64 嵐龍トゥルム
後方に控えていたレラが、琉斗のところへと駆け寄ってきた。
目の前に跪いている女剣士を見て驚きの声を上げる。
「あなたは……剣闘祭でリュートと戦った剣士ではないですか。確か、ザードと言いましたか」
女剣士は頭を垂れたまま、琉斗に向かい口を開く。
「あの時はまだ正体を知らなかったとは言え、龍皇さまに剣を向けるなど許されざる大罪。私ごときの命で償えるはずもありませんが……」
「いや、そんなことをするつもりはないよ。とりあえず顔を上げてくれないか」
琉斗の言葉に、女剣士はゆっくりと顔を上げた。
「寛大なご処置に感謝いたします。このトゥルム、身命を賭して龍皇さまに尽くす所存です。どうかこの命、この身体、龍皇さまのために使い捨ててください」
「いやいや、待て待て」
琉斗は慌てて両手を前に突き出して首を横に振る。
女剣士――トゥルムはその仕草を誤解したらしい。
「確かに私ごときが偉大なる龍皇さまにこのようなことをお願いするなど、分をわきまえない愚行であるのは重々承知しております。ですが、どうか栄えある龍皇軍の末席に名を連ねることをお許しいただきたく」
「だから、ちょっと待ってくれ」
琉斗が呆れて頭をかく。
「あのな、いきなり自分を部下にしてくれとか好きに使ってくれとか言われても困るだろ。それに龍皇軍とお前は言うが、そんなもんありゃしないぞ? と言うか、俺たちを見ればそれくらいわかるだろ?」
トゥルムは少し思案すると、いかにも感心したといった様子でうなずいた。
「なるほど、私が浅はかでした。伝説の龍皇ともあろうお方が、得体の知れない有象無象を配下にするはずがありません。龍皇軍は少数精鋭ということですね。さすがは龍皇さまです」
「え、いや、ちょっと」
「そちらの方も、きっと龍皇さまのお眼鏡にかなうだけの力をお持ちなのでしょう。先ほどの魔王の雑兵さえ一人で始末できなかった私ごときを加える気にならないのももっともなのはわかります。ですが、そこを何とか……」
「いや、だからそうじゃなくて」
トゥルムの勢いに困惑しながら、琉斗はレラと顔を見合わせる。
「とりあえず、俺たちの話も聞いてくれないか?」
「これは申し訳ありません。私ごときが愚にもつかないことを長々と……。罰は甘んじて受ける覚悟です」
「うん、とりあえず黙っててね、頼むから」
「御意」
ふう、とため息をつくと、琉斗はトゥルムの目を見つめた。
「まずはお礼を言わせてもらう。ありがとう。君のおかげで俺たちは魔王軍を退けることができた」
「もったいないお言葉です。私は龍皇さまが一蹴なされた敵の雑兵どもに一太刀くれてやったまででして……」
「あ、ごめん、もう少し口を閉じててもらっていいかな?」
「はっ!? も、申し訳ありません!」
トゥルムが今にも腹を切りそうな顔で口を閉じる。
「で、確認なんだけど、君は聖龍剣闘祭でザードと名乗っていた剣士で、本当の名前はトゥルムってことでいいんだよね?」
「はい、相違ございません」
「あの時に俺が龍皇だと思ったのか?」
「その通りです。あの地域で強力な魔法および闘技が発動したのを我が主、空龍王ウィスカが察知し、私が確認に向かいました。そして剣闘祭であなたさまと剣を交え、確信した次第です」
「なるほどな。それじゃトゥルム、君のことについてもう少し詳しく教えてくれないか?」
「御意」
うなずくと、トゥルムは自分たちのことについて語り出した。
「改めまして、我が名はトゥルム。空龍王ウィスカに従う風龍族随一の戦士にございます」
「そのウィスカっていう龍が、トゥルムの主なんだな?」
「御意。ただし、今は我が主はあなたさまです。もちろん、ウィスカさまをはじめとする風龍族もすべてあなたさまの配下です。というよりも、この世界のすべてはあなたさまの所有物です」
「ああごめん、とりあえず質問にだけ答えてもらえるかな」
「も、申し訳ございません!」
慌ててトゥルムが頭を垂れる。
「レラは知ってるか? ウィスカって龍」
「はい、大陸南西部の龍族を古くから支配する強大な龍です。確か龍皇の時代から存在していたと聞いていますが……」
「そうなのか?」
「そちらの方がおっしゃる通りです。ウィスカさまは数百年にわたって風龍族を率いてきたお方。龍皇さまの御世には、他の龍王たちと共に龍皇さまの手足となって働いておられたとか」
龍皇の時代から存在すると聞いて、琉斗も『全知の記録』に働きかけてみる。すると、ウィスカについての情報と、龍皇に仕える様子が脳裏に蘇った。どうやらトゥルムが言う通り、ウィスカは龍皇の忠実な配下であったらしい。
「じゃあ、トゥルムは具体的にはどういう龍なんだ?」
「私は風龍族の中でも特に力が強い龍、嵐龍にございます。先ほどのように竜巻や風の刃で戦うのが私の特技です」
「なるほど、味方にいてくれれば心強いな」
「もったいないお言葉です」
頭を垂れ続けるトゥルムに琉斗は言った。
「とりあえず、まずは顔を上げてもらおうか」
「そのような畏れ多いこと……」
「いいから立って」
「は、はっ」
命令と受け取ったのか、トゥルムが慌てて立ち上がる。
表情を硬くするトゥルムに、琉斗は笑顔で手を差しのべる。
そして、一言彼女に告げた。
「トゥルム、よければ俺たちの仲間になってくれないか」




