のピクルス。ピクルスは酸味が効いていて、疲れた体に染みた。
「ピクルス、バカうま! 輸入しようか」
「いろいろ落ち着いてからネ」
「まだ、古井戸まで結構ありますか?」
空を飛んでいるリパはこのまま飛んで行くか、地上で荷物を運ぶか決めかねている。空飛ぶ魔物の対処に手間取っていたので、空中戦はまだ苦手なのだろう。ヘリーの矢も回収して何度も使っているうちに折れ始めている。
「もうそんなにかからないと思うから、地上に降りてもいいぞ」
地中を探ると、大きな空間が空いているので地底湖の上には来ているはずだ。
「古井戸なら、たぶんもう見えている」
ヘリーが北西を指さした。
「こんなにはっきりまじないで見えるのも珍しい」
地面に置かれた、まじない用のネックレスが北西に向けて矢印の形になっていた。
「まじないってこんなあからさまにわかるのか?」
「いや、誰かに呼ばれているのかもしれない。古井戸の奥に骸骨がいたのだろ?」
「100年前にいたP・Jの内の誰かですかね?」
P・Jは人の名前の頭文字であり、100年前にいた魔境を探索したパーティーの名前でもある。どちらにせよ、すでにこの世にはいない。
「急に行きたくなくなってきたな」
「マキョーは避難しないかもしれないからネ。私たちは古井戸の奥に避難所を作るヨ」
チェルは相変わらず俺が巨大魔獣に乗り込むことを期待しているようだ。たとえ、乗り込むとしても準備が必要だと思うのだが。
「今回は普通に避難するつもりなんだけど」
「チャンスを潰す気カ?」
「チャンスはピンチだぞ。魔境ではピンチの方が多いんだからな」
「大丈夫。魔族の愚王も言ってたカラ」
「愚王が言ってるってところが余計に大丈夫じゃないけど」
「なにをー、バカにする気カ!」
「バカにされるための愚王だろ?」
「そうだケド……。そうじゃないんだヨ!」
「わかってるよ」
チェルは帰ってきてから何度も1000年前について説明していた。初めて聞いたときは、王の霊に囲まれたという時点で頭に入ってこなかったが、さすがに愚王のことは覚えた。
「今度は100年前の連中に話を聞くことになるかもしれん。大丈夫、霊媒術は得意だから」
ヘリーには珍しく胸を張って言った。自信があるようだ。
「前に金貨を持っていたというゾンビを焼いたことがあっただろ? すでに自我も崩壊していて霊体もなかったから聞けなかったけど、ずっと気になっていたのだ」
「魔境の情報を知れるのはいいけど、俺は離れておくからな」
女性陣は俺を見て笑っているが、実体もないわけのわからない者と話すなんて、よくできるな。そのうち、精霊とか悪魔とか交信し始めるんじゃないだろうか。まったくもって理解できん。
食後にヘリーの案内で北西へ向かう。
移動を開始してすぐに、以前、俺が落ちた古井戸は見つかった。井戸の底まで大した高さはなかったが、ここで俺は足の骨を折っているので、十分注意して下りた。
魔石灯の明かりを頼りに奥へと向かうと、人の頭ほどある光るキノコが至る所に生えていて、明かりも必要なくなった。
最奥の大きな空間には水が溜まっていて、数メートル先は一切見えない。以前と変わらない地底湖がそこにはあった。
薄気味悪く、巨大魔獣が来なければ拠点は置きたくないような場所。岸辺に拠点を決め、焚火の用意をする。風もどこかへと流れていっているので、火を焚いても問題はない。地下なのでテントの必要はなさそうだ。
壁付近に黒いローブを着た骸骨が座っている。雷紋の模様が描かれたドーナツ型の石を持っていた冒険者。『ダンジョンを盗まれた、終わりだ』と書いた張本人。果たして彼はいったい何者なのか。いや、骨だけしかないので性別はわからないか。
「男だよな?」
「間違いなく男だ。できれば、このまま聞き取り調査もしたいのだが、構わないか?」
「じゃあ、離れておくよ」
俺はなるべく骸骨から離れたところに自分の寝床を作ることに。ワイルドボアの毛皮を敷くだけだが、自分の居場所があるというだけで安心する。おそらく一日中待機することになるだろうから、魔石灯を準備して読書に費やせるようにしておく。
その間に、ヘリーは霊媒術の祝詞やまじない用品を骸骨の周囲に置いて、儀式の用意をしていた。女性陣とリパも集まっていて、俺だけ遠くから見守っている。
祝詞が地底湖に反響して、薄気味悪い雰囲気を一層不気味にしていった。
