67 魔王軍最強の将
「そ、そんな馬鹿な!」
魔王城の一角で、ザンジは叫び声を上げた。
「信じられん! こちらは八極将魔を差し向けたのだぞ、それも三人もだ! なのに、なぜ彼奴らの反応が消える!?」
「おやザンジ、随分と慌てているじゃないか」
いつの間に現れたのか、ザンジの後ろでは青年の姿をした魔物――サルバーンが壁にもたれかかっていた。
ザンジが興奮気味に返す。
「これが慌てずにいられるか! 魔王軍最強の将たる八極将魔が倒されたのだぞ! それも三人まとめてだ!」
その言葉に、だがサルバーンはさして動揺した様子もない。
「確かにそれは大事だね」
「大事どころではないわ! 闘技の達人ゼノザール、魔王軍随一の魔法の使い手ジーク、そして魔龍ラグドが全員殺されたのだぞ!残る八極将魔は我らを含めてたったの四人、こんなことはこれまでになかっただろう!」
まくし立てるザンジに、サルバーンは落ち着いた調子で言う。
「だけどザンジ、僕たちにはグラントがいるじゃないか。彼に任せておけば、万事綺麗に片付くさ」
グラントの名を聞いて、ザンジが渋い顔をする。
「ふん、奴がわしの言う通りに動けばいいのだがな」
忌々しそうにザンジが毒づく。
と、部屋の入口から男の声が聞こえてきた。
「悲しいことを言わないでくれ。私はザンジの指示には従うよ」
その声に、ザンジが身をすくませる。
そこに立っていたのは、一人の男だった。隣には四本腕に一対の翼を持った巨大な魔物が並んでいる。
ニメートルはあろうかという大男ではあったが、いかんせん隣に佇む魔物が大きいせいもあり、むしろ小柄な印象さえ受ける。
だが、男からはその場の誰よりも強力な闘気が放たれていた。
ザンジが声の主に向かって言う。
「遅かったではないか、グラントよ。北の勇者とやらはそんなに手強かったのか?」
「ああ、彼のことか」
そう言って、グラントと呼ばれた男は何やら丸いものをザンジに向かい無造作に放り投げた。
それは、若い男の首であった。余程無念だったのか、その目は大きく見開かれている。
「彼は勇者と呼ばれるに足る男だったよ。魂も力もね」
「君がそこまで言うとは珍しいね、グラント」
サルバーンがにやりと笑う。
「少なくとも君よりは強かったよ、サルバーン」
「へえ、それは大したものだね」
サルバーンの眉がぴくりと動く。
そんなことなど全く気にしていない様子でグラントが続ける。
「いや、この部屋にいる誰よりも強かったよ、彼は。八極将魔が一人で討伐に向かっていれば、確実に返り討ちにあっていただろう」
それから、視線を勇者の首へと向ける。
「だが、相手が悪かった。さすがに私を倒せるほどの力は持っていなかった。久々に楽しめる相手だったよ、彼は」
勇者との戦いを思い出したのか、グラントが肩を震わせる。
「ところで、他の者たちの姿がないようだね」
「ふん、お前もとっくに気付いているのだろう。今や八極将魔は我々だけだ」
「なるほど、それではこれからは四天王とでも名乗ればいい。そうだろう、オーネス」
「はい、グラントさまの言う通りです」
グラントの隣に寄り添っていた魔物が首を縦に振る。
彼の名はオーネス。魔王軍八極将魔の一極でありながら、常にグラントに付き従う異端の魔物である。今回の遠征でも、彼はザンジの指示を無視して強引にグラントについていったほどであった。
グラントがザンジに問う。
「それだけ数が減ったからには、犯人がいるのだろう?」
「その通りだ。お前には、これから奴を始末してもらう」
「人使いが荒いね、ザンジは。だが、強敵は大歓迎だ」
そうつぶやくと、グラントは獰猛な笑みを見せる。
「八極将魔を倒した猛者か。どんな相手なのだろうね」
「油断するなよグラント。敵はゼノザールたち三人を同時に始末してしまうほどの力の持ち主だ」
「へえ! 三人まとめてとは凄い! この私でも少々手こずるだろうに、それは大したものだ」
嬉しそうに笑うと、グラントは隣の魔物に言う。
「オーネス、君も行くだろう? これほどの獲物はそうそうお目にかかれないよ?」
「は、お供します」
「ザンジ、兵を借りるよ。構わないだろう?」
「好きにしろ。敵を仕留めることができればそれで構わん」
「任せてくれ。私が負けたことなど、今まで一度もなかっただろう?」
そう言い残すと、グラントは踵を返して部屋を後にした。オーネスがその後に続く。
魔王軍最強の将が、遂に動き始めた。




