66 空へ
琉斗とレラは、龍と化したトゥルムの背に乗って空高く飛んでいた。
「凄いな、空からの眺めってのは」
「本当ですね。それに、風を切るこの感じが心地いいです」
「お気に召しましたか。お望みならばいつでもお乗せしますよ」
それから、トゥルムがやや申し訳なさそうに言う。
「申し訳ありません、私は飛行に特化した龍ではないのでさほど速くは飛べませんが」
「いやいや、十分に速いよ。これなら馬で行くより遥かに早く着きそうだ。三日かからないんだったか?」
「はい、おそらくは。わざわざ徒歩で山を越える必要もありませんし」
「やっぱり凄いもんだな、龍ってのは」
「ところで、リュートも空を飛べるのですか?」
「ああ、練習すれば飛べるみたいだ。まったく、こういう能力の方がずっと役に立つよな」
「そんなことはありません、リュートさまのお力は私など問題になりません」
「いやいや、そっちこそそんなことはないだろう。あのラグドとかいう龍も一撃で倒していたし。嵐龍ってのは凄いんだな。もしかして俺よりも強いんじゃないのか?」
「とんでもない、私の力などリュートさまと比べるべくもありません。あの者を倒すことができたのは、その前にリュートさまが一撃を見舞っていたからです。あの一撃で奴は魔力も闘気も根こそぎにされ、言わば丸裸の状態になっていたのです」
「へえ、なるほどな。俺の力も捨てたもんじゃないってことか」
「もちろんでございます。八極将魔三体を同時に相手にできるなど、そのような存在はリュートさまを除けばこの世界には片手ほどもおりますまい。私の力では、せいぜいあのうちの一体を仕留めるのが精一杯でしょう」
「凄いな、トゥルムは八極将魔以上の力を持っているってことじゃないか」
感心しながら琉斗がトゥルムに聞く。
「嵐龍ってのは、基本的に風を操るという理解でいいんだよな?」
「はい。今こうして飛んでいるのも、風に働きかけているから可能なのです」
「なるほどな。レラ、お前の闘技も風だし、トゥルムとお揃いだな」
「いえ、私の技などトゥルムに比べれば取るに足りないものですが……」
「ほう、お前も風の力を操るのか。ならば私との相性もいいかもしれないな」
「トゥルムとの相性、ですか?」
レラの問いに、トゥルムがうなずく。
「ああ。我ら風龍族は元々人馬一体となっての戦いに強みを持っている。レラが風の力を操れるのであれば、騎手として私に乗るといい」
「ですが、あなたはそれでよろしいのですか?」
「どうして私が不満を持つ必要がある? お前は龍皇リュートさまが共に戦うべく選んだ戦士だ。そのような戦士を騎手に迎えることができるのであれば、これ以上の喜びはない」
「そのように思っていらしたとは……ありがとうございます」
レラが頭を下げる。もっとも、その姿はトゥルムの目には映っていないだろうが。
「無論、リュートさまが私を駆って出陣なされる時は別だ。あくまでお前は二番手だが、それでも構わないか?」
「はい、もちろんです。その申し出、喜んで受け入れさせていただきます」
「凄いなレラ、竜騎士って奴か?」
「そうなりますね。まさか自分がそうなるとは夢にも思っていませんでしたが。しかも、龍の中でも特に力が強い者に乗ることになるとは」
「私と組むからには、お前にも強くなってもらう必要がある。覚悟しておくことだ」
「はい、望むところです」
レラが力強くうなずく。正直なところ、レラとトゥルムの間には相当大きな力の隔たりがあるはずだが、それに物怖じしないあたりは何ともレラらしい。
下へと目をやれば、景色が目まぐるしく移り変わっていく。飛行機ほどではないだろうが、例えばヘリなどから見下せばこんな感じなのだろうかと思う。
大きな川の上を飛び越えながら琉斗はつぶやく。
「今渡った川も、陸路を使っていれば一苦労だったんだろうな」
「でしょうね。橋のあたりには駐屯地らしきものが見えましたし、いざとなれば橋を落とすこともできるでしょうから。トゥルムのおかげで、そんな苦労もしないで済みます」
と、その駐屯地らしき建物から何体かの魔物がこちらへと向かって飛んでくる。さすがに見逃すわけにはいかないのだろう。
そこへトゥルムが容赦なく竜巻を見舞う。
魔物たちはなす術もなく竜巻に飲み込まれると、四肢をばらばらに引きちぎられて四散していった。
「まったく、空では圧倒的だな」
「もったいないお言葉です」
そうつぶやくと、トゥルムは何事もなかったかのように飛行を続ける。どうやら次の八極将魔が現れるまでは、この調子で空の旅を楽しむことができそうであった。
新たな仲間を迎え、琉斗はいよいよ魔王の本拠地に乗り込もうとしていた。