なるべく見ないようにはしていたが、いつの間にか骸骨のしゃれこうべが動いていて、ヘリーと普通に会話をし始めていた。
「名と出身は?」
「ポール・ジェラード。メイジュ王国西方、代々王の守護を任せられている一族の出だ」
低い声だったが、はっきりと聞こえた。一気に身が縮み、息をするのも忘れそうになる。
「ジェラードって、セキトたちの祖先だ!」
チェルが驚いて声を上げていた。
「有名な一族なのか?」
「名門だヨ。ただ、昔はその……、当主選びで骨肉の争いがあって若い当主が病死することが多かったはずだけど。まさか、魔境に来てたとはネ」
「ポールは当主にならなかったのか?」
ヘリーが骸骨に向けて質問した。
「ああ、長男である我から見ても弟が適任だった。飛びぬけた才能は疎まれるのが世の常。家を盛り立てていくなら、支えがいのある者がいいだろう。我ものちに弟から命を狙われるとは思わなかったが……」
「魔族による魔境侵攻か?」
「ああ。無論、ピーターがいたので相手にはならなかった……」
「ピーターとはピーター・ジェファーソンのことで違いないか?」
「我らのボスはピーター・ジェファーソン、ただ一人よ」
空島に墓地があるピーターがボスだったようだ。なによりこのポールは100年前のP・Jの一人で間違いない。
「他の仲間の名前を教えてはくれぬか?」
「ファントム・カ・ジーラ。ファレル・ジェイルス。パーク……」
「カジーラはエルフか?」
「ああ。間のカは下層民出身という意味だそうだ。魔境では意味を成さぬ。誰よりも美しい女性だった……」
「もしかして焼いたエルフのゾンビって……?」
ジェニファーは恐る恐るヘリーに聞いていた。
「おそらく彼女だ。エルフの文献にも時魔法を扱うエルフとして書かれていたが、下層民出身だったか。隠したい者たちがいるのだろう」
金貨まで奪って死体を焼いた俺はもしかして恨まれているかもしれない。ヘリーは霊体もないと言っていたけど、呪いは残っていたりして。
でも3人の死体は見つけて、ファレルの遺体がクリフガルーダにあるとして、もう一人いる。そして、もう一人の死体は拠点の洞窟で見つけてある。
「パークというのは?」
「あらゆる魔法陣を操るドワーフ。天才であることは間違いないが、ピーター亡き後、我らとは別の道を行った」
「我らとは?」
「我とジーラ。二人で時空魔法を完成させれば、再びミッドガードまで辿り着けるはずだった。あんなことがなければ……」
「ミッドガードに行ったのか?」
「ああ、ピーターに連れられて行った。我らは真実を見てきた。そこでダンジョンの卵を手に入れたが、盗まれてしまった」
ダンジョンを盗まれたと書いていたが、ダンジョンの卵だったのか。だとしたら、ポールが書いていたダンジョンとは、巨大魔獣が飲み込んでミッドガードが移転されたダンジョンとは別なのか。複数のダンジョン……。いや、ミッドガードにはダンジョンを作る技術があったということか。
「誰に盗まれた?」
「わからぬ。過ぎたる技術と判断したピーターか、祖国を発展させたいと願ったファレルか、それとも嫉妬にかられたパークか……。仲間を疑ってもきりがない。ただ、我がどこかに落としてしまったのかもしれない。ダンジョンさえあれば、ジーラとともに……」
徐々にポールの声が消えていった。
「これ以上は犠牲を伴う。やめておいた方がいい。マキョー、今の話は聞いていたか?」
「これだけ静かなところで反響しているからな。聞こえていたよ。そのポールとジーラは恋人だったっていうことでいいか?」
周囲をよく見たが、ポールと思しき霊の姿はない。
「おそらく、そうだ」
「金貨を持っていた彼女だろ? なら、この金貨はポールに預けておこうか。今度、焼いた遺体もここに持ってこよう」
俺はそう言って、懐にしまっていた金貨をポールの手に置いた。皆も俺の提案には賛成のようだ。
「確認だけど、ポールはダンジョンの卵を盗まれたって言っていたよな? ダンジョンではなく……」
「うん、『旅のしおり』には急いで殴り書きしていたから、卵って書く暇はなかったのかもしれないネ」
「卵ねぇ。実はさ……」
俺は再び懐をまさぐり、卵型の革袋を取り出して見せた。
「辺境伯になる時に、王都に行っただろ? その時、ある娼館に行ったんだ。そこでP・Jの従士からの預かりものとして受け取ったのが、この革袋だ。卵の形をしてないか?」




