第3章 6-4 中川
女子の中には、泣き出す子もいた。家に電話やSNSで連絡する子もいる。逆に、親からそれらが来る子もいた。スマホ類を持たせていない親からは、学校へ電話が殺到した。学校がパニックとなった。いったい……何が起こっているのか。春になってから続いている連続火災事件が、一気に吹き出た感があった。
「おい」
緊張で強張っていた山桜桃子が、ギョッとして身をふるわせる。ゾンが幽体となって教室へ出現した。中にはゾンが見える子もいるだろうに、
「なにやってんの、どうしたの!?」
周囲へ聴こえないように、囁く。
「こっちへ向かって来てるぜ」
「なにが……?」
「火が、だよ」
まさか。山桜桃子は眼を丸くした。
「どういうこと!?」
「さあな。誰かが呼んでるんだろうさ」
「……火を!?」
「あのロシアのガキじゃあねえぞ。いよいよ、勝負に出やがったんだ」
「はっきり云いなさいって!」
ゾンが天井をむいた。思わず山桜桃子も教室の天井を見たが、何も無い。ただの天井だ。
「ロシアのガキや、ガムのねえちゃんの捜してるやつが、さ」
「あのロシアの精霊が?」
「ばあか。その親玉だよ」
「げっ……」
山桜桃子がまた天井を見上げる。
「どこにいるのよ!?」
「この建物は、屋根のうえに出られるんだろ?」
云うが、山桜桃子、素早く混乱する教室を飛び出した。誰も山桜桃子に気がつかなかった。それだけ混乱していた。
山桜桃子は廊下を走ってまっすぐ階段を上がり、屋上の運動場へ出るドアをあけた。当然、誰もいない。フェンス越しに、初台方面で五本……いや、もう二本増えて七本の黒煙と火柱、それに多数集まってきているマスコミのヘリが見える。この距離なのに、風へ乗って焦げ臭さが漂ってくる。住宅地や雑居ビルで、原因不明の火災が連続して起きているのだ。
「どこ……どこにいるの!?」
ズシィ、と質量のある音と感触がすぐ傍でした。ゾンが屋上で実体化していた。
「こいつあ、とんでもねえ……土蜘蛛が可愛く思えるぜ」
「だから、どこにいるんだって!」
周囲を見渡し、ふと見ると、女生徒が一人、いた。同じくフェンス越しに、黒煙と炎を凝視している。山桜桃子は全然気づかなかったので驚いた。いつの間にそこへいたのか。さっきは、いなかったように記憶している。それとも、あわてていたので気づかなかったのか。
「ちょっと、あなた、いつからいるの!? 危ないから、教室へ戻ってて!」
土蜘蛛ではないが、土蜘蛛案件と同列……本来はそれ以上だが……と判断し、山桜桃子が狩り蜂として指示を出す。その女生徒は聴こえているのかいないのか、山桜桃子を無視して突っ立っていた。山桜桃子は女生徒へ近づいて、初めて誰だかわかった。
「……中川さん!」
中川胡桃が、急に吹きつけてきた風へ髪をなびかせて、手で顔を遮って炎の方角を一心にみつめている。
「センパイ、避難してください!」
ボオオン!! 学校のすぐ近くの家が一件丸ごと爆発し、さすがに驚いて山桜桃子が息も止まるかと思うほど固まりついて凝視した。ヒュウウ……と音がして、屋根材の一部が燃えながら飛んでくる。どれほどの勢いで爆発したというのだろうか。
「あっ、あぶな……!」
山桜桃子が叫ぶ。火が迫ってきて、思わずゾンが二人をかばって前に出た。
「火が……火が見える……」




