61 一対一
まったくダメージを負っていない様子の琉斗に向かい、ジークが早口でまくし立てる。
「あれはただの炎ではない! あらゆるものを焼き尽す地獄の炎、何人もの一級冒険者を、いや、龍さえも滅ぼしてきた烈級上位魔法だ! それを食らって、なぜお前は立っていられる!?」
「そうだ、俺の稲妻だって何匹もの龍をぶっ殺してきた無敗の稲妻だぞ! 人間ごときが防げるはずがねえ!」
琉斗は面倒そうに頭をかくと、やれやれとばかりに答えた。
「それは、単にお前らが弱いだけじゃないのか?」
「なっ!?」
目を剥く八極将魔たちに、琉斗が続ける。
「そうでなければ、俺が強いってことだろう。他に何か考えられる理由なんてあるか?」
「コ、コケにしやがって!」
ラグドが地鳴りのような声を上げる。一方のジークは顔色がすぐれない。魔術師として、力の差を感じているのかもしれない。
琉斗はゼノザールに視線を向けると、ニヤリと笑う。
「それじゃ続きといこうか。まさか本当に一対一で戦う自信がないわけじゃないだろう?」
「ほざけ! 貴様ごときをまともに相手にしてやるわけがないだろう!」
「そうか、じゃあ環境を作ってやらないとな」
そうつぶやくと、琉斗は魔法を発動した。
次の瞬間、琉斗とゼノザールを包み込むかのように、半球状の魔法障壁が出現する。
「な、何だこれは!?」
ゼノザールが慌てて外へ出ようとするが、障壁を通り抜けることができない。剣を振るっても、障壁の前にはねのけられてしまう。
「無駄だよ。俺を倒さない限り、外に出ることはできない」
「ふざけるな! お前たち、黙って見てないでこれをどうにかしろ!」
「うるせえ、俺に指図するな!」
そう言いながらラグドが稲妻を落とす。同時にジークも魔法を放つ。
だが、障壁はそれらをまったく通さない。稲妻と黒い炎が空しく四散していく。
「この障壁はさっき俺が張っていたものと同じものだ。お前たちの攻撃は通さないよ」
「うるせえ、だったら踏み潰してやる!」
怒声と共に、ラグドが巨大な足で障壁を踏みつけてくる。
足の影で琉斗の周囲が暗くなるが、障壁は踏みつけをものともしない。ぐりぐりと踏みにじっても、障壁が破れる気配はない。
琉斗はゼノザールに向かって言った。
「今度は余計な邪魔も入らないぜ。正々堂々勝負といこうじゃないか。それとも、やはり一対一では俺に勝つ自信はないか?」
「ほざけ! いいだろう、そこまで死にたいのなら、この俺が直々にあの世へと送ってやる!」
叫ぶと、ゼノザールは大剣を構えて琉斗へと突撃してくる。
だが、最早彼の剣は琉斗にとって何らの脅威でもなかった。闘気をこめて剣を一閃すると、ゼノザールの巨体が大きく揺らぐ。
ゼノザールも驚きを禁じ得ないようであった。怒りにまかせた渾身の剣が通じないどころか、あっさり弾き返されて自分の身体が押しのけられるのだ。先ほどまでとは明らかに違う琉斗の剣に、ゼノザールの顔にも焦りの色が浮かぶ。
「どうした? 余裕がなくなってきたんじゃないのか?」
「う、うるさい! いい気になるなよ!」
琉斗から離れると、ゼノザールは剣に闘気を集め始めた。
「貴様には、俺の必殺の剣をくれてやる! まさか人間ごときに使うことになるとは思わなかったが、覚悟するがいい!」
「へえ、それは楽しみだ」
平然と笑う琉斗に向かい、ゼノザールは剣を向けた。
「その余裕もここまでだ! 食らえ! 冥業邪殺剣!」
振り下ろした剣から、凄まじい邪悪な闘気が放たれる。
黒い闘気は、悪意の塊となって琉斗へと襲いかかる。
その闘気に向かい、琉斗は剣を一閃した。
黒い闘気は、真っ二つになったかと思うと、みるみるうちに霧となって消えていく。
結界の外にいた二人が、何度目かとなる驚きの声を上げる。
「ば、馬鹿な!? ゼノザールの必殺の剣が通じないだと!?」
「マジかよ!? あの技は龍でもぶっ殺せるっていうのにか!?」
最も驚いているであろうゼノザール本人も、震えながら口をぱくつかせる。
「まさか……信じられん……」
「どうした、もう終わりか? 来ないならこっちから行くぞ?」
「こっ、この!」
ゼノザールがジークに向かい叫ぶ。
「ジーク! お前、魔王軍一の魔術師のくせにこの障壁を何とかできないのか!」
「黙れ! これほどの魔法、そう簡単に解除などできるものではない!」
ジークが怒鳴り返す。それから、何やら呪文を詠唱し始める。ラグドは稲妻を落とし続けるが、障壁が破れる気配はない。
「外の連中にはこの障壁を破ることができないようだぞ? ここは俺を倒すしかないようだな」
「なめるなよ、小僧……」
呻きながら、ゼノザールが両手で剣を握りしめた。
「まさか、これをこんなところで使うことになるとは思わなかったが……」
つぶやくと、ゼノザールは叫んだ。
「この俺の命を削った魔剣、その身でとくと味わえ! 俺をコケにしたことを地獄で後悔するがいい!」
琉斗は特に慌てた様子もなく、ゼノザールへと剣を向ける。
「では、俺もお前の剣に敬意を表して、今使うことができる最強の闘技で相手しよう。破滅級上位闘技だ」
琉斗が剣に意識を向けると、刀身が強く輝き始める。その青白い光は瞬く間に広がり、障壁の外まで光が溢れ出す。
あまりに強大な力に恐怖したのか、それを振り払うかのようにゼノザールは技を繰り出した。
「うおおお! 黒死滅破斬!」
ゼノザールの剣から、黒い波動が放たれる。波動は地面をえぐり、轟音と共に琉斗へと迫る。
琉斗も、剣を振り下ろした。
「闘技――剛滅光龍波」
次の瞬間、光があたりを包み込んだ。黒い波動もまばゆい光に飲み込まれ、みるみるうちに消滅していく。
光は、そのままゼノザールの身体を包み込んでいく。
「あ、あああ……!」
光と共に、彼の肉体が崩れていく。
そして、光が消えた後には、魔物の姿は残っていなかった。
魔王軍最強の剣士は、この世界から永遠に退場した。




