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71 窮地



 琉斗は焦燥感に駆られていた。


 おそらく、このまま一対一で戦っていれば琉斗がグラントに負けることはまずない。今のところ琉斗にはこれといった決め手は見つかっていなかったが、それは相手も同様。そのうち打開策も見つかるかもしれない。


 だが、そうも言っていられない事情というものが琉斗にはあった。それは、魔物たちを一手に引き受けてくれているトゥルムとレラのことである。


 琉斗の目には、二人は限界に近づいているように見えた。

 トゥルムはやはり最初のダメージが大きいのか、八極将魔であろう魔物に苦戦を強いられている。レラもすでに百体以上の魔物を血の海に沈めているが、敵は次から次へと二人に襲いかかってくる。彼女たちに息つく暇も与えない。


 琉斗も二人をどうにか援護したかったが、目の前の敵はそれを易々と許してくれるような相手ではなかった。こちらが少しでも手を緩めようものならば、その隙を逃さずに一気に踏み込んでくる。とてもではないが、気を抜けるような相手ではない。


 このままでは、それほど間を置かずに二人が倒されてしまうのは間違いないように琉斗には思われた。それは琉斗にとっては完全な敗北を意味する。

 もちろん戦力的な意味もあるが、それ以上に、琉斗は二人を失うわけにはいかなかった。彼女たちは、琉斗が龍皇であることを受け入れてくれる、この世界で数少ない存在だからだ。いや、そのような理屈以前に、彼女たちは琉斗にとって最早なくてはならない大事な存在であった。


 もし二人が敗れれば、琉斗はグラントに加えて残りの魔物も相手にせざるを得なくなる。グラントが一対一の決闘を続けてくれるなどとは琉斗は思っていなかった。この魔物は、きっと確実に琉斗を倒しにくる。

 自身が圧倒的な力を持っているにも関わらず、これだけの魔物を集めて万全の態勢で琉斗たちを迎え撃っているのだ。グラントの気質は正々堂々たる戦いを求める武人などではなく、必勝の布陣をもって戦いに臨む将軍のそれであるに違いなかった。


 だが、グラントの狙いはおそらくそこではないだろう。彼は、二人が殺されるまで琉斗がだらだらと剣を交わし続けるとは思っていない。きっと琉斗がどこかで無理にでも戦いを動かしに来ると踏んでいるはずだ。そして、その隙を彼はじっと狙っているのだろう。


 しかし、そうだとわかっていても、このまま動かないわけにはいかない。二人が倒される前に、琉斗は何としてもこの難敵を倒さなくてはならないのだ。


 再び間合いを取ると、琉斗は左手をグラントへ向ける。


「これでも食らえっ!」


 叫び声と共に、琉斗は一気に魔力を放出する。八極将魔ジークを倒した破滅級魔法だ。


 耳をつんざくような爆音を立てながら、激しい爆発が起こる。グラントの身体はその爆風にあっという間に飲み込まれていく。


 だが、その爆発が急に止まる。何かがバツの字状に走ったかと思うと、爆風は周囲へと四散していった。


 土煙の中から、グラントが何事もなかったかのような顔をして現れる。身につけた鎧があちこち損傷しているが、本人には特にダメージがあるようには見えない。


「驚いたよ。君は魔法もこれほどのレベルなのか。ますます殺してしまうには惜しい」


「そう思うなら、どうか見逃してもらえないか? そうすればまた俺と戦うこともできるぞ?」


「駄目だ。私は君のその剣がどうしても欲しくてね。さて、次は私の番だ」


 そう言って、グラントは黒い闘気を纏った剣をこちらへと振り下ろしてくる。


 刃から放たれた闘気は、六つの帯に分かれて琉斗に襲いかかる。


 そのうちの半分を琉斗は手にした剣で叩き落とし、残る半分は展開した魔法障壁で防ぐ。


 二つ目の黒い帯を弾き返した障壁は、三つ目の帯が衝突するとパリンと音を立てて砕け散った。残りの三つを剣で叩き落としていなければ、直撃は免れなかったであろう。


 やはり隙など見せることはできない。しかし、闘技も魔法も有効打にならない相手に、いったいどう戦えばいいというのか。


 その時、向こうから低い呻き声が聞こえてきた。


「ぐぶっ!」


「大丈夫ですか、トゥルム!?」


 そちらへとわずかに意識を向けると、魔物の一撃に膝を折るトゥルムの姿を魔力で感知することができた。ここまでよく戦ってくれていたが、いよいよ限界が近いようだ。


 最早一刻の猶予もない。何としても、目の前の敵を撃破しなければ。


 だが、グラントには破滅級の上位闘技も上位魔法も通じなかった。このまま撃ち込み続ければ倒せるのかもしれないが、そんな時間は琉斗には残されていない。


 では、いったいどうすれば――必死に頭を働かせた琉斗の脳裏に、一つの単語が浮かぶ。


 それは『全知の記録(アーカイブ)』によれば、今の琉斗が使用するのは危険らしい。まだ力の加減がうまくいかない可能性が高いからだ。


 だが、今はもうそんなことを言っていられるような状況ではなかった。このまま手をこまねいていれば、いずれトゥルムとレラは魔物の手によって命を落としてしまう。


 やるしかない。琉斗は決断した。たとえ危険であろうとも、二人を救うためにはもうこれしかない。彼には時間がないのだ。


 琉斗は静かに口を開いた。


「グラント、お前は確かにとんでもない力の持ち主だ」


「ありがとう。君も魔王さまの次に強かったよ」


「そんなお前に敬意を表して、俺の今の限界を見せてやろう。お前も全力で来い」


「ほう、そんなことを言っていいのかね? もしその技で私を倒せなければ、君にはもう打つ手はなくなるのだよ?」


「安心しろ、この一撃で俺は必ずお前を倒す」


 グラントの問いにそう答えると、琉斗は静かにつぶやいた。


「見せてやるよ、グラント。今の俺にできる最高の技――神罰級闘技を」




大変お待たせしてしまいました。投稿を再開します。


物語も大詰めですので、どうぞよろしくお願いします。

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