68 襲来
トゥルムの背に乗って二日目、琉斗たちは順調な旅を続けていた。
道の途中に配置されていた砦も、相手にせず放置する。迎え撃とうと迫ってきた敵の航空戦力は、トゥルムの竜巻によってことごとく倒された。
「この分ですと、遅くとも明日の昼には魔王城に到達できるでしょう」
「凄いな、こんなに早く着くなんて」
感心する琉斗の隣で、レラが疑問を口にした。
「でもトゥルム、あなたはなぜ魔王城の場所がわかるのですか?」
「何、簡単なことだ。この道は魔王城へと続いている。そしてこの大陸の広さと私の飛行速度を考えれば、自ずから答えは導かれる」
「なるほどな。普通に考えれば魔王城は大陸の中央あたりだろうしな」
「その通りです。少なくとも魔王城が大陸の西寄りではないということは、我ら風龍族と魔王軍のこれまでの戦いで判明していますので」
「じゃあ、明日には最終決戦なんだな。気を引き締めていくとするか」
そう言った直後、琉斗は笑みを浮かべた。
「でも、これですでに八極将魔の半分を撃破したことになるのか。この分なら案外あっさりと魔王のところまで行けるかもな」
「おそれながらリュートさま、楽観なさるのはまだ早いかと存じます」
冗談めかして言った言葉に、トゥルムが遠慮がちに反論する。
「魔王軍には、魔王の他にも一人だけ注意しなければいけない魔物がいます。その名はグラント、八極将魔最強の将です」
「へえ、そいつはそんなに強いのか?」
「はい、奴の強さは他の八極将魔の比ではありません。その戦闘力は魔王にも迫ると言われております」
「それは強敵だな」
「御意。恥ずかしながら、私も以前奴との戦いで瀕死の重傷を負ったことがございます。その時の戦いで、我が主ウィスカさまはお力のほとんどを失われてしまいました。もう随分と昔の話ですが」
「龍王と風龍族随一の戦士が相手でも敵わないのか。確かに強いな」
「奴は北の勇者を倒すために遠征に出ていましたが、おそらくそろそろ戻ってきている頃かと思われます。魔王城の手前で我々を迎え撃つ準備をしていることでしょう」
「それはやっかいだな」
琉斗は両腕を組んで考え込む。
それから、トゥルムに尋ねた。
「お前から見て、俺とそのグラントって奴はどっちの方が強い?」
「おそれながら、今のリュートさまとグラントの力はほぼ拮抗しているように私には思われます。もちろん、私は昨日の戦いしか拝見しておりませんので、リュートさまの本当のお力を知らないわけですが」
言いにくそうにトゥルムが答える。
「そうか……」
琉斗は少し困った顔をした。
確かに、自分の内に秘められた龍皇の力はこんなものではない。だが、それをまだ完全に引き出すことができていないのもまた事実だ。
トゥルムの話では、そのグラントという魔物は龍王とトゥルムの二人がかりでも倒せないほどの強敵だという。しかもそれは昔の話。もしかすると、今はさらに強くなっているかもしれないのだ。おそらくはこれまでにないほど厳しい戦いになるだろう。
龍皇の力をもっと引き出せるようにしなければいけないだろう。琉斗はそう結論づけた。ぶっつけ本番になるだろうが、やるしかない。
琉斗はそのまま厳しい表情で思案に暮れる。
と、突然トゥルムが緊迫した声を上げた。
「リュートさま、敵です! これは……敵の精鋭部隊!?」
琉斗たちの目の前には、何十体もの魔物が出現していた。その数はさらに増えていく。
トゥルムが竜巻を放つが、今までの敵とは違い、巧みに散開して被害を最小限に抑えようとする。そのうちの幾体かはトゥルムへと肉薄する。
「ようやく俺たちの出番だな」
「はい」
琉斗はレラとうなずき合うと、魔物へと向かい剣を振るう。
剣から発せられた闘気は、トゥルムの身体まであと少しのところまで迫っていた魔物たちをまとめて両断していく。
レラが放つ闘技も、迫りくる魔物を次々と叩き落としていく。
「これだけの数と練度の飛行部隊……いよいよ本拠地が近いということでしょうか」
「そういうことだろうな。地上にも敵がうじゃうじゃしてるぜ」
見下せば、森の少し開けたところに魔物の姿が見えた。百体、いや二百体ほどはいるだろうか。木々の間にはそれ以上の魔物が潜んでいるのかもしれない。
「ここで落とされるとちょっと面倒だな。トゥルム、このまま突っ切るぞ」
「御意」
琉斗の言葉にうなずくと、トゥルムは眼前に巨大な風の球体を創り出す。
それを敵に向けて繰り出すと、球体は巨大な渦となって魔物たちに襲いかかる。
散開して避けようとした魔物たちだったが、渦はそれを許さないとばかりに魔物たちを吸い込んでいく。周囲の大気ごと巻き込まれ、魔物たちは跡形もなく消えていく。
魔物の群れにぽっかりと開いた穴を見て、琉斗は叫んだ。
「行くぞ、一気に突破する!」
琉斗の声に答えて、トゥルムが加速する。
その時であった。地上から強大な闘気が放たれる。
琉斗が気付いた時には、闘気はすでにトゥルムの腹部に命中していた。直撃を受け、トゥルムは低く呻く。
そして、トゥルムの巨体はそのまま地上へと落下していった。




