69 別格
地上からの攻撃を受け、トゥルムは琉斗とレラを乗せたまま真っ逆さまに墜落していく。
琉斗は急いでトゥルムの身体をチェックする。彼女の身体に魔力を通すと、腹部に大きな穴が開いているのがわかった。そこから大量の血液が噴き出している。
それを塞ぐべく、琉斗はトゥルムに回復魔法をかける。何せ自分が傷つく場面などなかったものだからうまくいくかわからなかったが、トゥルムの傷はみるみる塞がっていく。
だが、余程ダメージが大きかったのかトゥルムはぐったりとしている。どうやら応急処置程度の効果しかなかったようだ。
「トゥルム、おいトゥルム、しっかりしろ」
琉斗の呼びかけに、トゥルムが弱々しくうなずく。
地上ぎりぎりのところでトゥルムの身体は空中に静止し、そのままゆっくりと着陸する。
「申し訳ございません、リュートさま」
「気にするな、俺がうかつだった」
実際うかつであった。トゥルム自身の戦闘力が高いため、わざわざ防御障壁を張るまでもないと思っていたのだ。敵を発見した時点で張っておくべきだった。
「傷は大丈夫か?」
「はい、完全に塞がっています。戦う分には問題ありません。回復魔法、ありがとうございます」
「無理はするなよ」
「大丈夫です」
トゥルムはそう言うが、やはりダメージは大きかったようだ。身体的ダメージは魔法で回復したものの、闘気や魔力の根源である生命力がごっそりと削られているのだろう。
周りを見渡せば、すでに大勢の魔物に取り囲まれている。魔物の群れはすぐに襲いかかってこようとはせずに、遠巻きに自分たちを見つめている。
そんな魔物たちの中でただ一人、剣を手にした男が中央にぽつんと立っていた。
「誰かと思えば、まさかあの時の嵐龍だったとはね。八極将魔が倒されるのも道理か」
男は納得したようにうなずく。
「私のあの攻撃を受けて息があるどころか、傷がすっかり治っているとはね。余程優秀な魔術師を味方につけたのかな?」
余裕の笑みを浮かべながら男は続ける。
「そもそも君がまだ生きているとは思わなかったよ。てっきりあの時に仕留めたものだと思っていたからね。君のところの龍王が張り切ってくれたおかげで、私もとどめを刺して回る余裕はなかったしね。彼はまだ元気かい?」
「当然だ、貴様ごときに心配されるまでもない。それに貴様は何か勘違いしているようだが、八極将魔を葬ったのは私ではなく、こちらのリュートさまだ」
「ほう?」
男が興味深げに琉斗へと視線を移す。
「話から察するに、お前がグラントとか言う八極将魔か?」
「いかにも。私の名はグラント、八極将魔の一極だ」
「口のきき方に気をつけろよ、小僧。グラントさまは八極将魔の中でも最強、魔王様に迫る実力の持ち主だ」
後方に控えていた四本腕の巨大な魔物が琉斗を睨みつける。どうやらあの魔物も八極将魔レベルの力を持っているようだ。
「さっきトゥルムに向かって攻撃してきたのもお前か?」
「その通り。必殺の一撃のつもりだったのだが、さては彼女を回復したのは君かね?」
「そうだ。仲間を傷つけた代償は高くつくぞ」
琉斗は剣を抜くと、グラントに向かって切っ先を突きつける。
怒りを露わにする一方で、琉斗は冷静に相手の力を分析してもいた。
先ほどの一撃は恐るべき威力だった。グラントが言う通り、琉斗の回復魔法がなければトゥルムはあのまま息絶えていただろう。琉斗でさえ、もしまともに直撃していればどうなっていたかわからない。
今までの敵とは明らかに次元が異なる強敵に、剣を握る琉斗の手にも思わず力が入る。
一方のグラントは、余裕のある口調で琉斗に声をかける。
「どうやら君はただの人間ではなさそうだね。名を聞いてもいいかな?」
「俺の名は皇琉斗だ。もっとも、ここで死んでいくお前が知っても仕方ないがな」
「ふむ、リュートか。そこまで言うからには、楽しませてくれることを期待しているよ」
そう言って、グラントは後ろに控える魔物に指示を飛ばす。
「オーネス、嵐龍は君に任せるよ。私はリュートとの戦いを楽しむことにするから、君は彼女が邪魔しないよう相手をしてあげてくれ。今の彼女はかなり弱っているから、君でも抑えることができるだろう」
「殺してしまっても構いませんか?」
「言ったろう? 君に任せると」
それを聞いたオーネスという魔物が、嬉しそうに笑う。
「グラントさまのお許しが出た。嵐龍、貴様はこの我が直々に葬ってくれよう」
「笑わせるな、グラントの腰巾着が。貴様ごとき、リュートさまのお手をわずらわせるまでもない」
トゥルムは背中のレラに声をかける。
「レラ、私たちはあの魔物たちを片付けるぞ。いけるな?」
「もちろんです」
「では、背中は任せたぞ」
レラがうなずく。
グラントは愉快そうに笑った。
「どうやらあちらの方も話がまとまったようだ。それでは私たちも、そろそろ始めるとしようか」
剣を構えると、一歩ずつ琉斗に近づいてくる。
魔王軍最強の将との戦いが、今始まった。




