60 決闘
魔王軍の精鋭を前に、琉斗は剣を構えて八極将魔の一人ゼノザールへと歩み寄っていく。
ゼノザールは不敵に笑った。
「人間よ、お前の豪胆さ、なかなか気に入ったぞ。その勇気に敬意を表し、この俺が自ら剣で一騎討ちを挑んでやろう」
「へえ、それは助かる」
ゼノザールの目の前までやってくると、琉斗は剣を突きつけた。
「まさか魔物と正々堂々剣を交えることができるとはな。魔物の中にもお前のような奴がいるのか」
「俺は強い者と戦うことに喜びを覚える性分でな。人間の勇者は歓迎するぞ」
「じゃあ、ご期待にはきちんと応えないとな」
そう言って、琉斗はゼノザールに斬りかかった。
ゼノザールも、手にした大剣で琉斗を迎えうつ。
二人の剣が、激しい金属音を上げながらぶつかり合う。
ゼノザールの剣技は本物であった。単に大剣を力まかせに振り回すだけではない。琉斗の姿勢を崩そうと右に左に絶妙なバランスで斬り込んできては、琉斗の剣を無駄のない動きで受け流していく。
剣の腕で言えば、以前琉斗が聖龍剣闘祭で闘った強敵、ザードに匹敵するように思われた。その剣に、ゼノザールの膨大な闘気が乗っている。これをまともにしのぎ切るのは極めて困難であるように思われた。
徐々に押されていく琉斗に、ゼノザールが愉悦の笑みを浮かべる。
「ははは、さすがに俺の剣を受け切ることはできないか。恥じる必要はないぞ、人間。この俺の剣をここまでしのいだ者は、これまでに片手の指ほどもいなかったからな」
「なるほど、俺の剣の腕も捨てたもんじゃないな」
後ろに飛び退いて間合いを取ると、琉斗はニヤリと口の端を吊り上げた。
「それじゃ、俺も本気でいくとするか」
つぶやくと、琉斗は剣に龍の闘気をまとわせる。それに呼応するかのように、剣は輝きを増していく。
「いくぜ」
一言つぶやくと、琉斗は一気に間合いを詰めて上段から剣を振り下ろした。
「ぬうっ!?」
ゼノザールが戸惑いの声を上げる。琉斗の剣撃の威力が増していることに驚いているようだった。
先ほどまでとはうって変わり、琉斗の剣が相手の剣をぐいぐいと押し込んでいく。一合斬り結ぶごとに、ゼノザールが一歩二歩と後退していく。
最早ゼノザールに先ほどまでの余裕はなかった。琉斗の剣を防ぐのに精一杯で、次第に防戦一方になっていく。
思わずゼノザールが叫び声を上げる。
「い、いったい何なんだ、この力は!? 貴様、本当に人間か!?」
「半分人間、半分別物と思ってくれればいいんじゃないか?」
涼しい顔で答えると、琉斗はゼノザールの剣を下からすくい上げる。
剣を振り上げるような格好になり、がら空きになったゼノザールの首元に、琉斗は剣を突きつけた。
「どうやら俺の勝ちのようだな」
「ぐっ……」
ゼノザールが低く呻いた直後、琉斗の身体に黒い火球が激突した。いずこからか現れたそれは、一瞬にして琉斗の身体を包み込む。
そこに、一条の稲妻が落ちてくる。かと思うと、二条、三条と、琉斗目がけて次々と稲妻が落ちてきた。
琉斗を包み燃え盛る炎を前に、ゼノザールが邪悪な笑みを浮かべる。
「馬鹿な奴だ。まさか本当に人間ごときと一対一で戦ってやるとでも思っていたのか」
「愚かな男だったな。我が地獄の炎の前には、最早骨も残らないだろう」
離れたところに立っていたローブの男、ジークが笑う。
二人の頭上からは、巨龍ラグドが烈風のごとき笑いをぶつけてくる。
「クソが! 人間ごときがこのラグドさまをコケにするからだ! この、死ね、死ね!」
そう叫ぶと、さらに数発の稲妻を琉斗に向かって放つ。
「その辺にしておけ。先を急ぐぞ」
そう言って巨大な馬の下へと戻ろうとしたゼノザールの背中に、少年の声がぶつけられた。
「おいおい、まだ終わってないぜ、ゼノザール」
「なっ!?」
ゼノザールのみならず、ジーク、ラグドも驚いて声の方へと視線を向ける。
その先には、いまだに燃え続ける赤黒い炎があった。
と、その炎がかき消え、中から少年の姿が現れる。
琉斗の身体はもちろん、その服にも特に目立った損傷はない。彼の周囲は半球状の障壁によって囲まれていた。その周囲には何やらさまざまな文様が描かれている。
「ば、馬鹿な!? 我が地獄の炎を食らって、なぜ無傷で立っている!?」
「俺の稲妻をあれだけブチ込んだってのに、どうして無事なんだ!?」
二人の問いには答えず、琉斗はゼノザールへと剣の切っ先を向けた。
「まだ終わっちゃいないぜ、ゼノザール」
つぶやくと、琉斗は不敵に笑った。




