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59 対峙




 敵軍が、いよいよ目の前まで迫ってくる。


 先頭集団の魔物たちは琉斗を路傍の石ころとすら思っていないのか、彼目がけてそのまま真っ直ぐに突っ込んでくる。そのまま踏み潰してしまおうと思っているのだろう。


 そんな魔物たちに向かい、琉斗は無造作に右手を突き出すと、てのひらを敵へと向ける。


 赤い火の粉がちらついたかと思うと、それはみるみる膨らみ、巨大な火球へと姿を変える。直径二メートルほどもあろうその火球を、琉斗は迫りくる魔物の先頭集団へと放った。


 突如出現した巨大な火の珠に魔物たちも目を剥くが、すでにトップスピードに達している状態では避けようもない。何匹かの魔物が火球に飲み込まれたかと思うと、それが炸裂して周囲の魔物たちも焼いていく。


 隊列が崩れた魔物たちの上から、氷の槍が降り注ぐ。氷は魔物たちを次々と串刺しにし、動きが止まった魔物たちが後続の魔物たちに踏み潰されていく。足を取られて転倒し、それに後続が追突し、混乱が拡大していく。


 動きが止まった魔物に向かい、琉斗は容赦なく火球をぶつけていく。魔法が放たれるたび、積み重なった魔物の山が消失していく。今や魔王軍の精鋭部隊は、琉斗が放つ魔法の的に成り下がっていた。





 さすがに異変を察したのか、魔王軍の進軍が止まる。先鋒は琉斗の手によってすでに壊滅し、停止した後ろの部隊が目の前の状況に対応できずただただその場に固まっている。


 と、突如魔物たちの群れが二つに割れた。


 群れの向こうから、象ほどの大きさがあろうかという馬が二頭こちらへと近づいてくる。馬は目の前の魔物たちを躊躇なく踏み潰し、琉斗の目の前までやってくる。


 その背には、それぞれ人型の魔物が乗っていた。二人は馬上からひらりと降りてくる。


 一人は大剣を手にした巨漢だ。背丈は優に二メートル以上あるだろう。エメイザーよりは小さいものの、その筋肉は見るからに戦士のそれであった。


 もう一人は、琉斗とさほど変わらない背格好の若い男だ。ローブを羽織り、耳の先が尖っている。


 さらに、上空から一体の龍が舞い降りてきた。例の巨龍だ。大地に着地するだけで、周囲がぐらりと揺れる。

 こうして見ると、本当に大きい。その背丈は十メートルは超えているのではないか。


 三体とも、これまでの魔物とは明らかに異なる波動を放っている。並の人間ならば、相対するたけで卒倒してしまいそうな圧倒的な力の波動だ。


 この三体が魔物の指揮官であることは、疑いようもなかった。琉斗の身体にも緊張が走る。おそらくは全員が――八極将魔。


 剣を手にした魔物が、琉斗を見て驚いたような声を上げた。


「何ごとかと思って見に来てみれば……人間が一人いるだけじゃないか」


 隣の魔物が言う。


「だが、この魔法……烈級だな。それをこれだけ撃ち込むことができるのだ。こう見えて一級冒険者なのだろう」


「なるほど、ということは、こいつが俺たちの獲物の一人ってことか?」


「そういうことだろうな。てっきり町で我らを待ち構えているかと思っていたが、まさか一人でのこのこ顔を出すとは。恐れを知らないのか、それとも無知なのか、はたまた愚かなだけなのか……」


 と、頭上から身の毛もよだつ声が鳴り響いた。


「気に入らねえな! 人間ごときが調子に乗りやがって! 痛めつけた後に俺が食ってやる!」


 巨龍が口を開くたび、重低音がライブ会場のスピーカーの音のように身体にぶつかってくる。


「まあ、いいじゃないか。ここはこの者の勇気に敬意を表して、我々の名を教えてやるとしよう。あの世でいい自慢になるぞ」


「勇気と言うより蛮勇だな」


 巨漢とローブの男が顔を見合わせて笑う。


 それから、巨漢が琉斗に向かって叫ぶ。


「よく聞け人間! 我が名はゼノザール、魔王軍最強の将たる八極将魔が一極にして、栄えある魔王軍第一軍を率いる者だ! 貴様には、我が剣の錆となる栄誉を与えてやろう!」


 ローブの男がそれに続く。


「我はジーク、八極将魔が一極にして、魔王軍最強の魔道士だ」


 最後に、巨龍が大気を震わせる。


「俺の名はラグド! 老いぼれの龍王どもに成り代わり、龍族の頂点に立つものよ!」


「龍族の頂点?」


 思わず琉斗は聞き返す。自身も龍の力を有しているとあって、つい興味をそそられたのだ。


 気を良くしたのか、ラグドが饒舌に語り続ける。


「そうだ! 龍王どもに最早力は残っていない! 俺こそが最強の龍、龍帝として全ての龍の頂点に立つのだ!」


「龍帝?」


 またしても琉斗は尋ねる。この龍の言葉が、いちいち琉斗の琴線に触れるのだ。


 ラグドは自分のセリフに酔っているのか、翼を広げて大げさに叫んだ。


「そうよ! 今や俺の力はあらゆる龍を超えている! その力は、すでにあの伝説の魔龍、龍皇をも超えていることだろう! 龍帝とは、そんな最強の龍に与えられる称号のことだ!」


「ぷっ」


 思わず琉斗は吹き出してしまった。真面目な場面なのはわかっているのだが、目の前の龍の言葉があまりに幼稚で笑いをこらえることができなかったのだ。


 ラグドが激昂する。


「何がおかしい!」


「そりゃおかしいさ。その最強の龍とやらは、今は魔王の下っ端をやっているんだろう? そんな雑魚が龍の頂点だの龍皇を超えただの言ってたら、龍皇じゃなくても笑いが止まらないと思うぞ?」


 琉斗の言葉に、ラグドは巨体を震わせた。


「こ、こ、殺す!」


「まあ待て。まずは俺からだ」


 ゼノザールが片手でラグドを制する。


 剣を構えるゼノザールに、琉斗も鞘から剣を抜き放つ。



 いよいよ八極将魔三体との戦いが始まろうとしていた。




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