70 激闘
「さて、それではさっそく君の力を確かめさせてもらうとしようか」
不敵に笑うと、グラントは手に持った剣に力を込めていく。剣には黒いエネルギーが集まり、禍々しさを増していく。
目の前の男は二メートルを超えるであろう大男であったが、琉斗たちを取り囲む魔物たちが軒並み三メートルを超える巨大な魔物であるため、むしろ小柄で貧弱に見えなくもない。
だが、こうして対峙していると到底与しやすい相手とは思えない。その全身にまとっている闘気は、明らかに他の魔物を圧倒する強大さであった。
そして、グラントは高々と掲げた剣を無造作に振り下ろす。
その刀身から黒い闘気が吹き出したかと思うと、琉斗目がけて真っ直ぐに伸びてきた。
琉斗は慌てずに剣の先に意識を集中させる。
切っ先が輝いたかと思うと、光が一気に円形に広がっていく。出現した円形の魔法障壁は、グラントが放った黒い闘気を遮るとそのまま跳ね返してしまった。
「ほう」
グラントが感心したように眉を上げる。琉斗があっさりと自分の攻撃を防いだことに少々驚いているようであった。
「なかなかやるじゃないか。この一撃をしのぎ切った者自体、数えるほどしかいないというのに。こうも容易く防いだのは君が二人目だ」
「もう一人が誰かを知りたいところだな」
「言うまでもないよ。魔王さまさ」
「お前は魔王に剣を向けたことがあるのか」
「ああ。というより、私は元々魔王さまを倒そうとして城に乗り込んでいったクチだからね」
昔を思い返しているのか、グラントが遠い空を見上げる。
「さすがに敵わなかったけどね。私が死を覚悟したのは、後にも先にもあの時だけだよ」
「じゃあ、久しぶりにその感覚を思い出させてやるよ」
言うと、琉斗は剣に意識を集中していく。すると、剣が帯電し一筋の稲妻のような姿へと変わる。
「これでも食らえっ!」
琉斗の声と共に、稲妻がグラントへと襲いかかる。以前琉斗が巨龍ラグドに放ったのと同じ技だ。八極将魔の生命力を根こそぎにした必殺の闘技がグラントに迫る。
迫りくる稲妻を前に、グラントは剣を両手で握ると、大きく剣を振りかぶって稲妻を一刀両断した。激しい音と共に、稲妻が散り散りになって消えていく。
最早グラントの顔に余裕はなかった。額からは一筋の汗をたらし、厳しい視線を琉斗へと向けている。どうやら今の一撃で琉斗の力を理解したようであった。
琉斗の額からもまた、一筋の汗が流れ落ちる。
目の前の敵は、間違いなくこれまでの中で最強だ。今までの敵とは別次元の強さなのは間違いない。
ちっ、と舌打ちする琉斗に、グラントが話しかける。
「君はいったい何者だ……? 今すべてを理解した。八極将魔を次々と葬ってきたのはそこの嵐龍ではなく、本当に君だったのだな」
「その通りだ。そして、次はお前の番だ」
「その言葉が根拠のない強がりなどではないことは、今の一撃でよくわかった。私も本気で戦わせてもらうとしよう」
そう言うと、グラントは全身に黒い闘気を纏い始める。
そして、一気に琉斗との間合いを詰めてきた。
グラントの斬撃を、琉斗も闘気を込めた剣で受け止める。
そのまま、二人は五合、十合と激しく剣を打ち交わした。
グラントの剣は、苛烈を極めるものであった。
剣技自体は、そこまで驚くほどではない。技術だけで言えば、おそらくは以前戦った八極将魔ゼノザールの方が上だろう。
だが、その一撃一撃があまりに重い。十分に闘気が乗った剣撃は、こちらも本気で闘気を乗せなければ到底受け切れるものではなかった。
結論から言えば、二人の剣は完全に拮抗していた。もしグラントが剣士タイプであるならば、魔法も使える琉斗の方が有利ではあるかもしれない。
だが、琉斗には今のところ有効打の決め手が見つかっていなかった。先ほどの闘技もグラントの前には通用しなかった。もっと相手を崩すなり工夫しなければならないのだろうが、今のところグラントに綻びを見せる気配はない。
剣撃の合間に闘技を挟んだりしてみても、グラントは冷静にさばいていく。付け入る隙など見あたらない。もっともそれは相手も同様で、時折放たれる強烈な闘技に琉斗は落ち着いて対処していた。
お互い間合いを取ると、グラントが嬉しそうに笑う。
「まったく、驚きだ。これほどの強者がまだこの世界に存在していたとはね。北の勇者など問題にならない強さだ」
「俺も正直驚いているよ。魔王の手下にこんなに強い奴がいるなんて、俺は聞いていない」
「ははは、私はこの世界ではそこそこ名を知られているつもりだったのだがね。まだまだ知名度が足りないようだ」
グラントが苦笑する。
横へと目を向ければ、トゥルムとレラが魔物の群れを相手に必死に戦っている。特にあの四本腕の魔物は強敵らしく、トゥルムはその魔物の相手で精一杯のようだ。残りの魔物はすべてレラが引き受ける形になっている。
早くこちらを片付けて救援に向かいたいところであったが、目の前の敵はそれを許してくれそうにない。
「気になるかい、彼女たちが?」
「ああ、だから早くお前を片付けることにするよ」
「それは困る。君にはそろそろ退場してもらって、その剣を私のコレクションに加えようと思っているのだから」
お互い軽口を叩き合った後、再び間合いを詰めて剣を斬り結び合う。
二人の戦いは、いつ果てるとも知れなかった。




