63 謎の巨龍
八極将魔がことごとく撃破され、魔王軍は大混乱に陥った。
琉斗の魔法によって全軍の三分の一が消し飛ばされたのを目の当たりにした魔物たちは、次の犠牲者になるまいと先を競うように逃げ出していく。
と、地面をのたうち回っていたラグドが立ち上がる。琉斗を見るや、悲鳴を上げる。
「ひっ、ひいいっ!」
「まだピンピンしてるな。さすがは最強の龍帝を名乗るだけのことはある」
「おっ、お前はいったい何なんだぁ!」
ラグドの身体は黒く焼け焦げ、ところどころ鱗が剥げ落ちている。背中の翼もボロボロで、まるで骨だけになった安物のビニール傘のようであった。
「さあな。最強だと言うのなら、力ずくで聞き出してみたらどうだ?」
「よ、寄るな化物!」
慌ててラグドが後ずさる。
「お前にそう言われるとは心外だな」
「う、うるさい! 俺たち三人がかりでも倒せない化物が!」
琉斗に背を向けると、ラグドは魔王軍に向かい叫ぶ。
「お前ら! こいつの始末はお前らに任せる! 俺は魔王様に報告に戻る!」
一方的に言い放つと、ラグドの巨体が宙へと浮かぶ。どうやら翼が使いものにならなくなっても、魔力によって飛行できるようだ。
もちろん琉斗にはラグドを逃がすつもりなどない。その背に向かい魔法を放とうとする。
と、次の瞬間、魔王軍の後方が騒がしくなった。
幾本もの竜巻が生じたかと思うと、魔物たちが次々と飲み込まれていく。風の刃によって魔物が切り刻まれ、竜巻が赤く染まる。
そして、魔王軍の向こう側から一体の巨大な龍が姿を現した。
ラグドほどではないものの、その大きさは六メートルはあるだろう。全身が赤茶色の鱗に覆われているが、頭部だけは銀色の鱗だ。
新手の敵かとも思ったが、どうやら違うらしい。その龍は、魔王軍に向かって容赦なく攻撃を加えている。
龍は翼をはためかせて飛ぶと、逃げ出そうとするラグドの進路を塞ぐ。
龍と向かい合うラグドが、怒りの声を上げる。
「テメェ、何のつもりだ! この俺を誰だと思ってる!」
「決まっている。龍族の誇りを捨て、魔王に尻尾を振る龍の面汚しだ」
それは意外にも、随分と女性的な声だった。そして、どこかで聞いたことがある声であるようにも思われる。
「テ、テメェ!」
ラグドが叫ぶ。
「俺は龍皇をも超える最強の龍、龍帝だぞ! グダグダ言ってねえで道を開けないと、テメェも消し炭にしてやるぞ!」
ラグドの言葉に、なぜか龍は激怒した。
「貴様……分際も弁えず、そのような口を……。しかも、よりによってあのお方の前でぬけぬけとほざくとは、万死に値する」
龍が大きく翼を広げたかと思うと、目の前に球状の大気の渦が生じる。恐ろしく高密度の闘気と魔力が集まっているのが琉斗にもわかる。
ラグドもそれを察知したようだ。狼狽えながら言葉を絞り出す。
「や、やめろ……今そんなものを食らったら、俺は……」
「我ら龍族の絶対なる主の名を汚したその罪、命を以て贖うがいい」
「やめろおおぉぉぉ!」
絶叫するラグドに向かい、龍が力を解放する。
龍の目の前の球体は、その形を渦へと変えると、周囲の大気をも巻き込みながらラグドへと直進していく。
渦はラグドの巨体を飲み込むと、あっという間にその身体を削り取っていく。
「ぎゃあああああ!」
絶叫を上げるラグドの巨躯が、みるみる小さくなっていく。
やがて渦が消え去ると、空中には最早何も残っていなかった。ちょうどラグドがいたあたりの下の方に、黒い物体や緑色の液体が飛び散っている。
八極将魔三体がすべて討ち取られ、魔物たちの混乱は頂点に達した。
軍としての統制など、最早魔物たちに期待すべくもなかった。指揮官を失い、魔物たちは琉斗一人に背を向けて逃げ出していく。
その魔物たちに向かい、龍は上空から容赦なく竜巻を浴びせかける。すでに半数以下にまでその数を減らしていた魔物たちの群れが、みるみる小さくなり、やがて周辺から姿を消した。
後には、琉斗と龍だけが残される。
琉斗が問う。
「お前は、いったい何者だ?」
龍は地上に降り立つと、頭を垂れるかのように四つん這いになった。
感極まったかのような声で告げる。
「やはり本物だったのですね。この世界を統べる絶対の支配者。我ら龍族の頂点に君臨される存在――龍皇」
その言葉に、琉斗は驚きの表情を浮かべる。
「お前にはわかるのか……俺の中にある龍皇の力が」
「はい、あなたさまの内に秘められたそのお力、我が主をも遥かに凌いでおられます。そのような力の持ち主を、我らは一人しか知りません。しかし――そうですか、やはりあなたが新たな龍皇さまなのですね」
嬉しそうに目を細める龍に、琉斗は聞いた。
「ところで、お前は何者なんだ? 力のある龍だと言うことはわかるんだが」
「これは申し遅れました。我が名はトゥルム。空龍王ウィスカに従う風龍族随一の戦士にございます」
「そうか。俺は皇琉斗だ、よろしくな」
笑うと、琉斗が疑問を口にする。
「それにしても、よく俺が龍皇の力の持ち主だとわかったな。顔を合わせたこともないのに」
龍は、それを聞いて低く笑った。
「龍皇さま。私はすでに一度あなたとお会いしているのですよ。それどころか、畏れ多くも私はあなたと剣を交えてさえいるのです」
「は? 剣を?」
不思議そうに琉斗が首をかしげていると、突然龍の身体が縮みだした。その巨体がみるみる小さくなっていく。
やがて、龍は一人の人間の姿になった。
その姿に、琉斗は思わずあっと声を上げる。
その姿は、琉斗の記憶にはっきりと残っていた。ずんぐりとした赤茶色の分厚い鎧、そして流れるように綺麗な銀髪。
琉斗の目の前に跪いていたのは、彼が聖龍剣闘祭で剣を交えた女剣士、ザードであった。




