第3章 7-2 火の神の名前
ゾンが両腕を交差し、その剣の一撃をまともに受けた。炎と炎が激突して熱波が吹き上がるが、ものともせぬ。しかし、その衝撃でゾンの鉤爪のついた太い両足が屋上のコンクリートブロックを破壊しつつめりこむ。
「ゾン! このバカ! 気合入れろって!」
「……云ってくれるぜ!」
ゾンが交差した両腕の手の甲で剣を挟みこみ、太い尾もコンクリ床へ押しつけて支えにして、うなり声と共にそれを押し戻す。それが凄まじい力で、体格が何倍もあるはずの火神が押し負けて下がった。
さらにゾン、一気の押しで剣を放り戻すや、すかさず火神の右手へ掴みかかり、気合と共に捻り倒しでスヴァロギッチを横にひっくり返した。
炎が千切れ、スヴァロギッチが肩から崩れる。そのままグラウンドへ火の滝となって落ちた。山桜桃子がギョッとして息をのむ。教室の窓ガラスが割れ、熱風が吹きこんで窓際の何人かが火傷を負った。落ちたスヴァロギッチが校舎と絶妙の距離で離れていたので重症ではなかったのは、不幸中の幸いだった。だがいっせいに火災報知器が鳴ってスプリンクラーが作動し、学校はいよいよパニックとなった。
「こ、校舎からもっと離せ!」
山桜桃子が必死になって叫ぶ。中川を探す余裕はなかったが、実際、既に屋上にはいなかった。火神と共に落ちたか。
ゾンが走ってスヴァロギッチの後を追った。屋上から翼を広げてジャンプしフェンスを越え、そのまま飛び降りる。山桜桃子もフェンス際まで走った。
そこへ、上空から逆落としにジェット音のような轟音と共に火の鳥が落ちてきた。スヴェータだ!
「ユスラ!」
何が書いているのかもよくわからない赤いTシャツに今日は普通のジーンズ姿でイヴァンより降り、亜麻色の髪を後ろで結んだスヴェータは山桜桃子へ駆け寄った。
「あ、あんた……!」
「やっぱり、アイツ、ヂヤヴェーク!」
「やっぱりって……」
山桜桃子は、初めてスヴェータを見たときを思い出した。あのマンション火災の日、狭い路地で、中川とスヴェータが対峙してにらみ合っていた。あの時すでに、スヴェータは中川の中に火の魔神を観たのだろう。
「それにしても、スヴァロギッチ、デカイよ!」
「な、なにギッチ!?」
「火の神の名前! あんなデカイなんて!」
「倒せんの!?」
「倒すしかないでしょ!!」
スヴェータがイヴァンへ命令する。イヴァンもまるで戦闘機並に巨大化し、すさまじい轟音と速度で急上昇と急降下を繰り返して火の弾丸を吐き落とし、火神を爆撃した。火へ火の攻撃をしてどうなるものかと思ったが、やはり性質と根源が違う火同士は反発しあうのか、爆発と共にスヴァロギッチの身体が削り取られてゆく。
その代償に、吹き飛んだ炎が上空で炸裂し、まるで焼夷弾めいて火の雨となって周囲へ降り注いだ。グラウンドへ落ちた火はまだ良いが、周辺住宅へ落ちた火はそのまま家の屋根を突き破ってたちまち家を焼いた。家の者があわてて外に飛び出て消防へ電話をかけようとして中学校のグラウンドを凝視し、轟々と蠢く巨大な火の塊に絶叫を発して逃げ惑う。また、一一九番をしても消防車が全て出払っており、一台も来ぬ。
さらに、校舎裏からは生徒たちが一斉に非難し始めていたが、空から火が降ってくるので出るに出られず、さらにパニックとなる。一部の火は体育館の屋根を突き抜けて、床材の塗料へ引火して火災が発生していた。あっというまに体育館は黒煙に包まれ、まさに、中学校を含めたこの一帯は空襲を受けたようになった。
「ちょっとあんた、あの攻撃をやめなさいって!」




